アーモンドの奥の手(切り札)
二十万字突破深謝です。
1
『ディックの杖には血統や、一定の条件下による魔術、魔法以外、全ての術が登録されております。回復系統はディックの《補助》を必要としますが、永続魔法《冷続》はアーモンド様のほぼ全魔力を使えば使用可能です』
ハイケンがディックの代わりにアーモンドに講義を行う。
「ここから魔石炉まで届くか」
アーモンドがハイケンに問う。
『ディックの杖を遠距離用に変形させてください。過去に数度、前マスターが五キロ先までの長距離魔術を発現した記録がある一部の報告を終了致します』
ハイケンは、ボールマンの過去の功績を称賛すると共に、これくらい出来るでしょうと意地悪をいう。
「手厳しいな。元帥閣下に比べればたかだか一キロか……やれんこともあるまい」
アーモンドがハイケンの喧嘩を買う。勝利の代金はもちろん【プライスレス】だ。
「ガララララ」
不粋な輩がアーモンドに向かって《水球》を発現する。シーランドも疲弊しているようで単発での術だ。
『プログラム、垂直切り』
ハイケンが王殺しの赤い魔刀となった〖赤橙〗で《水球》を切り裂く。武神の加護を授かったこの垂直切りしか出来ない機械人形は、垂直切りだけは歴代の剣帝と肩を並べるであろう。
『アーモンド様、南に10° 杖を傾けてください。私が座標《補助》致します。そのまま上空あと5° その位置で固定することを報告したことを終了致します』
ハイケンがカッコいい。しかし、カッコいいハイケンでも長くはシーランドを引き付けておけないであろう。
「ガララララ」
シーランドが再び《水球》を今度は三発放つ。
ハイケンは、初の実戦でありながら《演算》によりその軌道を予想する。
この機械人形ハイケンは、今日はシーランドの戦闘記録全てを記録しているのだ。シーランド限定の行動パターンによる《演算》であれば、上空からの視点でしか観測出来ないマザー・インテグラ(始まりの機械人形)すら凌ぐ。
『プログラム垂直切りをリピートします』
ディックと違い、砂浜の環境因子も考慮した《演算》による【プログラム】は海王竜の魔術を切り裂いた。
「凄いなハイケン、今度手合わせ願いたいものだなあああ、ぐうぅぅぅ」
アーモンドが辛うじて動く右腕の動かし角度を調整したあとに、ディックの杖に竜なる魔力を込める。身体から一気に魔力を吸われて気だるさを覚える。
ガシャン
ディックの杖が伸びて砂浜に杖からアンカーが射出されて簡易的な砲台となる。狙いは十分だ。
「我は、練る練る練る頭を冷やす。そして捧げる我の竜なる魔力を、期待し守ろうこの未来を必ず中れ《冷続》」
杖が輝き魔法が放たれた。
後にその光を目撃した(神々)ものはこう語る。
ウェンリーゼの夜空に銀の竜のような狼のような姿をした光が虹のような架け橋を作って消えたと、それは未来を駆け抜けたようであったと。
『《冷続》の魔石炉における着弾と共に、魔石炉の温度低下を確認致しました。被害は最小限に留められたことの一部の報告を終了致します』
ハイケンが大陸の未来の安全を【アナウンス】した。
2
「ハイケン、我々の勝率はどのくらいある」
アーモンドは魔力を使い果たし、砂浜に無防備に大の字になっている。
『勝利条件の一つであります王は既に故人となりました。現在は負け戦の後処理です。撤退のタイミングも逃しました。敗北の条件でしたら数ほどあります』
ハイケンがシャットダウンしたユーズレスに抱き抱えられた首を見ながら、最もらしい意見を口にする。
海王神祭典はとっくに詰んでいる。
「ガララララララ」
シーランドが吠える。見事な【ショー】であったと、そろそろ【フィナーレ】にしようと。
シーランドがゆっくりと歩を進める。非常にゆっくりと母に捧げる勝利を噛み締める。
「確かにそうだな。【キング】をとられた【ゲーム】を続けるほど女々しい騎士は滑稽だな」
古代語が苦手なアーモンドが準古代語を使っている。何か身体に悪いものでも食べたのだろうか。
『しかしながら、この海王神祭典の【ルール】には【キング】が取られたら敗北とはなってはおりません』
常に最適解しか答えないハイケンが、アーモンドに釣られている。ハイケンは粗悪品のオイルか機械の天敵であるミルクでも飲んだのだろうか。
「ハイケンその刀を譲代わりに頼みがある。これから起こることは記録しないで欲しい。そして、撤退しろ。記録はもう十分だ。私がヒトからケモノになるところは、ラザアや生まれてくる子には観られたくない……」
アーモンドがディックの杖を砂浜に突き刺して、辛うじて動く右腕で心臓を掴む。
ドクン、ドクン、ドクン
(早い呼び出しだな)
身体の芯から竜が囁く
アーモンドの祖先である初代国王アートレイ・グルドニアは「国崩し」の厄災と同じと恐れられていた。
右腕を振れば空が裂け、左腕を振れば海が割れ、右足を出せば大地が割れ、左足を出せば草木を枯らし、天を仰げば雷が鳴き、その視線は生命を奪う、覇道を極めし大陸の覇者であった。
一説には神々が地上に怒りを伝えにやってきた「代行者」、「神々の落とし子」、「神の血筋」等、記録や言い伝えに誇張はあるだろうが、恐らく魔術や人種にはおよそ不可能であり、奇跡と言われる「魔法」を使うことが出来たのではないかと推察される。
アーモンドの使えなくなったズタズタの左腕から再び鱗が生え、爪が伸びる。
戦闘前にハイケンがベンの問いに答えるために演算した。
『おそらく、アートレイ様は竜を食し美味かと思われます』は、どうやら正解のようだ。
竜を食したパラディンの血筋に、竜の心臓たる魔石の魔力を奪ったアーモンドは、この世で最も竜に近しき存在である。
時の女神は、かつて竜の力を求め猿の獣となった可愛い坊やの顔がチラついた。
「「ああ理解した」」
もう一つの厄災が……使い方次第では【ジョーカー】になりえる切り札が切られようとしている。
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