甘い水は美味とは限らない
キーワード〖竜巻〗
1
ギィィィィィィィィィィ
耳を塞ぎたくなるようなメロディーがウェンリーゼの砂浜に響き渡る。
「があああああ《竜巻》」
アーモンドは魔石の誘惑に耐えながら無理やり厄災級魔法《竜巻》を発現する。
本日二発目の竜を巻き込む無慈悲なる風がシーランドを襲う。
「ガラララララララララララララララ」
シーランドは全身を発光させ、神の加護の効果による無限なる魔力を急速に集束し、《水球》三桁分の水量を纏い全身鎧を発現する。
この竜はやはり、成長している。
この数時間で数千年にも及ぶ経験を手に入れたのだ。
痛みという授業料を対価にして…シーランドが発現した《水球》の全身鎧は接触している一層目が高密度の水を圧縮した層で、外部の二層目が密度を一層目より低下させて衝撃を逃がしやすいようにしている。
風が水の鎧を切り裂こうとするが、水の鎧は表面をユラユラと波のように揺らして流動的に衝撃を逃がしている。アーモンドが発現した不安定な《竜巻》はシーランドの水の鎧の一層目すらも突破していない。
「があああああ」
バキベキバキ
アーモンドは頑張っている。非常に頑張っている。不安定な《竜巻》の照準を留めるように既に両の腕が骨折寸前である。深紅の瞳を発現したアーモンドですら、意思なき魔法の杖の真なる力を開放することは至らなかったようだ。
痛みを覚悟したシーランドは拍子抜けした。この荒ぶる風は、先のボールマンが発現した風にまるで及ばない。
ディックの意思なき《竜巻》は前提条件としてまず、魔力が足りていない。
賢き竜の魔石は既にユーズレスが《転移》の際に魔力総量が半分程度になっている。それに加えて、魔力運用の効率が非常に悪いし、ディックの《補助》なしでの手動の術の発現は非常に難しい。
そのような悪条件の中で術を発現できたアーモンドに、美の女神は耳を塞ぎながら賞賛し、時の女神は可愛い坊や(アーモンド)の腕を心配している。
厄災級魔法《竜巻》それは本来、人種には発現不可能な神々にのみ扱える奇跡、魔法なのだから…
「はあああああああ」
「「「にゃん、ニャー、ニャース」」」
猫たちはアーモンドの負担を少しでも助けられるように、ブーツの中で精一杯踏ん張る。
アーモンドは思考する。
【ジリ貧】であると、このままではシーランドの水の鎧に遊ばれてただ魔力を無駄にするだけだ。
ユーズレスは動かなくなり、ボールマンとランベルトは退場した。残る戦力は、魔力欠乏症により気絶している戦闘不能のリーセルスと非戦闘機械人形ハイケンとボロボロの自分だけだ。
もう切り札は残されていない。
ここで決めなければ、敗北は必至である。
しかも、海の王者シーランドは陸へ上がった。この手負いの竜は今やその怒りに任せて今度こそこのウェンリーゼを食らいつくすであろう。浄化という粛清という名のもとに…民が危ない、ラザアが危ない、この地の未来(お腹の子)が危ない。
『現時点での戦力はアーモンド様のみです。アーモンド様の敗北は、我々の敗北になることの一部の報告を終了致します』
ハイケンがアーモンドの心の声を【アナウンス】した。
図らずも、ウェンリーゼの未来はこの未完のパラディンに託された。
2
ドクン、ドクン、ドクン
魔石が唸る。
(力が欲しいか)
(厄災を倒す力が…)
(安心するがいい、お前は我と同じだよ。獣が竜になるだけだ)
(何も変わらんよ、我がお前になるだけだ)
(すべてうまくいく、お前の顔でお前のフリをしてやろう)
(辛いだろう、痛いだろう)
(楽になりたいだろう)
(こっちの水はとってもあまいぞ)
「なにをバカな! ぐうわぁぁあわあ」
アーモンドの左腕に竜の生命が流れ込んでくる。左腕には鱗が生え部分的に竜化現象が起こる。
(いいぞ、さすがは神の血筋だ)
(我を食しただけあって良く馴染む)
