閑話休題 賢王のタコ(大陸の覇者の血)
1
「キーリ! キーリ! しっかりしてキーリ! 」
フラワーが泣き叫ぶ。その叫びは、目を閉じたキーリには届かない。
「キーリ! そんな、私は一体どうしてこんな……誰か、キーリをキーリを助けてくれぇぇ」
デニッシュは、自身の右腕が斬られたことなど構いもせずにキーリの助けを乞う。
控えていた医術士達は今すぐにでも《回復》を発現したいが、巡剣に魔力を喰われて魔術が発現出来ない。
「殿下、ご無事ですか」
学年が下のハンチング・ベルリンが観客席からやって来る。
「そなたは確か、ベルリン家の薬神であったな! 頼む、キーリを! キーリを助けてくれ! 」
「若輩ではありますが、精一杯をさせて頂きます。検査、特定、診断《鑑定》」
ハンチングはキーリを診断するが、途中で止める。
そのまま、《鑑定》をデニッシュにかけ直して、近くに落ちていたデニッシュの右腕を取る。デニッシュの右腕をつなぐために《回復》魔術を発現する。
「感染、予防、止血、滅菌、《回復》」
みるみるうちに斬られた右腕が繋がれていく。
「違う! 違うんだぁ! 私はどうなっていい! キーリの! キーリの治療を! 」
「殿下ぁぁぁあ、お怪我のほどは! なっ! 流石、薬神殿だ。あっという間に腕が繋がれていく」
王の護衛である近衛騎士団が順に闘技場に降りてくる。
「騎士団の方々、修復箇所がズレてしまいます。殿下を抑えて下さい」
ハンチングが、興奮して歯止めが効かないデニッシュを抑えるようにいう。
「殿下、ご無礼致します。お前達も手伝え」
近衛騎士数人がかりでデニッシュを抑える。
「殿下、お静かに無さって下さい。この国においては、なにより王家の血が尊ばれます。ご自身の自覚をお持ちください! 何のために、オリアの御子息が殿下の腕を斬ったかお分かりでしょう」
「あぁぁぁぁぁあ、だが、だが、だが! 」
近衛騎士団の言葉で、デニッシュは多少落ち着きを取り戻すが、自身の傷口よりもキーリを斬ってしまった心が酷く痛む。
「治療完了です。痛みもさほど気にならないかと思われます。腕は動きますでしょうか」
ハンチングが、後遺症の確認をデニッシュに問う。
「ああ、私は大丈夫だ。この通り腕も動くし痛みもない。御苦労であった、すぐにキーリの治療を、キーリを頼む」
デニッシュは、これ以上ないほどにハンチングに頭を下げる。王族であるデニッシュが、格下の臣下である貴族の子息に心から人に頼みごとをする等、始めてのことである。
「殿下、申し訳ございませんが死人を甦らせることは、私には無理でございます」
ハンチングから出た言葉は、死神の鎌以上にデニッシュにとって絶望的であった。
2
「死んでいるだと……」
デニッシュの眼の色も死人のようになる。
「死人を甦らせることは、時を司る女神や死神のなせる業であります。一介の医術士、このグルドニア王国、大陸中を探しても難しいかと」
デニッシュの目が急に赤みを帯びてくる。
先ほどの死合よりも、トゲトゲしい【プレッシャー】が周りを沈黙させ息をつまらせる。
「「がっ! 」」
「いい加減な下らん講釈は要らん! さっさとキーリを治療しろ! 本当に死んでしまうではないか。それとも、貴様がすぐに死にたいのか」
その圧が闘技場全体を包もうとしたときに……
「渇! 」
国王が、地面に杖を突き刺しその禍々しい【プレッシャー】を弾き飛ばした。
「何を騒いでおるか馬鹿者が! 先ほどから自分を見失いおって」
近衛騎士団、ハンチングを始め皆の自由が戻る。
「なっ! ハァハァハァ、皆! 陛下に礼を」
「「「我からがアートレイに! 永遠なるグルドニアに! 」」」
キーリとフラワー以外の、近衛とその場の皆が国王に跪く。
「よい! 今は緊急じゃ。この馬鹿者の躾もせんとな」
バチーン
デニッシュの頬に尊き一発が入る。
「父上、国王陛下」
国王の一発でデニッシュはやっと目が覚めたような表情を見せる。
「デニッシュ、先ほどは見事だったと褒めるつもりだったがなにをやっておるか」
「父上、キーリがキーリが! 」
デニッシュからは眼の色が落ち着き代わりに涙が溢れてきた。
「双子の騎士の二振り、まさかこれほどの物とはな。ご先祖様が秘蔵するわけだ。して、若き薬神よ。見るからに助かりそうにはないが、オリアの子息が死んでおるとは真か」
国王がハンチングに問う。
「はっ! 恐れながら、このキーリ殿は《鑑定》により診断した結果すでにどのような治療をしようが手遅れかと」
「手遅れとな、ではまだ死んではいないのだな」
国王の目が光る。
「まだ、死んではおりませんが時間の問題であります。早急に家族や親しき者を呼ばれるのがキーリ殿のためかと思われます」
ハンチングは、キーリに効果がないであろう《治癒》を掛け続けているフラワーを見ながらいう。
「となると、まだ死神は迎えには来ていないということか」
国王はデニッシュの前に行き、両の肩に手を置きながらじっとその瞳を探るように見つめる。
「デニッシュよ! ねだるな! 媚びるな!我々には大陸の覇者である神と言われたアートレイの血を受け継ぎし者である。お前が、今一番欲するものはなんだ! 欲しければ、奪え! それが例え、死の神からであろうと……すべてはお前の内にいるアートレイの望むままに」
「奪……う、私の望むままに」
デニッシュは、巡剣が深く突き刺さったままのキーリと泣きながら《治癒》をかけ続けているフラワーを見る。
「私は! 欲しい! 私の眼に映る全てが! たが、どうすればいい! どうすれば、キーリを! 私の一番の友を救うことが出来るのだ! 」
デニッシュの瞳から地面に涙が流れる。その涙はデニッシュが他人のために流した、それは美しい透き通った雫石であった。
時の女神は誰にも気付かれぬように、その雫石をそっと拾い上げる。
「お話の間に割って入るご無礼お許し下さい」
幼くして薬神の二つ名持ちのハンチングが発言する。
「よい! 無礼を許そう。話せ」
国王が許可を出す。
「ありがたき幸せでございます。これは、〖聖典〗に書かれた奇跡の夢物語かも致しませんが……」
「勿体振るな! 」
「はっ! 神々が起こした奇跡、人の理を外れし神代級魔法《延命》なれば、キーリ殿の命を助けられるかもしれません」
 
大神が、ピクリと苛立ったのを見逃さなかった死神が、柄の切れた鎌を振る。当たり前だが、そこに刃はなかった。
 
魔法、それは、魔術を超えた神々のみが使用を許された特別な希望である。
 
今日も読んで頂きありがとうございます。
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