閑話 キカイノココロ 捌
1
「死ねない木人族、その偶然の産物であり失敗作が私さ。人の扱いには慣れてる。あんたが望むならその坊やを坊やが成りたいモノにしてやるよ。大富豪でもいい、物語の英雄でも、なんなら王様にだってしてやれるよ。時間をかけて、タップリと教育してね」
木人がユーズレスを見る。木人の発する言霊が坊に纏わりつく。
ユーズレスの【ブラックボックス】が木人の気を察知して咄嗟に坊の前に出る。
ユーズレスは戦闘モードを取る。
「おや、おや、すまないね。何もあんたから無理やりこの坊やを奪う気はないさね。ただね、あんたに知っていて欲しいんだよ。生命として永遠を生きる過酷さをね。ココロを宿す可能性を秘めた機械人形のあんたにはね」
ユーズレスの瞳の色が赤色から青色に変化する。ユーズレスは一旦警戒を解く。
「ホウホウ」
不苦労が場を和ませようと合いの手を入れる。
「あんた、私の外見(年齢)を気にしていたね。木人族も年は取るさ、時の流れは人種と変わらないさね。ただし、木人族は特性として心が揺れると年齢が若返るのさ。この外見もあんたたちと出会ったおかげ様でね。だから私のあんたたちへの親切は、純粋な厚意じゃないのさ、すべて自分の為だから気にしないでおくれ。なんならこうやって、あんたに秘密を話してるだけでも、ちょっとずつ若返ってるのさ。感謝してるよ」
ユーズレスが木人を見る。確かに目元がや肌の張り(水分量)が若々しく見える。
「まあ、裏技もあるけどね」
木人が先ほどからチャプチャプと振っている小瓶を坊の枕元に置く。
「儀誓薬(疑心薬)っていってね。自身の時を十から二十程度強制的に若返らせることができる木人族専用の猛毒さ。他の生命が服用した場合は一時は若返るが次の朝日が昇る頃には砂になって枯れちまう偽物の薬さ。だけど、貴重品でね。いまでは、生成する材料を入手するのも一苦労だから伝説の薬なんていうやつもいたね」
「………」
ユーズレスが青色の瞳を何度も点滅させる。「この薬があったから貴方は長生きしたのか」と木人に問う。
「いや、私はこの薬を飲んだ時がないんだよ。同族が服用したけど、その薬は飲む頻度が多くなるに連れて心が麻痺していくんだよ。物事に対する感動が薄れていく、まるで機械のようにね。木人族の成れの果てがどうなったと思う」
ユーズレスが瞳を点滅させる。「生命活動を停止したのだろう」とユーズレスは木人の瞳を覗く。その瞳の深さはまるで、澄み切った白に黒を足したようなどこまでも黒い深淵を覗くかのようだ。
「そうだね。人型としての活動を停止したよ。ココロを失った木人族は、木になったのさ。あんたたちが越えてきた白い森の木、あれが木人族の成れの果てだね。私たちの厄介なところはここからさ、木は生きてるんだよ。呼吸をして太陽を浴びて、土から栄養を吸い上げてそれこそ悠久(有休)の時をね。ココロを失い何も感じずに、これがカエルが私たちにかけた呪いさね」
ユーズレスは木人に「あなたは一体どれだけの時を稼働したのか」と問う。
「セイレキって年号から数えて、百年を百回廻った先からは数えてない」
木人が吐き捨てるように放った言葉は刹那の瞬間に大気を揺らした。
2
「この木人計画は序章に過ぎなかったのさ」
木人が再びポツリ、ポツリと語り始めた。
「この白い木はね。燃料にもならなければ、硬すぎて木材にも向かない木だったのさ。ただし芳醇な濃い魔力を宿していた。双子の騎士の二振り、絶剣と夢剣なんて知ってるかい」
