閑話休題 賢王のタコ(愛なんだ)
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「執刀、診断、治療、《治癒》」
フラワーは泣きながら、自身が扱える初級魔術《治癒》をキーリにかけ続ける。
しかし、フラワーの奮闘を裏切るかのように、キーリは目を閉じたままである。残念ながら、フラワーの初級魔術ではキーリを救うことが難しいかのは本人も重々承知ではあるが、頭では分かっていてもフラワーは《治癒》を止めない。
神々は残酷である。華の女神が泣こうが喚こうが、魔術の腕が一気に上がる訳ではない。
魔力が巡剣に喰われてしまった医術士達は、魔術以外の【アプローチ】を試そうとするが、剣を抜こうにも出血が酷く下手に他の処置が出来ない。巡剣はキーリに深く突き刺さったままで、その周りを止血しようと清潔な布を押し付ける。皆の処置の甲斐もなく、巡剣がまるで嗤っているかのように、血は止まらない。
「お願い! お願い! 止まって! お願い! 」
フラワーの手から魔術の光が消えた。
フラワーは、頭痛と重いだるい倦怠感を感じる。魔力欠乏症の一歩手前まで、キーリのためにかけた《治癒》は残念ながら傷を癒すことはなかったが……
「大丈夫か、フラワー」
落ち着きを取り戻したデニッシュが倒れそうになったフラワーを支える。デニッシュがフラワーの手を見る。その手はキーリの血で赤くなっている。出血を抑えながら精一杯の魔術をかけたのであろう。
「殿下、キーリが! 私の《治癒》じゃあ、キーリを助けられない」
「フラワー、落ち着くんだ。もしかしたら、キーリを助けられるかもしれない」
デニッシュがフラワーをなだめる。
「本当! 一体どうやって」
花のように美しいフラワーの表情が戻る。
「神代級魔法《延命》を使うのです」
ハンチングが会話に割って入る。
「でも、それって神々しか使えない禁忌じゃあ」
フラワーの表情が再び曇る。
「彼のアートレイ様の奥方であられたエミリア・グルドニア様は、生涯に一度だけ《延命》を使いその奇跡を発現されたとあります。確かに、人のなせる業ではありません。成功したとしても、自身の身を魔力の灰にしなければならないでしょう」
「そんな……」
「やはり、無理ではないか! キーリは誰かを犠牲にしてまで生きたいとはきっと思わない」
「方法はあります。要するに、神代級魔法に必要なのは、集団儀式魔術すら超える膨大な魔力です。幸いなことにここには、その魔力が集まった最高の魔道具があります」
ハンチングは、双子の騎士の二振りである絶剣とキーリに刺さったままの巡剣を指差す。
「その二振りの剣には、殿下とキーリ殿の魔力に加えて観客の皆の魔力が蓄えられております。この魔力を媒介として使用すれば……確率は高いとは言えませんが」
勿体振りなハンチングが、自身無さげにいう。無理もない、自分で言っておきながらこれはぶっつけ本番の正真正銘の奇跡の所業であるのだから……
「話は分かった。要するにこの二振りを手懐ければいいのだな」
デニッシュは立ち上がる。
「殿下、また剣に身体を奪われるのでは」
近衛騎士がデニッシュを案じる。王家の血はグルドニア王国にとって何よりの宝だ。キーリ少年には悪いが、重鎮や近衛騎士団を含め皆が出来るかも分からない禁忌魔法の【リスク】にデニッシュが行う必要はないと感じている。
国王陛下、唯一人を除いては……
デニッシュが父である国王を見る。
国王は何も言わずに、「望むままに好きにしろ」と頷いた。
「ハンチング・ベルリンよ! 私は回復魔術は発現できん。魔力は私が奪う。その魔力を使ってそなたが《延命》をかけろ」
「恐れながら殿下、私では《延命》を掛けれません」
「では、どうしろと言うのだ! 」
「《延命》に必要なものそれは、奇跡です。医術に必要なものは、この人を本当に思いやる心であり想いです。キーリ殿と私では、奇跡を起こすには縁が薄うございます。私ではいささか役不足であります」
ハンチングがフラワーを見る。
「フラワー殿、古来より奇跡の立役者は英雄と女神の成すべきことと相場が決まっております」
「私が、私は初級の《治癒》しか使えないし、あなたのように薬神でも何でもない」
フラワーは、先ほどの魔術による魔力欠乏症とキーリの傷を全く癒せなかった自分に自身を失くしている。
「フラワー様、私は医術に必要なのは人を想う力だと思います。私が始めて《回復》を発現した時も、幼い弟であるベンジャミンを救い一心で、神が奇跡を授けて下さいました。愛なんです。人を救うのに本当に必要な力は、古臭いと笑われるかもしれませんが、愛に勝るものはない。ここでは貴女が一番適任です」
ハンチング少年は、昔から少しマセた少年のようだ。
「私やるわ! いえ、やらせて下さい! いつも助けてばかりだった私だけど、絶対に私が、キーリを助ける」
フラワーに気力が漲る。愛の力はやはり偉大だ。
「デニッシュ殿下、腕は大丈夫ですか」
「あぁ、そなたの《回復》のおかげでこの通りだ。むしろ、斬られたあとの方が調子が良いくらいだ」
デニッシュの口も調子がでてきたようだ。
「先ほどの斬られた右腕は、不思議と生きておりました。斬ったというよりは、まるで元からくっついていなかったかのように、離したといった方が正しいかもしれません。私は剣士ではありませんが先の傷口にキーリ殿の殿下に対する愛を、奇跡を感じました。きっとキーリ殿は殿下を傷付けないように、痛みさえ感じさせない刹那の剣を、命をかけたのでしょう」
デニッシュは、今にも死にそうな友から生涯で最高の愛を感じた。
デニッシュの瞳が深紅に染まる。
その瞳からは力強さと愛しさが感じられる。
もう、恐れるものは何もない。
この恐れを抱かぬ大人になった今のデニッシュには、死神の誘いすら勝てないであろうと、武神は呟いた。
先ほどまで些か不機嫌だった大神が、フッと笑った気がした。
今日も読んで頂きありがとうございます。
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