8 自分の最上が相手の最高とは限らない
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補助電脳ガードは調子に乗った。
『それでは、仲直りした二人がさらに仲良くなるように兄弟の契りを致しましょう』
「兄弟ですか。血統の繋がりのない個体でも兄弟になれるのでしょうか」
『古来より血のつながりがなくても、保護者の庇護のもと戸籍なるものに双方の合意があれば可能です。また略式であれば、それぞれの嗜好品である飲み物を分け合い飲み干すことによって兄弟の契りを交わすことが可能です』
補助電脳ガードは調子に乗ったせいでいつもの慎重な判断が出来なくなっている。今回は当たらずも遠からずだが、大部分が適当だ。
(オニイサンは本機だぞ)
「いえいえ、年齢は私の方が遥かに上であります。こないだ百を百回ほど回りました」
二人の攻防が始まった。
(クリッドの身体は本機の影と魔力で出来てるから、本機がオニイサンなのは当たり前だろう)
「なんですか、そのクリッドというのは私の名前はクリムゾンレッドです」
クリムゾンレッドは真名を略されてちょっとイラついている。
『確かにオニイサンは素材を提供したユーズが相応しいかもしれませんね。クリッドはまだ受肉と真名の対価を支払っていませんから借金大王です』
「シャチョウまでクリッドっていったメェェェ。借金大王なんて呼び名は嫌だメェェェ」
クリムゾンレッドは叫ぶ。この大食らいは確かに本日、ユーズレスの影と負なる魔力で受肉して、真名を授かるためにユーズレスを通して周囲の環境を変えて危うく質量のある【疑似ブラックホール】発現しそうなほどの魔力を強奪した。冷静に考えて無銭飲食だ。
(クリムゾンレッドは呼びづらい。クリッドがあだ名でいいじゃないか)
「あだ名ってなんだメェェェ」
興奮すると素が出るところは真なる悪魔になっても変わらない。
『親愛なる友同士が呼び合う呼称です。それに、あなたたち悪魔は真名を知られると契約時に都合が悪いと文献にも記載がありました。今後は不利益がないように真名を隠す意味でもクリッドの呼び名は素敵ですよ。それにクリッドがテンスの弟たる舎弟になれば、借金はチャラです』
補助電脳ガードはまた、にわか知識をぶっこむ。
(なんでだ)
『古来より兄なるものは弟である舎弟からは、対価を貰わずに善意と厚意を大盤振る舞いするものです。そのくらいの器の大きさがなければオニイサンの資格はありません。テンス、十番目の子よ。他の兄弟たちもテンスには優しかったでしょう』
(確かに優しかった)
「確かに、そういうことならクリッドでもいいですね。オニイサン」
クリッドは悪い顔をしている。返済が無くなっていい顔になった。
『話はまとまったようですね。それでは、お互いに自身が一番好きな飲み物を出して下さい。そのお互いの好きなものを交換して飲むことで兄弟の杯を交わすなる儀式が執り行われて、二人は晴れて神々公認の兄弟となるのです』
補助電脳ガード先生はやはり当たらずも遠からずだ。一体その知識はどこからがベースなのだろう。
(よし、とっておきを出してやる)
ユーズレスはバックパックの四次元より機械ビール(特製オイル)を取り出した。
「そういうことでしたら、私も至高なる一品を」
クリッドはシルクハットから特濃ミルクである〖うめえぇぇミルク〗を取り出した。
二人はそれぞれの至高の一杯を交換した。
『それでは乾杯の詠唱後に景気づけの一杯を、一気に飲み干すのです』
補助電脳ガードはノリノリだ。既に酔っ払っているのだろうか。
「あのー、大変失礼かもしれませんが、この機械ビール物凄く不吉な香りがするのですが」
クリッドはトロトロの粘度で何故か泡立っている青い液体に臆している。クリッドは真なる悪魔であるため様々な状態異常無効であるが、本能的に鳥肌が立ち、生誕から初めて生命の危機を感じ取っている。
(オトウサンのブレンドにケチ付けるのか。あと数本しかない最高級だぞ。舎弟になるクリッドのために泣きながら手放したんだぞ)
「そうでしたか、なんともまあ、その、魔界にもない摩訶不思議な飲み物なので。この機械ビールを飲み干し、美味と洒落たことを言えるからこそ一人前の紳士的な悪魔たる条件なのでしょう。神々は今、私をお試しになっているのでしょう」
クリッドは補助電脳ガード先生の試練を受け入れた。この発言はグリットに全く悪気はない。むしろ、僅か一時間足らずで受肉して真なる悪魔に存在を進化させたグリットは、出来過ぎていると感じていた。公正な物事には対価が必要なことは悪魔であるグリットも十分に理解している。この杯がきっと呼び水なのであろうとグリットは腹をくくった。
『イッキ、イッキ、イッキ、イッキ、イッキ』
補助電脳ガード先生は社長と言われて【パワハラ】なるコマンドを【ダウンロード】した。すでに酔っ払っているのであろうか。
「(乾杯)」
ユーズレスとクリッドは杯を持ちあげて高らかに杯を打ち付けた。カァンと小気味のいい音が荒野に響く。
ゴクゴクゴクゴク
二人はそれぞれの杯の中身を一気に飲み干した。
『ビィィィィ、ビィィィィ、緊急事態、緊急事態ミルクは内部パーツの錆びを助長します。テンス、機械人形ユーズレスは一時的にシャットダウン状態となります』
「メェェェェェェェェ、不味いメエェエェェェ、ゴプッ、ゴプッ」
ユーズレスは今までに経験したことのない内部ダメージに悶絶している。勿論、【パワハラ社長】も道連れだ。ユーズレスは瞳の色がホワイトになった。クリッドは状態異常無効の真なる悪魔であるが故に、肉体の感覚が研ぎ澄まされており味覚も繊細だ。故に機械ビールに味覚が悲鳴を上げている。さらに吐き出そうにも粘度が高くて喉につかえている。まさに悪魔でも驚愕の地獄なる業だ。
二人は地面に大の字になり空を見上げる。意識が薄れていく中、二人が見た景色は半世紀ぶりのリニアブルーだった。
痛みを分かち合った機械と悪魔は、天の祝福のもとに兄弟となった。
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