13 父が遺したもの
1
王都内 魔熊二万五千との攻防
「ギッシャー! 」
魔熊の爪牙が騎士達を襲う。
「ぐううううう! ダメだ! 」
「ああああ、熊が」
「陣形を保て、一人では立ち向かうな! 必ず三人以上で戦うんだ」
グルドニア兵士と冒険者に魔術師団に疲労の色が見える。
皆は急造ながらも、盾持ちに槍、剣、魔術師の組み合わせで魔熊一体を相手にしていた。数は圧倒的に負けている。予備戦力を入れた頭数は三千近くいたが、既に戦える人数はほぼ半数である。
やはり、大型魔獣である魔熊の基本的な戦闘力は凄まじく大陸最強といわれたグルドニア兵ですら、地の利を生かし、魔導具を使い捨てボロボロになりながら、なんとか戦線を維持することで精一杯であった。
「陛下、このままでは」
「分かっている! セール! オスマン! 黒い粉を使う。少しずつ後退させろ! 」
「陛下! 王都内での黒い粉は建物の被害が」
「そんなこといっている場合か! 奴らは、野良じゃない馬鹿だが知性がある。一回、ビビらせれば時間を稼げる! 神殿と王城の籠城するしかないな。兵たちの疲労もピークだ! 」
ポタポタポタポタ
ゴロゴロゴロゴロ
「こんな時に雨か、雷いやこれは……フェリーチェ? 」
「クルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!! 」
その怒声は、王都全域ジュエルを除くすべて生物の脳に警鐘を鳴らした。
天から舞い降りた聖なる雷はすべての時を止め、すべての事象を置き去りにしていった。
ゴロゴロゴロゴロ
ドッカーン
「「ガウウウウウウゥゥゥゥ! 」」
城壁の外から魔熊達の断末魔がグルドニア王都に響き渡った。
「「ガウウ?? 」」
目の前の魔熊達も落雷と城壁外の魔熊達の断末魔に困惑している。
「「「「キ゚ッシャー」」」」
城壁外からジュエル子飼いの大蜘蛛、クラゲ、蛾、ハナカマキリ達、クーちゃん、メディウちゃん、レーヌちゃん、リョー君の準厄災級の四体が魔熊を蹂躙しながらやって来た。
「うわぁぁぁぁぁ! 大きい虫型の魔獣だ! 」
「ひぃぃぃ! 」
「もうダメだ! 」
グルドニア兵士たちはジュエルの子飼いである魔獣を見たことないために、新たにグルドニア迷宮から湧き出てきた魔獣と勘違いした。
「皆! 落ち着け! あれは、皇太后ジュエル様の使徒だ! くそう! パニック起こしてやがる」
「陛下、いい意味で時が稼げます。このまま、撤退しましょう」
「くそう! 逃げ腰の兵のケツを蹴ってやりたいが、まあいい! 撤退の銅鑼と狼煙を上げろ! しんがりは近衛騎士団が受け持て! 」
期せずして撤退は成功したが、二万五千魔熊と千弱の兵力差は絶望的であった。
2
神殿前
「魔熊達の動きが鈍っている。後方からジュエル様のペットたちが強襲したのが効いたきたいだな! いまのうちに動けるクタムはバリゲートと落とし穴を掘れ!何もしないよりはマシだ! ナッツ達にボンド王もうまく撤退できたようだな。アルパインとオスマンは軍の再編成を、ギルド長ローストは冒険者達に弓で援護体勢後方に待機だ! 」
「父上、いえ、陛下、前線は私たちが務めますので、陛下は後方に待機を」
「……今が正念場だぞ! 」
「私、ナッツ・グルドニアは父上の子です。ピーナッツ・グルドニアの息子です」
「ナッツ、お前……」
ピーナッツとナッツは見つめあった。
それは一秒にも満たない時間だったのだろう。だが、ピーナッツはすべてを悟った。
おそらくナッツは自分の出自を知っている。いや、確信はないかもしれないが元王太子フィナンシェの親衛隊『十天』達のナッツに対する過剰な献身ぶりもあって分かったのだろう。
(そうだな。お前はすべてを悟っていたんだな)
(さすが、フィナンシェ兄上の忘れ形見だ)
「陛下」
ナッツの瞳が強さを増す。それはピーナッツが良く知る目にそっくりだった。いつも、おちゃらけた空気を出しているが勝負の時は、運命神を味方にしたようなか細い糸でも手繰り寄せ勝利に導くカリスマの眼である。
