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「ハルココロ」(Harucocoro):大樹×小春

#記念日にショートショートをNo.59『春の蕾を熟れた林檎で汚したい』(Want to Stain a spring bud with a Ripe Apple)

作者: しおね ゆこ

2021/3/20(土)春分の日 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n5808ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n01f7b0b2b48f)

【関連作品】

「ハルココロ」シリーズ

 彼女は喋れない。

生まれた時からそうだったわけではない。幼い頃、ある出来事がきっかけで、彼女は喋れなくなった。

小学生になり、中学生になり、高校生になっても、彼女は喋れないままだった。

〝喋れない子〟は、クラスの標的になる。

小学5年生の時、彼女のランドセルが学校の敷地内の池に沈められた。

中学3年生の時、校舎の傘立てに入れていた彼女の傘が盗まれた。

高校2年生の時、彼女の好きな人がクラス中に知れ渡った。

 ドアを開けて教室に入ると、一人を除いて、クラスメイト全員が僕をニヤニヤとした表情で見ていた。

「青葉、それ見てみろよ。」

クラスの代表格の男子が、教卓の上に置かれている小さく折り畳まれた紙を指さす。

「これ?」

僕は何の疑いもなく、その紙を手に取り、開いて中を見た。

「大くんのことが好きです。」

よく見慣れた、彼女の文字だった。

「というか青葉、佐倉と下の名前で呼び合うような関係だったんだな。」

目を見開き、顔を上げる。

と、俯かせた顔を少し浮かせた彼女と目が合った。途端、彼女は走るように教室を飛び出した。

「えっ?」

一瞬戸惑い、すぐに我に返る。

「おい佐倉!」

彼女を追いかけて教室を飛び出す。後ろから冷やかすようなクラスメイトの声が聴こえた。

走る彼女を追いかける。既にだいぶ距離が開いていた。階段を駆け下り、廊下を走り、再び階段を駆け下りる。

「待てって佐倉!」

「ひゃあ!」

階段の途中で、彼女が足を滑らせた。

「危ない!」

思いっきり彼女を引っ張る。反動で階段のおどり場に尻餅をつく。

「大丈夫か。」

膝の間に収まる彼女に声を掛ける。彼女は僕から逃げ出そうと、身体を前にした。

「おい、」

逃がすもんかと、抱きしめるように腕を彼女の身体の前にまわす。

ジタバタと反抗する彼女を腕で押さえつけ、質問を口にする。

「さっきのあれ、本気?」

彼女の動きが止まった。彼女はまだ僕から顔を背けたまま答えない。

「なあ、」

彼女の顔を覗き込むと、彼女が僕に顔を見られまいと、さらに顔を伏せた。

「こっち向けよ」

彼女の顔を手で挟む。彼女の反抗を破り、僅かに見えた顔の色に、僕は理由が分からなかった。

「でも僕、確かにずっと側に居はしたけど、何も出来てないよ?何も役に立って来なかったよ?」

彼女はついに泣き出した。

「何で泣くの、僕まだ答え言ってないじゃん。」

彼女の目に問う。

「本当に、僕でいいの?」

彼女が必死に口を動かした。

その聲に、耳を傾ける。

「……d……く……g……」

彼女の言葉。

「もう少し!」

「……d…だ……く……g…ぎぃ……」

「あとちょっと!」

「大くんが良い!」

目を瞑り、彼女が叫んだ。

一瞬のち、彼女が驚いて口を押さえる。

「喋れたじゃん!」

彼女がぽろぽろと涙を零した。

「…あ……う……」

彼女は必死に口を動かすが、言葉が出てこない。ほんのひと時の感覚を取り戻そうと、彼女は口許に手を当てがい、必死に口を動かす。

「こ…佐倉、落ち着いて。」

その小さな肩に手を添える。

「深呼吸。」

彼女が小さく息を吸う。

「……d…だ…い……く…くん……」

「うん」

「……g…が……s……」

「うん」

ゆっくりではあるが、確実に言葉を取り戻しつつある彼女の声を待つ。彼女は頬を桜色に染めながら口を動かしている。

「……s…す……」

「…うん」

「……k…き……!」

「…………」

「……d…だ……い……k……?」

「ちょっと待って。」

返事をしない僕に不思議そうに眼差しを送る彼女から顔を背ける。

自分の中で、鼓動が、笑えるほどおかしなリズムで鳴っていた。淡く、しつこく、されど明白に。

彼女から顔を背けたまま、徐々にかさぶたのように重たくなっていく頬に、僕は対処の仕方を知らないことを後悔していた。不必要に焦っていた。

「……g…ご……m…め……」

背後から聴こえた彼女の声に、ハッと我に返る。

「違う、逆!」

見るからに萎れ顔を俯かせている彼女に、思わず声が飛び出していた。顔を上げきょとんとした表情で首を傾ける彼女に、空気を誤魔化すように自分の髪をむしゃくしゃと触る。

「あー……」

「その…だから……」

かさぶたの重みは取れない。

「?」

「だから……」

彼女の手が僕の制服の裾を撮む。何かが、弾けた。

「…僕も」

ああそうだ。気に食わないが、焦りも隠しも必要ないのだ。

「……!」

しばらく間を置いて、彼女が目を見開く。みるみるうちに桜のように染まっていくその頬に、これまで張っていた強情も仮面もすべてが剥がれ、最後に気が抜けた。

「は〜〜〜………」

大きく着飾られた息を吐き出すと、彼女が目を白黒とさせる。

「反応がピュア過ぎんだよ…………」

「……?」

そんな彼女に、思わず笑みが零れた。

「…僕も、小春が好きだよ。」

はっきりと言葉を口にした僕に、遂に電池が切れたように彼女が顔から火を噴く。

ああ、駄目だ。感情が主張する。綺麗な彼女を、急いでは穢せない。駄目だ。これは隠さなきゃいけない。

「…昔みたいに、小春って呼んでいい?」

隠した熟れた果実と引き換えに、懐かしい清潔な欲望を表にする。

「うん!」

小春の声が、蘇る。

立ち上がり、服についた埃を払う。

「戻ろうか。」

昔より少しだけ大きくなった手を取る。

不器用な形が、少しづつ、記憶に寄り添って歩き出した。

【登場人物】

○佐倉 小春(さくら こはる/Koharu Sakura)

●青葉 大樹(あおば だいき/Daiki Aoba)

【バックグラウンドイメージ】

○Goose house/『♪繋ぐひと』

○スピッツ(spitz)/『♪たまご』

○山田 尚子 監督作品/『聲の形』(the shape of voice)

【補足】

【原案誕生時期】

2020年8月頃

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