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戦争兵器“読心術”の失敗

 軽食向きの飲食店。闇の森の魔女、アンナ・アンリは一人そこで頼んだクッキーをもそもそと食べていた。あまり美味しそうにしているようには見えない。彼女がそんな様子なのは別にこの店の料理がまずいからではなく、彼女の食欲があまりなかったからだった。お腹はあまり空いていないのだ。

 店内に客は少なかった。思案に集中したいと思っていた彼女は、だからこそこの店を選んだのだが、あまり集中できてはいなかった。

 “――さて、どうしたものだろう?”

 なんとか案を出さなくては、と気合を入れる。しかし、気を削がれるタイミングで声をかけられてしまった。

 

 「お一人ですか?」

 

 目をやると背の高い痩躯の男がにこやかな笑顔で自分を見ていた。一瞬、女を引っ掛けに来たのかと思ったが、そういった手合いには見えなかった。物腰が柔らかい。ただ、どこか詐欺師のような雰囲気があった。

 考え事の邪魔だ。追っ払おうかとアンナは思ったのだが、そこでその男はこう言った。

 「失礼。闇の森の魔女、アンナ・アンリさんですよね?」

 ――自分を知っている。

 警戒をする。にこにことした本心がまったく読めない表情で男は続けた。

 「高名な魔女様と話せる滅多にないチャンスだと、思わず話しかけてしまいました。まさか、こんなに可愛らしい方だったとは」

 「あなたは?」

 「これは失礼。申し遅れました。僕はオリバー・セルフリッジといいます。国で経理をやっています」

 「経理? 何故、経理の仕事をやっている人がわたしを知っているのです?」

 「話くらいは聞こえてきますから。今度、あなたが我が国の軍に魔法技術の供与をしてくれるのだとか。あなたへのお支払いは僕の部署の担当です」

 「つまり、いくらくらいかかるのか前もって知りたいという事ですか?」

 「いえ、そんなつもりはありませんよ。ただ、その事でお悩みなのではないかと思いまして。

 なかなか難しい話ですから。

 あなたは、あなたが助けた若い兵士は信頼しているかもしれませんが、我が国の事を信頼している訳ではないのでしょう?」

 

 ――それも知っているのか?

 

 アンナはますますこの男を警戒した。

 

 一か月程前の話だ。彼女が根城にしている闇の森に傷ついた兵士達が逃げ込んで来た。少し離れた場所で戦闘があり、敗けてしまった彼らは敗走していたのだった。察するに、恐れられている闇の森ならば追っ手も来ないと踏んだのだろう。

 アンナ・アンリは戦争は嫌いだし、軍隊も嫌いだった。だが、手負いの人間達を追い出すほど残忍ではない。彼らの治療をし、そしてそれで若い兵士の一人と仲良くなったのだった。様々な話をする内にすっかりと心を許し、その兵士から彼女は相手国の軍隊がいかに悪辣で卑怯な手段を使う悪魔か鬼ような連中なのかを聞かされた。

 アンナ・アンリは彼女の師が死んだ後に、闇の森を受け継いだお陰で、強力かつ高度な魔法技術を持っていた。闇の森では、魔法によって生み出された無数の心のない疑似的な魔物が絶えず争い合い、数多の新たな魔法を生み出しているのだが、その全ての魔法を彼女は使う事ができる。恐るべき力を持っていると言って良いだろう。だからこそ、闇の森も、その主であるアンナ・アンリも、国内外の人間達から恐れられているのだ。

 だが、彼女はまだ若い。20歳くらいだ。当然ながら、異性に惹かれる事もある。

 「分かりました。いくら何でも相手が悪いです。そういう事情ならば、少しくらいならば魔法技術の供与をお約束しましょう」

 兵士が全快する頃には、彼女はそう約束をしてしまっていたのだった。

 

 「――ですが、あまりに強力な魔法をこの国に教えると力を持ち過ぎます。近隣の国々が酷い事をされるかもしれませんし、あなた自身に牙を向ける可能性もある。あなたの存在を快く思っていない人達も多いですからね。

 ですから、あなたは迷っているのでしょう? “一体、どんな魔法を教えれば良いのだろう?”と」

 

 オリバー・セルフリッジが語り終えるのを聞き終わり、アンナ・アンリは驚いていた。完全に見抜かれている。どんな魔法をこの国に教えるのか彼女は伝えに来ていたのだが、未だに決めかねていたのだ。

 「何故、分かったのです?」

 「事情を知っていて、あなたの悩んでいる姿を観れば、それくらい誰でも簡単に予想できますよ」

 セルフリッジは何でもないような顔で答えたが、簡単に予想できる事には思えなかった。

 「実は僕に提案があるのです」

 「提案?」

 「はい。読心術なんていうのはどうでしょう? 読心術と言っても、漠然と気持ちが分かる程度で良いのですが。怯えているとか、猛っているとか」

 その彼の提案に彼女は“なるほど”と思う。

 「確かに戦局は随分と有利になりますね。ブラフが通じなくなるし、相手の心理状態が分かればより適切に対応できます」

 彼は頷く。

 「はい。強力な爆裂魔法などと違って、戦闘に関係のない民間人が巻き込まれる心配も少なくなります。民間人に抵抗の意思がない事も直ぐに分かりますから犠牲もより少なくなるでしょう」