「絶剣と巡剣なんて今は言われてるね。確か今は、グルドニア王国に死蔵されてる剣さね。この二振りの材料となったのが、白い木になった木人族さね。私たちは、単に道具を作るための材料【リサイクル品】に過ぎなかったのさ」
木人は矢継ぎに話す。
「意識の集合体を作るためのサンプル品、カエルのやつはまた失敗だなんて言ってたけどね。カエルとイタチが何をしたかったかは、結局分からなかった。今や長く生き過ぎて、だいたいのことはどうでも良くなってきちまったさね。何となく分かるんだよ。未来が、予測したとおりになっちまうのさ。そんなことを繰り返し、繰り返しただ生きてるとね、すり減っていくんだよ心がそして大勢の同族が木になった」
木人は坊に飲ませるはずだった吸い飲みの液体を飲む。
『………』
掛ける言葉が検索出来ないユーズレスはただ記録する。
「私は、他の木人達よりも少しだけ心の振り幅が広かった。心が臆病なおかげで、こうやって未だに人型のままに、目的もなく時の流れを彷徨ってるのさ。あんたには、知ってい欲しかったのさ、始まりの機械人形と同じ〖統合〗を司りし、永遠を稼働するココロを持つ可能性を秘めた機械人形よ」
木人の声のトーンが変わる。
ユーズレスは思考する。
ユーズレスと補助電脳ガードは思考する。
木人の提案は坊にとって非常に効率的である。
子育ての経験がない機械人形よりも、木人のほうがきっと坊を成りたいものに導けると……
「パーパ」
その時、ユーズレスの指先に柔らかいヒトハダの温かさがある坊の指が触れた。
坊が目を覚ました。
坊とユーズレスの目が合う。なぜだか、ユーズレスには坊を見つめ続けることが出来ずに、視線を逸らした。
坊は泣き出した。
3
「ウォン、ウォン」
「ホウ、ホウ」
一匹と一羽が坊をあやすが目覚めた小さい怪獣の叫びは止まらない。
「パーパ、パーパ、パーパ、パーパ」
坊が何か悪い気でも感じ取ったのだろうか、ユーズレスに抱きついて離れない。
「おや、おや、こりゃぁ振られちまったみたいだね。良かったね。この子は、あんたのことを選んだみたいだよ」
木人がユーズレスに「負けたよ」と両手を挙げた。
ユーズレスは青色の瞳を何度も点滅させた。
坊に「本機で本当にいいのかと」問う。
「パーパ、パーパ、パーパ、パーパ」
坊はユーズレスを話さない。
「ほらほら、親のあんたがそんなんでどうするんだい。そのデカイ図体みたいにドーンと構えといで、しっかりと責任持ってずっと一緒にいておやりよ」
木人が部屋を去ろうとする。
ユーズレスは、枕元の薬(偽誓薬)を見る。
「ああ、意地悪しちゃったからねえ。そいつはあげるよ。まあ、使わずに【コレクション】にでもしときなさね」
先ほどよりもまた若返った木人が劇薬をプレゼントした。
ユーズレスはエメラルド色の瞳を何度も点滅させ「あなたの臆病にありがとう」と木人に伝えた。
「ハッハッハ、こりゃあ一本取られたね」
木人は機嫌良さげに部屋を出た。
「ホウ、ホウ」
不苦労が祝福しつつも残念そうに木人の後を追う。
「心を受けとめて、愛を知る機械人形かい。ひょっとしたら、あの子も成りたいモノに成れるかもしれないね。カエルやイタチすら想像しなかった宝物にね」
木人が部屋の外で呟く。
時の女神は願う。
平等たる時間を逸脱した罪なる生命体達に、せめて明日は良いことがありますようにと。
坊と機械がずっと一緒に一緒にいられますようにと。
一つ一つの見えない愛を、キカイノココロでも受けとめられますようにと。
「ウォン、ウォン、ウォン」
ホクトが神々の代わりに祝福を啼いた。
キカイノココロ 完
いつも読んでくれてありがとうございます。
予定では、来週くらいで第二部終了予定です。




