5 機械のポテンシャル
1
悪魔の手が影を失ったユーズレスの頭部に伸びる。その骨からなる異形な手は、黒い魔力が纏わりつき圧を感じる。しかし、悪魔のその行為はまるで、先ほどの杯の中の水を飲むかのようにごく当たり前で自然な動きだ。そこに悪魔の悪意はない。
『《敏捷・極》』
だが、ユーズレスは機械人形だ。その場の雰囲気ではなく、あくま(悪魔)でも機械的に行動する。ユーズレスは、瞬時に戦闘モードになり牽制として机を前に蹴りだした。後手に回るな先手必勝ドンドンが、小説〖壁ドン東郷ドン〗の名台詞(神セリフ)にもある。
「メェェェェ」
悪魔が現世へ転生して始めての痛みを叫ぶ。
机の先が、手を伸ばすために立ち上がった悪魔の下腿前面に【クリーンヒット】した。
悪魔は大いに怯んだ。
ユーズレスと補助電脳ガードはここが【チャンス】とすかさず技を繋ぐ。
『封印解除、《器用》』
ユーズレスは、前に蹴り出した机を下から持ち上げて、上位なる選ばれし親方しか使用出来ない大技【ちゃぶ台返し】の封印を解禁する。本来であればサブウエポンとして、ご飯、味噌汁、鮭、緑茶、ぬか漬けなる【アイテム】が必要であるが、【食品ロス】の観点からもメインウエポンのみの攻撃とした。
「があぁぁ、あっ、私のメェェェェガネがあぁぁぁ」
攻撃は有効だったようで、悪魔の視界にバグを起こさせた。
ユーズレスは、悪魔が怯んだ隙にバックパックの四次元から流体金属を取り出す。
『巨帝(斧)』
パリン
流体金属の体積が減少し、六メートル級の斧となる。ユーズレスが巨帝を悪魔に向け振り下ろそうとした刹那に……
「あぁぁ、ダメだ。メェェェェガネが、メェェェェガネがないと私は、わあたしわぁぁぁぁぁ、がぶっ、ゲフ、ゴブゥ」
悪魔が先ほど飲み食いした水と干しいもを吐き出した。悪魔の影が形を変えていき魔力が暴走している。
『《敏捷・極》、タワー(中盾)、《防御》』
パリン
ユーズレスは悪魔のただならぬ歪んだ魔力に後方に退避しながら、流体金属を変形させて盾による防御の構えを取る。未知なるものに対して少しでも【リスク】を回避するために観察に徹した。
「ああっああっああっああっメェェェェ」
悪魔の形状が変化していき、人形から四つん這いの獣へとなる。
ユーズレスが見た悪魔の姿は……
「メェェェェ」
赤いモコモコした毛皮を纏った可愛らしい羊であった。
古来には、羊の皮を被った悪魔なるモノがいたそうだ。しかし、目の前にいるのは山羊の皮を被った赤い羊のようだ。
2
「いやいや、大変お見苦しいところをお見せしました」
悪魔は正座させられたまま、流体金属を変形された鎖で縛られている。
なお、眼鏡を拾ってかけ直したら元の人型に戻った。
『……』
ユーズレスは戦闘モードのまま警戒を解かずに腕を組んで悪魔を見下ろす。
「少し誤解があったようです。我々、悪魔は口で話すことはせずに《心音》という魔法でコミュニケーションを取るので、アナタサマも私同様お話が苦手のようだったので、バイパス(思考回路)を繋ごうとしたのです。頭、頂けますかは確かに語弊がありました。改めて謝罪致します」
悪魔はユーズレスに謝罪する。
『信じるに値しないと判断します』
補助電脳ガードがユーズレスに代わって答える。補助電脳ガードは、ユーズレスの保護者であり一部である。
「本当でございます。隣人には敬意を、自分には正直にが私の敬愛する言葉でございます! 」
悪魔は精一杯、歯を見せて笑顔を作ろうと努力する。その様はハッキリいってとても胡散臭い。
パリン
ユーズレスは、流体金属の鎖を解除した。
『テンス』
補助電脳ガードがユーズレスの急な行動に驚く。ユーズレスの瞳の色がブルーになり戦闘モードから通常運転に切り替わる。
「メェェェェ感激でございます。信じるものは救われマッスルなるのは本当だったのですね。私の敬愛する言葉でございます」
悪魔が再び歯を見せて笑う。先ほどよりも胡散臭い。
『……べ……しゃ……り……たい』
もっと喋りたい、それがユーズレスのブラックボックスが出した答えであった。
『テンス……テンスの行動を尊重します』
補助電脳ガードは、ユーズレスの行動に異を唱えなかった。誰よりもユーズレスの孤独を理解しているのは、この補助電脳ガードなのだから……
「テンスさんとおっしゃるのですね。誤解を与えてしまったこと改めてお詫び申し上げまメェェェェ。私ももっとテンスさんとお話しがしたいです。人と人を繋ぐ以心伝心なる言葉、私の敬愛する言葉でございまメェェェェ」
悪魔ちょっと意味がズレているが、ご愛嬌とばかりに胡散臭い笑顔を作る。
『……』
ユーズレスが無言で悪魔に頭部を近付ける。補助電脳ガードがもしもに備えて【プロテクト】の準備をする。
「ご信用頂けるとは、これが嬉しいという感情なのですね。信頼には親愛を、私の敬愛する言葉でございます。《心音》」
悪魔がユーズレスの頭部に触れて魔法をかける。
『テンスが承認した魔法の効果を受けます。テンスは術者との口頭ではなく、思考による会話が可能です』
補助電脳ガードが警戒するが、今のところ害はない。ユーズレスは悪魔との【テレパシー】での会話をインストールした。
「テンスさんの影で受肉しただけあって親和性が高いですメェェェェ。これで、テンスさんの言葉も理解しやすくなります。おや、おや、これはこれは」
(どうかしたのか、テス、テス、テス、テスト中)
ユーズレスは【テレパシー】のテストをしている。
「いやいや、どうやら我々はとても相性がいいようです。阿吽なる呼吸、いつか私が夢見てる敬愛する言葉でございます」
悪魔は毎回のように胡散臭く言葉を濁す。どうやら、ユーズレスの思考は読み取れるが、悪魔からの思考はユーズレスには読み取れないようだ。
『ところで、あなたは一体地上に何をしに来たのですか? テンスの影を奪って』
補助電脳ガードからのアナウンスに怒りが感じられる。
「メェェェェ、メェェェェ、どうかお怒りをお静め下さい。親愛なる友よ、兄弟よ。どうか私を助けて欲しいメェェェェ」
悪魔の悩みは切実だった。
悩みとは別に悪魔が冷や汗をかいていた。
悪魔はユーズレスとバイパス(思考回路)を繋いだことで、理解した。
隠された十番目の子、超大器晩成型機械人形ユーズレスの成長限界が青天井であったこと。
今は脅威にならないが、【ポテンシャル】だけみれば、我らが偉大なる父、魔界大帝すらも凌ぐ存在であることを。
機械神、まさに神なる頂に届きうる存在であることを。
古代語で【踏んだり蹴ったり】なる不運を意味する言葉がある。机にスネを踏まれ、顔を蹴られた悪魔は、ユーズレスの底を見てちょっとションベンチビって羊に戻りそうだった。
ユーズレスは、エメラルド色の瞳を一回点滅させて了解の意を示した。
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