帰ってきた切り札
1
「ユーズ、ごぷぅ……」
ボールマンは声にならない声を出すが届かない。ハイケンは主の時が迫ろうとしていることを理解し、執事兼介護機械人形として最高の介助をしてボールマンが最後までお兄さんの最後を瞼に焼き付くことが出来るようにする。
「ガララ」
シーランドはそんな事情など御構い無しだ。全身が輝き出し大気中の無限の魔力を供給する。
三桁に届くであろう《水球》の嵐がユーズレスを襲う。
『《敏捷・小》、《演算・小》』
補助電脳ガードと、空の上にいるマザー・インテグラがバックアップをするが、行動の決定権は半自動モードのユーズレスにあるため判断に【タイムラグ】がある。ユフト師の四原則である〖機械は機械を使えない〗に反するため、保護者達はあくまでも提案までしか出来ないのだ。
ユーズレスは下がりながら《水球》の嵐をなんとか躱すが、それは悪手であろう。下がれば下がった分だけ、流体金属を使いきった今のユーズレスには攻撃の選択肢がない。
また、半自動モードのユーズレスに全ての《水球》を躱せるハズもなく体勢が崩れる。そこを狙いすましたかのようにシーランドのブレスが襲う。
『《器用・小》』
ユーズレスはブレスを着弾しながらも身体を捻り、攻撃を受ける面積を減らし【ダメージ】の軽減を図るが悪足掻きだ。ユーズレスは吹き飛ばされ、そこに再び三桁の《水球》の嵐だ。ユーズレスは身を屈め防御の体勢をとり亀のように丸くなるしか出来ない。起死回生は難しく絶体絶命の防戦一方だ。
風の女神が溜め息を洩らし、死神が鎌を振り下ろそうとした刹那に…
「ワオォォォン」
何処かの犬が鳴く。
その鳴き声に引き寄せられるかのように天より一筋の矢が舞い降りる。
ゴォォォン
矢の衝撃でシーランドの攻撃が【レジスト】される。
「ディック……か……」
ボールマンがディックの杖を視認する。的を外し天空を彷徨っていたディックは苦手な《演算》を何度も繰り返し角度を調整して、やっとボールマンの元に帰って来ることができた。ディックがボールマンを見る。ディックは間に合って良かったと安堵と共にハイケンに支えられ枯れ果てた主を見ながら心を痛める。そう、死に際に間に合った。
サラサラ
ゆっくりとボールマンが砂になっていく。その砂時計をひっくり返すことは世界最高の魔法の杖でも出来ないのだ。
ユーズレスがオニイサン(ディックの杖)を掴む。ディックはユーズレスと【メモリー】を共有する。
ディックはユーズレスに「最後に仲直りできて良かったね」と杖を光らせた。
ユーズレスがディックの杖(魔法の杖)をシーランドに向ける。
「ガララララァァァ」
シーランドは怯む。
ディックの杖は《津波》と同格の魔法を発現する【アーティファクト】であると、先の戦闘で学習している。
『マザー・インテグラのバックアップ〖ツキアカリノミチシルベ〗により月の魔力を供給し弩級魔法《月雷》を発現しますか』
まだ希望(切り札)は残されていた。
2
アーモンドは起きた。
アーモンドは甦った。
アーモンドは酔いが冷めた。
「わたしはどうしてここに……」
アーモンドは、ユーズレスの奇襲戦法によりいきなりの予想だにしない衝撃のせいで記憶障害のようだ。
「「「ニャー、にゃん、ニャース」」」
ブーツの中にいる三匹の猫達が周囲を警戒する。ここはまだ戦場だ。敵ばかりではなく【フレンドリーファイア】にも注意せねばならない。
先ほどまで爆発寸前まで魔力を練っていたアーモンドだが、僅か十分足らずの休息(急速)で全快とまではいかないが、体力、魔力ともに動ける程度には回復している。恐るべき生命力だ。
カタカタカタカタカタカタ
「「「ニャース」」」
砂の中で何かが動いている。いや、嗤っている。三匹の猫達が最大限に威嚇する。
アーモンドが見つけたのは…
ただの石ころと云われた〖賢き竜の魔石〗であった。
ただの石ころが輝きながら音をたてて嗤っていた。
3
ディックは「いいよ」と言った。
ユーズレスはディックの杖を天高くかざし、空にいるマザー・インテグラに【シグナル】を要請する。ディックのオハコである切り札の魔法《月雷》を……
『ビィー、ビィー、ビィー、警告、警告。ディックの杖の使用は〖ユフト師の四原則〗機械は機械を使えないに抵触します。よって本機はディックの杖を使用出来ません』
「「「はっ! 」」
その場の皆と神々は呆れ、シーランドが言語を理解しているかのようにニタリと嗤う。
『『………』』
ユーズレスとディックは開いた口が塞がらない。二機とも設計上の口は無いわけだが…補助電脳ガードは忘れてましたとばかり、とぼけている。マザー・インテグラは空の上にいても天を仰いだ。
「ガララララァァァ」
シーランドは時間が制止した機械人形に横なぎの攻撃をする。ユーズレスは吹き飛び、ディックの杖が手から離れていく。
パシィ
誰かがディックの杖を【キャッチ】した。皆の視線が誰かに注がれる。
フラリ、フラリ、ユラリ、ユラリと揺れながらディックの杖を支えに歩く。
目が覚めたばかりで眠いのだろうか。それとも二日酔いだろうか。左手には〖この世にはない不吉な色の宝石〗を怪しく光らせている。
銀色の髪を輝かせ、足元には三匹の猫でも飼っているのだろうか。
「にゃお、にゃん、ニャース」
大変元気でよろしい。
腹をすかせて獣のように飢えたそのものは、右手のディックの杖をまじまじと見る。
「ああ、理解した」
銀狼の瞳が深紅に染まる。
右手には世界最高の魔法の杖を、左手には賢き竜の魔石を持った。材料は揃った。あとは、どう料理するかだけだ。
腹をすかせた未来のパラディンの牙が光る。
今日も読んで頂きありがとうございます。
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あと一話今日投稿できたら頑張ります。




