6 ねじくれた儀式
1
創造
始まりは黒い闇しかなかった。そこにまだ色という概念はなかったが黒があった。主はその黒を飽きもせずに眺めていた。
眺めることそれが主の役割であった。
主は眺めていた。
他にするべきことがなかったと言ったほうがいいだろう。
どのくらいの時が過ぎたのか、主は視ることをしなくなっていた。「退屈」これがこの世界に創造された初めての教えと言われている。主はこの「退屈」にたいして息を吐いた。その息は、黒を震わせ波ができ黒は複数に別れ、また衝突を繰り返した、幾度も幾度も繰り返し、「色」が生まれた。
色は瞬く間に、黒を覆った。
それによって、「色彩」が生まれた。「色彩」は、「大地」になり「空」になり「山」になり「海」になった。
主は視ていた不思議そうに視ていた「観察」が生まれた。
主は祝福を贈った、「生命」が生まれた。
女神は、ただ暑さに苦しむ人々や動物、木々を思い涙した。女神の涙が一滴落ち、大地を区切る運河ができた。
運河の水が空気と混ざり雨が生まれた。
大地に染み込んだ水と太陽の微笑みが生命を生かして、世界が生まれた。
始まりの黒い闇は世界の見えない場所に、逃げるように隠れるように存在し続けた。いつの頃からか、誰かがその闇を……魔界と呼んだ。
2
「魔界を統べる我が父がこの度、神格化され神なる頂きに昇るのであります。それに伴いまして、次代の魔界大帝を決めるのでありますが……その魔界大帝になるには魔界に対しての相応の功績が必要となるのです」
悪魔が急にスケールのデカすぎる話をぶっ込んできた。キナ臭い身内のいざこざだ。普通ならば絶対に首を突っ込みたくない案件であろうと補助電脳ガードが最適解を導く。
(お前のオトウサンはまあまあスゴイのだな、本機のオトウサンには勝てないけどな)
ユーズレスが父親自慢の【マウント】を取りに来た。
「テンスさんの御父上ですか、テンスさんのような素晴らしい機械人形をお創りになる方ですから是非ともお会いしてみたいものです」
(……いないんだ)
ユーズレスが俯く。
「これは、これは失礼致しました。私としたことが、心よりお悔やみを申し上げまメェェェェ、イタッメェェェェ」
(バカ、オトウサンは活動停止していない。きっとどこかで活動している)
ユーズレスはつい悪魔の脳天にチョップした。悪魔はユーズレスにとっては先ほどの戦闘からも〖ユフトの四原則〗には抵触しないようだ。
「うわぁぁぁああああん。痛いメェェェェ、痛いメェェェェ、バカッていった方がバカだメェェェェ、お前の母ちゃんデベソだメェェェェ」
悪魔が癇癪を起して腕をグルグルと振り回してきた。
(本機のオカアサンはデベソじゃない。デベソの正式名称は臍ヘルニアだ)
ユーズレスも負けじと腕をグルグル振り回す。
「痛いメェェェェ、痛いメェェェェ、このアンポンタンだメェェェェ、全身黄色なんてセンスない機械だメェェェェ」
(なにを、このボディの色はオトウサンが「幸せの黄色がよく似合う」って言ったんだ。馬鹿にするな。おまえこそ、その全身赤色で変じゃないか)
「メェェェェ、メェェェェ、この燕尾服は父上が成人の祝いでくれた初めてのプレゼントだメェェェェ、ひどいメェェェェ、この鬼、悪魔、ポンコツメェェェェ」
(悪魔はお前だろう。ポンコツっていったな。本機が一番気にすることを言ったな)
「メェェェェ、メェェェェ、」
『ビィィィィ、ビィィィィ』
そこからは取っ組み合いの喧嘩が始まった。
『……』
補助電脳ガードは思考する。数々の英知なる電子書籍を読破した機械人形や、おそらく創世の時代より存在する紳士なる悪魔でさえも、親のことになると子供のように喧嘩になる(理性を失う)。
誕生より初めて子供の喧嘩を体験している十年間孤独だった機械人形ユーズレス……補助電脳ガードが「よかったね」とユーズレスに分からないように囁いた。
ユーズレスは怒りながらも何故か嬉しそうだった。
そんなユーズレスの感情を感知できない悪魔は、本気で半べそかいていた。
 
3
「悪かったメェェェェ、ごめんだメェェェェ」
(いや……本機も悪かった)
『二人ともちゃんとゴメンがいえて偉い、偉い』
二人は補助電脳ガード先生の仲裁によって仲直りした。
『では二人とも仲直りの儀式をしましょう。古来より喧嘩のあとは、ハグという抱き合う行為をしてお互いの心の臓の鼓動を確認しあい。永遠なる友情を誓うのです』
「なんとそんな儀式があったのですね。悪魔にはない儀式です。大変勉強になります」
(古代図書館にも儀式の詳細はなかったのにガードは物知りだな)
『通称、ギュッと称されます。これにより、二人は未来永劫に親愛なる友となることが出来るのです』
補助電脳ガードは間違いではないが間違った知識を二人に与える。
補助電脳ガードがユーズレスの動作を補助した。ユーズレスは両手を広げる。
「こうでございますか」
悪魔も両の手を広げた。その姿は見るものが、見たら赤い服を着た山羊の骸骨が死を誘うかのようだ。
『そのまま二人とも前進して下さい』
二人はそのまま前進して触れる一歩手前で止まる。見つめ合う二人は恥ずかしそうだ。
「こうでよろしいですか」
(……)
『そのまま優しく抱き合うのです。そしてお互いの尊いところを讃え合うのです。』
一体と一人とお互いを壊さないように、優しくギュッをした。これは、独りでは永劫の時を過ぎようと出来ない地上で二人しかいない、どちらかが欠けたら出来ない生命体での尊い行為だ。
「テンスさん、あなたのそのキャンディイエローとても素敵ですよ」
(悪魔の燕尾服、クリムゾンレッドとっても似合っている。悪魔のオトウサンはセンスがいい)
「ありがとうございます。自慢の一張羅なのです」
悪魔が表情の読み取れない骸骨のまま笑う。
その刹那に……
悪魔の全身が光に包まれる。ユーズレスから大量の魔力が悪魔に吸い取られる。
『ビィィィ、ビィィィ、テンスの魔力が大幅に減少していきます。スリープモードへの移行を強く推奨します』
「メェェェェェェェ」
光に包まれた山羊の骸骨がカタカタと叫んだ。
山羊、それは古来では欲望と快楽の象徴、角の形のようにねじくれた性格、星座の山羊は下半身が半分魚の姿をしている。神に愛されなかった生き物等の記録がある。
また、この山羊の頭蓋骨が神に愛されていたかどうかは、茫然と立ち尽くす機械人形ユーズレスには分からない。
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