 それに読心術ならば、自分への対抗策にはあまり使えない。闇の森が襲われた場合、戦わせるのは心のない疑似的な魔物なのだから。

 「読心術はまだありませんが、鼠や何かを利用すれば、直ぐに開発できると思います」

 それを聞くと「それは良かった」とセルフリッジは笑った。

 アンナ・アンリは微笑む。

 

 ――これなら、きっと“彼”も満足してくれるだろう。

 もちろん、仲良くなった兵士とのロマンスを期待していたのだ。

 

 「騙しましたね!」

 

 オリバー・セルフリッジは道でそういきなり話しかけれた。相手は闇の森の魔女、アンナ・アンリだ。どうも怒っているようだった。

 「何の話でしょう?」

 「読心術の件です! まったく戦闘の役に立たないどころか弊害にすらなってしまったじゃありませんか!」

 「そのようですね。まったくの予想外でした」

 「とぼけないでください! あなたは分かっていたはずです!」

 読心術の開発は問題なく行えた。漠然とした感情を読み取る技術。しかし、読心術を使った兵士達のほとんどは戦意を喪失してしまったのだった。

 普通の人間は、誰かを傷つける事に抵抗感を覚える。戦争時でさえ、できる限り誰も傷つけないで済ませようとする者は多い。その感覚を麻痺させる為か、戦闘において薬物の類が用いられる事もあるし、情報操作によって兵士の士気を煽る事もする。相手の国の人々を悪魔か鬼のように思い込ませ、良心を麻痺させるのである。

 が、しかし、相手の気持ちを感じ取れてしまったのなら、その“洗脳”は効果が大幅になくなってしまう。相手の気持ちに共感を覚え、相手が悪魔でも鬼でもない同じ人間だと実感できてしまうからだ。

 「この国の兵士達の士気がなくなると、あなたはわたしが開発した読心術を相手の軍にも教えたそうですね? このままでは戦いに敗けてしまうと言って。それで相手の兵士達からも士気がなくなった。お陰で戦争はそもそも中止になりましたが、用意周到過ぎます。全てあなたの計画通りだったのでしょう?!」

 その所為で彼女と懇意になった若い兵士は怒ってしまったのだった。その彼女の剣幕を受けると、セルフリッジは軽く溜息を洩らした。

 「でも、結果として良かったでしょう? 誰も傷つかずに済んだのですよ?」

 そう言うと彼は近くで遊んでいる子供達を見やった。

 「戦争が始まれば、何の罪もない人達が犠牲になったのですよ? たくさんの人達を守れたんです」

 「それはそうかもしれませんが……」

 「そして、それはあなたも同じです。あなたは自分が供与した魔法技術でたくさんの人が犠牲になっていたら酷く傷ついていたのじゃありませんか? もう分かっているのでしょう? あなたが兵士から聞いた、相手の国の人間達が悪魔か鬼のよう連中だ、などという話は、印象操作されたまやかしです」

 「それは……」

 恐らく、その通りだった。

 アンナは何も返せなかった。困り顔の彼女に向けて彼は尋ねる。

 「ついでに訊いておきましょう。あなたと懇意になったという若い兵士の方はどうでした?」

 「どうって……」

 「使ったのでしょう? 読心術を」

 それを聞くと彼女は顔を真っ赤にした。

 「別に裏切られたとかそういうのじゃありません! そもそもそんな仲ではありませんでしたし!」

 つまり、若い兵士にその気はなかったのだ。

 「そうですか。それは残念でした。もしかしたら、その人は単にあなたを利用しようとしただけだったのかもしれませんね。あなたの魅力が分からないような浅薄な人物です。気になさらないように」

 もしかしたら、彼は彼女を慰めようとしているのかもしれなかった。まるで保護者のような態度だと感じた彼女は少しだけ苛立った。思わずこう言ってしまう。

 「あなたの方こそ、わたしを利用したのじゃありませんか?」

 それを聞くと彼はにっこりと笑う。

 「そう思うなら、使って良いですよ。読心術を」

 アンナは目を大きくする。刹那、読心術を使ってしまいたい衝動に駆られたが、

 「止めておきます。罠のような気がしますから」

 そう断る。それに、「そうですか。それは残念」と、セルフリッジは返した。

 「なんですか? それは?」

 「自分の気持ちが容易に伝わるというのは、思いのほか、便利なものだと思うのですけどね、僕は」

 そのセリフにアンナは困惑した。どういうつもりで言っているのか分からない。

 ただ、なんとなく、これからも狡猾でお人好しなこの男との付き合いは続いていくような漠然とした予感のようなものを感じてはいたのだった。

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