「バーゲン、イヒト、俺は後方に陣取る。ナッツ大元帥にすべてを任せよう」
「「「仰せのままに! 」」」
この瞬間にナッツが次代の王候補筆頭、王太子ナッツ・グルドニアが誕生した瞬間であった。
3
神殿内、ラザアの出産現場
ゴロゴロゴロゴロ
ドカーン
「はあ、はあ、はあ、はあ、きゃあ! これは」
「ご安心ください。ラザア様、フェリーが魔熊を殲滅した音でしょう」
「そう、ありがとうございますわ。皇太后さま」
「「!!」」
ジュエルとマロンの顔が鈍器に殴られたような顔になった。
「いくら、鈍い私でも『神獣フェリーチェ』がでてくれば流石に分かります。どういう理由かは分かりませんが、ピーナッツ陛下の初孫ですものね。王族の血筋でなければ、まさか、皇太后さまが身分を隠してこのように献身的に接して下さるわけがないですもの。『海王神シーランド』を倒したアーモンド殿下の子、生まれれば他国に対してグルドニア王国は今後も安泰とメンツが保てますものね。私も貴族の娘の端くれです。この命に代えても、尊き血筋を残します。今回は、時期が早い出産です。きっと、私にもお腹の子にも負担は大きいでしょう。お願いがごさいます。身勝手かもしれませんが、我が子が無事に生まれるならば、この身はどうなってもかまいません。どうか、子を第一に優先してください」
「……ラザア様」
ジュエルは泣きそうだった。
ジュエルは言いたかった。
好きでやっていることです。とは言えなかった。
皇太后として尊き血を残すことはもちろん大事である。
だが、そのためにジュエルはラザアに尽くしたわけではない。
尽くしたという表現もおこがましい。
ただ、ジュエルはラザアの助けになりたかったのだ。
昨年に夫であるデニッシュ、息子である第一王子フィナンシェと第二王子ゼリーを失くした悲しみを救ってくれたのは、まぐれもなくラザアへの推し活である。
不謹慎かもしれないが、ジュエルは充実していた。
推しのラザアがいて、侍女マロンがいて、フェリーチェにホクト、梟もいた。
まるで、学生時代のラザアの祖母フラワーお姉さまに憧れ胸をときめかせていた青春時代に戻ったかのようだった。
「ラザア様、皇太后さまはいえ、騙していたようで申し訳ございません。ですが、今は出産に集中しましょう」
マロンは言い訳をいいそうになったが、止めた。それは、出過ぎたことだ。
あくまでも、言い訳もすべてマロンの本当の主であるジュエルから口に出さなければならない。
「お話し中に申し訳ございません。マスターラザア、正直に申し上げて外は劣勢です。私も外のノイズを消すために御身のお側を離れることの許可を頂きたいと進言することの一部の報告を終了します」
「分かったわ。ハイケンでも必ず帰って来てね」
「生存確率は非常に低いと進言します。ですが、前マスターであるボールマン様が残した遺産を使うご許可を頂ければ生存確率は大幅に上がりますことの一部の報告を終了致します」
「はあ、はあ、お父様の? はあ、はあ、すべてを許可するわ」
ラザアは陣痛の痛みで正直正常な判断ができなかった。
信頼するハイケンにすべてを任せた。
「ビィー、ビィー、マスターであるラザア・ウェンリーゼの承認を確認しました。秘密の部屋に信号を送ります……ビィー、ビィー、遠隔での操作を承認。秘密の部屋から一万体の量産型ハイケンが起動可能ですとの一部の報告を終了します」
ハイケンがゆっくりとエメラルド色の瞳を点滅させた。
ウェンリーゼにある『パンドラの迷宮』を踏破したものだけが踏み入れることが出来る『秘密の部屋』。ユーズレスシリーズとボンドが誕生した機械人形の父ユフトの研究施設であり、人類の英知が詰まった最大のデーターセンターである。
ウィィィィン
東の海から一万体の戦士たちの起動音が聞こえた気がした。
一万体のハイケンに関しては、『第五部 機械の権利 前編』16 領主代行、に記載があります。