(五百年ぶりの肉体だ、居心地が良い)
侵食は進み、アーモンドの左半身が竜化していく。
「ガァララララ」
アーモンドが吠える。その叫びは人種の叫びではない。
「ガララ」
シーランドはアーモンドの叫びに眉をひそめる。その叫びは同種であり、かつての盟友であり【ライバル】叫びを思い出させる。
「「「にゃ、にゃん、ニャース」」」
猫達が懸命にアーモンドの意識を保たせようと啼く。西の姫巫女であった白猫ホーリーナイトが啼く。
アーモンドが東の姫巫女により騎士の誓いで祝福を受けた〖イキルシルシ〗が巫女の祈りにより発動する。
3
アーモンドは夢を見る。
「アーモンドなんて、その丸々とした体と一緒で美味しそうな名前ね。まぁ、私は果物のほうが好きだけど」
ラザアとの出会いは最悪だった。
「そこまでして、貰わなくても別にいいんですけど。なんか、【キモっ】」
【キモっ】の本来の意味を知った時は心が折れたなぁ。
「なぁ、いるわよ!婚約者の一人や二人位」
確か一瞬、心臓が止まったな。
「いやっ!ちょっとえっ、によなによ、いない、いなにゃいわゃよ」
婚約者が本当はいないと聞いて、慌てて冥界から甦ったなぁ。
「いかないでよ……でも、行くんでしょう」
ラザアのワガママに逆らったの初めてだったな。
「止められないよ…もう…決めたんでしょう」
そうだ、私は自分の意志でここにいる。
「アーモンド様、もう誰かのためにばかりではなく、そろそろ御自分のために、あなた様が愛する人達の為に生きて下さい。それだけが、私の心残りです」
ホーリナイトが私のために啼いてくれた。
「自分自身の信ずるものに、我が覇道と愛しき人の願いを遮るものを貫く刀となりましょう。ウェンリーゼの宝貴方と我が子を守りましょう」
ラザアに騎士の誓いをした。
「私、【狼少年】は嫌いなんだからね」
ラザアにちゃんと帰ってきなさいと言われた。
「アーモンド。あなたが将来、意地悪な竜を退治するまで母は元気でいないとね」
母は私をずっと待っていてくれた。
ドクン、ドクン、ドクン
奪われるな、奪え…
ご先祖様が当然のように囁いた。
「竜よ、竜よ、賢き竜よ。そなたはさぞ賢いのであろうな。きっとそなたを受け入れれば、全てが上手く行くのだろうな。今も未来も…」
(そうだ、我は世の理を叡知を司りし竜ライドレー)
(我より賢きものはいない、全てが上手くいくであろう)
「そなたは傲慢だな」
(何が言いたい)
「竜よ、悪いが私にはそなたよりもワガママな女神と、そなたより意地悪で賢い竜を、【リスト】にホーリナイトと一緒に竜退治を約束しているのだ! 貴様は及び出ない」
アーモンドは竜の甘い水を拒否した。
「「「ニャース」」」
猫達もアーモンドに同意した。
「私は! 私の女神に、果物より好きになって貰わなければいかんのだぁぁぁぁ! 人の恋路を邪魔する奴はウェンリーゼの馬に蹴られて死んじまぇー! 《強奪》」
そっちか! 世界中の神々が古代魔法【ツッコミ】を発現した。
バキバキ、ベキベキ
アーモンドが賢き竜の魔石の全てを奪う。魔石は粉々になり、竜化した左腕がズタズタに破裂して半身が人種に戻る。
(いいだろう)
(まだ眠っていてやる)
(ワガママな銀の狼よ)
(だが忘れるな。貴様は我々やアートレイと同じ怪物であるとな)
キュイィィィィン
ディックの杖が奏でるメロディーが美しさを取り戻す。
アーモンドは叡知なる竜の加護を喰らった。
「ガララララララ」
《竜巻》の威力が跳ね上がり、シーランドの一層目の鎧の膜を弾き跳ばす。
シーランドが見たアーモンドは、まるで狼の皮を被った竜に見えた。
ザァァァァァ、ザァァァァァ
潮の流れが大きく変わろうとしている。
今日も読んで頂きありがとうございます。
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