閑話 キカイノココロ 陸
木人さんパートです。
1
木人は夢を見る。
「◯◯◯、いつか君の最後の時が、土か煙か誰かの食い物になれることを……私と同じ最後を迎えないことを神なるモノに祈ろう。それが私の最後の祝福たる言葉にならんことを」
かつての恋人は呪いにも似た祝福の言葉を残して、白い木となった。
枯れることも、芽吹くことも、動くことも出来ない木になった。
その白い木が迎えるであろう最後は本当に誰にも分からない。
ああ、昨日も今日も明日明後日も終わることない木が増えていく。
◯◯◯、木人種唯一の失敗作(成功例)は呪い呪われた未来を今日も生きていく。
自身の意思とは関係無く、時を旅する。
2
木人が目を覚ます。
「はぁ、今日もよっくど生きてるねぇ」
木人は夕方の茶を飲みながら窓辺から西陽を浴びて呟く。
「しばらくぶりだねえ、あの時の夢を見るのは。いい加減に大したもんだよ」
白昼夢でも見ていたのだろうか、その目は意識が微睡んでいるようだ。
「もう顔も思い出せないねえ」
木人の世界が回る。それは前に進んでいるのか、後ろに下がっているのか本人も分からない。瞬きと息遣いが、僅かに聴こえる自身の鼓動が生命の存在を証明している。
「全く、迷惑な話だよ。眠るのも忘れちまったってのに」
木人族は本来睡眠を必要性としない種族だ。それを羨ましく思うかはそれぞれであろうが。
「どうせなら、もっとイカした夢が見たいもんさね。ねえ、睡眠泥棒さん」
部屋に風が吹く。
その風が運んできたのは、侘しさか、寂しさか、憂いか、その世界にも似た部屋には今日も答えがない。
「あと少しで今日も終わるねえ」
自分の言葉に動じずに木人が茶を啜った。
杯の中には入った茶の水面だけが少し揺れた。
3
ユーズレスは今日も記録をする。
「かふ、かふ」
木人の隠れ家に世話になって三日が過ぎた。
坊の体調は良くなってきたが、いまだに咳や熱は多少ある。
「ホウホウ」
「ウォン」
この三日で不苦労とホクトはすっかり坊の保護者気取りだ。
「どれどれ、まだ本調子ではないようじゃが軽快に向かっとるのう」
木人が坊の着替えとおしぼりを持って三階に上がってきた。
ここ数日で奇妙なことがいくつか起きた。
木人の外見的な年齢が若返っている。三日前は八十歳程度の見た目が、六十歳程度の外見になっている。何度か精査したが補助電脳ガードからの回答も同様だ。
昨日まで、二日酔いという呪いにかかって嘔吐を繰り返していた。
時の呪いに罹っていて《解呪》できたのだろうか。
心なしか不苦労の調子も昨日まで悪そうであった。
不思議な現象だ。
「なんだい、あんまり淑女の顔をジロジロ見るもんじゃないよ」
『………』
ユーズレスはエメラルド色の瞳を三回点滅せて「ごめん」の意を示した。
「ふん、まあいいさ。起きたら、水分と新しいヒエピを貼っておやり。冷たいのは変わらないけど、あんまり長く同じの使うのも衛生上よくないからね」
木人が坊のヒエピを交換する。
今日は薬を持ってきてはくれないのだろうか。ユーズレスが木人に再び視線を向ける。
「ふーっ、そんなに見つめられたら照れちまうね。おまえさんの言いたいことも分かるよ。どうして薬をくれないんだってことだね」
木人が椅子に腰かけながらユーズレスに答える。
『………』
ユーズレスはエメラルド色の瞳を光らせた。
「いいかい、薬ってのはどこまでいっても薬……本来身体の中には自然に生成できない異物なんだ。過剰に摂取したり、使い方次第で毒にもなるものなんだよ。薬を使うにはまず体の土台がしっかりしていないといけない」
木人が寝ている坊の頭を撫でながらいう。ホクトと不苦労はユーズレスに習ってなにも言わずに耳を澄ませている。
「それに、坊やはいま自分で身体の中の悪いものと戦っているんだ。私は丸腰の坊やに、剣と盾(環境と看病)を与えただけさね。冒険者では他人の獲物を横取りするようなコソ泥はその場で殺されても文句がいえないのが世の常識だね。これは、誰の戦いでもない坊やの戦いなんだよ。男の勲章を奪うようなことは、例え親でもどうかと思うね」
木人がユーズレスに諭すようにいう。
ユーズレスはエメラルド色の瞳を何回も点滅させて思考する。
「まあ、あんたの気持ちも分かるさ。常にリスクは排除しておきたいだろうしね。安心おし、しっかり【安全マージン】は取ってある。あんたも親なら、息子を信じてドンと構えてな。そして、坊やが元気になったらたくさん褒めておやり」
木人は懐から小瓶に入った液体を揺らしながら悪戯でもするようにユーズレスにいう。
「ウォン」「ホウホウ」
ホクトと不苦労もユーズレスに「きっと大丈夫だよ」と励ます。
「ユーズレス、ユーズって呼ばせてもらうよ。ユーズ、よおく、お聞き。ニンゲンの成長は遅い。そして命は短い。例外もいるがせいぜい長くても、今の世じゃあ八十か九十そこらだろうさ。数千年を稼働する機械人形や厄災級の怪物からしたらほんの一瞬の出来事だろうね。あんたらのいう【コストパフォーマンス】からしたら非常に効率が悪いだろう。だから、繋ぐんだよ。自分ではない命を、そこに愛があるのさ。古代から、愛なんて嘘っぱちの薄っぺらいものに聞こえるかもしれないけどね。でも、お前さんも少しは感じているだろう。愛のカタチをさ……」
「ウォン」「ホウホウ」
二匹も木人のいう愛のカタチを理解しているようだ。
『………』
ユーズレスはエメラルド色の瞳を数回点滅させた。ユーズレスは木人のすべてを理解はできないが、分かろうと努力している。
木人は機械人形のその様をとても好ましく思う。
「私は、ニンゲンのその愛を感じるココロノカタチを羨ましく思うさ。ユーズや、私の外見をさっきから気にしていたね。少し私の話をしようかね。時の女神の怒りを買った木人族の……死ねない滑稽な魔女の話をね」
空が赤く染まり夜の合図を出す。
森の生き物が巣穴に帰る。
木人がぽつり、ぽつりと話し始める。
木人さんの名前募集中です(笑)
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