9 酷く不気味な駒
1
「いやはや、祖父である死神様がお迎えに来たのかと思いました。この機械ビールを美味しそうに飲み切る兄上は、やはり相当の強者なのですね」
クリッドが眼鏡の位置を直しながらユーズレスを尊敬の眼差しで見る。
(本機も一時的ではあるが、シャットダウン状態になった。このミルクは内部の錆びを促進させる恐ろしい液体だ。これを美味そうに飲むクリッドも流石だな)
どうやらお互いに種族特性上、舌に合わなかったようが試練を乗り越えた。
「改めましてよろしくお願いいたします。シャチョウ、テンス兄上」
(本機もよろしくな。クリッド。本機のことはユーズでいい。オトウサンはそう呼んでいた)
『よろしくお願いいたします。テンスの舎弟クリッド』
ユーズレスとクリッドは互いに握手する。
「分かりました。ユーズ兄上。借帝ですか、二つ名を頂けるのはありがたいですが……借帝クリッド。まあ仕方がないですね。やはり、いずれ対価は返済するのでそのときは……」
若干、補助電脳ガードとクリッドは話が嚙み合っていない。
(クリッドは本機の舎弟になったのだから気にしなくていいぞ)
『テンス、クリッドに恥をかかせてはいけませんよ。男が宣言したのですオニイサンとして気長に待っていましょう』
補助電脳ガード先生が、借金帝王であるクリッドの男気を買う。
(そうか、だったら無利子で貸しといてやる)
ユーズレスがブルーの瞳を一回点滅させた。
「ありがとうございます。いつか必ず返済致しますので」
クリッドよ。それは返さない奴のいう常套句だと補助電脳ガードは思考した。
「話は変わりますが、ユーズ兄上は一体この地上で何をなさっていたのですか」
クリッドが先ほどまで絶望していたユーズレスに問う。
ユーズレスはエメラルドの瞳を数回点滅させながらこの再起動してからの十年間の話をした。
……
「そうでしたか。もしかしたら、私が力になれるかもしれません」
(だが、大陸中をしらみつぶしに探しても誰もいなかったし、手掛かりもなかったんだぞ)
『肯定します』
二人は自信を持って抗議する。
「話を聞くに、一つだけ探していない場所があるではありませんか」
クリッドは地面を差していった。
「秘密の部屋です。灯台下暗し、私が敬愛する言葉です」
真なる悪魔クリムゾンレッドが笑った。
2
「まだですか」
クリッドが歩くのに飽きたようにいう。
(確かこの辺りだった)
『距離にして残り、東に二キロです』
補助電脳ガードが正確な位置を伝える。機械と悪魔は歩く。目的地はユーズレスが再起動した地下研究所〖秘密の部屋〗だ。
(クリッド、本機のオトウサン捜索を手伝ってくれるのは嬉しいけど。クリッドは元々なんで地上に来たんだ)
『悪魔だからやはり世界征服ですか』
補助電脳ガードは半分おふざけで半分は本気で聞いている。何故ならば、現時点でのクリッドの魔力総量はユーズレスに次いで高い。半世紀前の厄災戦争時代であれば単独で軍を無双できるほどの実力はあるだろう。機械人形ユーズレスは、この魔力濃度が高い環境下であれば無限に近いゴリ押しによる戦法も取れるがそれはあくまでも環境要因だ。クリッドは素の力に加えて種族特性(隠し玉)もあるだろう。それこそ底が知れない。なぜなら彼は、世界の闇なる場所からやってきた悪魔なのだから。
「ああ、そうでしたね。予想だにしなかった真なる悪魔に覚醒して自分の目的をすっかり忘れていました。簡単に言いますと、地上の人種の法や政治、統治、文化について学んでくるようにと修行のようなものですね」
クリッドが語り始めた。
クリッドの話を要約するとこうだ。
現魔界大帝であるクリッドの父が神格化するため新たな統治者が必要である。
現魔界大帝は後継者として嫡子であるクリッドを指名したいが、若いクリッドには魔界での実績や格も足りないため指示する臣下が少ない。
種族として悪魔より下位ではあるが、個体数が多く独自(知性ある)の統治をしている人種の文化は見習うべきであると、息子のクリッドを地上へ向かわせた。
神格化により亜神へとなるにはまだ数百年あるため時間はある。
「文明レベルでも機械工学に関しては魔界よりも数歩上をいっていましたから楽しみにしていたんですが、少しうたた寝(百年程)をしているうちに地上には誰もいないので受肉できずに彷徨っていたのです。ユーズ兄上がいて助かりました」
(クリッドは、魔界でオトウサンの後を継ぎたいのか)
ユーズレスはクリッドに問う。
「いえ、どちらかというと魔界大帝には成りたくないのです」
クリッドは眼鏡の位置を直し、杖を撫でながらキッパリといった。
「私は正直に申しますと情けない話ではありますが、争いごとは苦手ですし気が弱いです。先ほども、眼鏡が外れただけで羊になってしまう醜態を晒しました。魔界では、弱虫の代名詞は王太子等とも揶揄されています。とてもじゃありませんが、父上の後継者として私は役不足です。ああ、自覚はありますのでご心配なく」
(……)
『……』
「ちなみに、悪魔の世界は世襲制ではありません。御爺様の代は力の時代で、父にも才がありました。皆を束ねるカリスマ性とでも言うのでしょうかね。父の代では悪魔と神々との戦争もありました。俗にいう魔神大戦ですね。結果は悪魔の大敗でしたが、勝ち取った成果として何か後世に残る偉業を成しえた者には、神々の仲間入りをすることが出来るという権利が認められたのです」
クリッドが胸を張る。
(それは凄いことじゃないか)
『羨ましい限りですね』
ユーズレスと補助電脳ガードは棒読みだがとりあえず褒める。こういう時は、褒めて褒めて勢いのゴリ押しだと、電子書籍〖できる部下のヨイショ〗にも書いてあった。
「まあ、何を司る神様になるかはその時々の人事らしいですが」
(大変名誉なことだ。悪魔凄い)
『なろうと思ってなれるものでもありませんよ。クリッドのお父様は凄いですね。本当に神様っていらっしゃったのですね』
補助電脳ガードは自然と話の流れを変えた。補助電脳ガード先生はコマンド《器用》を使用しないでも実に巧い。たまに、当てずっぽうな知識をぶっこんでくるのはご愛敬だ。
「ここだけの話ですが、神々も魔界に娯楽を求めてやって来たりするのですよ。最高神なる大神様は滅多にいらっしゃいませんが、他の神々特に海と水の女神様がこれをやりにくるのですよ」
クリッドはシルクハットから中指程度の大きさの悪魔の形をした不気味な置物(駒)を取り出す。
(なんだ、その不気味な置物は)
ユーズレスが軽くディスる。ちなみに、ユーズレスには全く悪気はない。補助電脳ガード先生は何も言わない。
「これが、魔界の権力と力の象徴である悪魔遊戯の駒です」
クリッドが悩ましい表情をした。
これが魔界の秩序であり災いの種であることをユーズレスは後から知った。
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