閑話休題 賢王のタコ(イザヨイ)
ちょっと短めです。
1
〖四極〗、四季の終わりを告げる月であり十五夜(満月)からなるその向こう側を〖十六夜〗と詠んだ。
月の剣、遥か昔まだ国ができる前に月明かりの道標より、地上に舞い降りた月の賢者が振るったその剣は、巡り巡ってキーリとデニッシュの手に収まった。
若人を支えてきた魔術を使えなくても、剣士が一つの誓いを胸に剣を振るう時、人々はそれを騎士と呼んだ。
大神は神々にいったこの若い騎士は、魔法があろうが無かろうが必ず主人の命を成すであろうと、神々には若い騎士の嬉しそうな晴れ晴れとした顔が印象的に見えた。
武神が目を見開く。
武神はいった。本当はこの騎士は、魔術を使わないほうが遥かに強い。
魔術(魔法)が使え無くても人は魔法の言葉一つでより高みへ登れる。
デニッシュからキーリへ、助けを求める声が聞こえた気がした。
キーリは大事なものを失う前に、本当に大事ものは何か気づけたみたいだ。
キーリは小さな声でいった。
「畏まりました」といつものように必ず出来ますと、魔法の言葉を返した。
2
記憶の中の父はいった。
《知覚》を使いすぎるなと、魔術に頼ったその感覚はキーリの内にある芯を狂わせると……
瞼を閉じる。追い風を感じる。
ドクン、ドクン
見えない声が聴こえる。
風が速さを増していく。
どこまでも歩いても、歩いても見つけられなかった未完成だった場所に、欠片が埋まる感覚がある。
伸ばしたかった場所に手が届く気がした。
キーリの内にいた、人に触れることを恐れていた弱虫が……微笑んだ。
目を開けると、華の女神と一瞬目が合った。
デニッシュの全身から血が吹き出し、巡剣に魔力を吸われその魔力の流れが見えない渦となる。
「なんだか、気分が悪い」
「私も、頭がクラクラしてきたわ」
「殿下ぁぁぁあ、ファイトですぞ」
「キャー! 膝をついたキーリ様も素敵」
観客席からも巡剣に魔力を奪われた者がいるようだ。一部例外もいるようだが……
ゴォォォォ
デニッシュを取り巻く禍々しい魔力の渦を前にキーリは近付くことすら儘ならない。しかし、外の荒ぶる風とは裏腹にキーリは落ち着きを取り戻していた。
カタカタカタカタ
絶剣が巡剣に共鳴するが……
「黙れ! 」
絶剣がキーリの一言で大人しくなる。絶剣は魔力が既に空になったキーリを主として認めた。絶剣が先ほどと違い、掌の潰れたタコにとても良く馴染む。キーリは絶剣を見ながら、何故か懐かしさを感じる。
キーリは目の前の暴風を目にする。
ピチャン
試合開始直後の水面のような静かな【プレッシャー】が闘技場を包む。
キーリはおもいっきり息を吸った後に、ゆっくりと息を吐く。
息を吸う、吐く、吸う、吐く、吸う、想いを吐き出す。
「四極」
四季の終わりを告げる一振から、四つの風刃が魔力の渦を切り裂き、デニッシュまでの道を切り開く。
「キィーリィィィ」
デニッシュは巡剣の赴くままにキーリとの距離を詰める。
「殿下、今度こそ本当に忖度は致しません。本気の稲妻(私)を御覧ください」
キーリは迫り来る深紅の怪物を前にしようが、いつもと同じく散歩でもするかのように歩を進めた。
今のキーリは、今までにないくらいに【バッドコンディション】だ。魔力もなければ、気力も体力も残り少なく、この一振りが限界であろう身体で、デニッシュの巡剣目掛けて剣を振った。最高の【タイミング】で振られたその一閃に力は必要なかった。
「十六夜」
観客席から見た試合の結末は……
ブシュゥゥ
宙に舞うデニッシュの右腕と……
「キーリ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」
キーリの心の臓まで食い込んだ巡剣であった。
カタカタ(きゃははは)
巡剣が満足そうに笑った。
3
「キィーリ! キーリ! しっかりして返事をして! 」
フラワーの声が聴こえる。
キーリはデニッシュを見る。
デニッシュは、斬られた右腕の傷口をおさえながら泣きそうな顔で近付いてくる。その表情は痛みではなさそうだ。どうやらデニッシュは助かったようだ。
(ああ、殿下、痛くして申し訳ございません)
キーリは唯一の主であり友であり、【ライバル】を助けることができて安堵した。生涯で一度だけ、本気の一閃である十六夜を……夢をみせてくれた絶剣に感謝をして
「キーリ! 死んじゃ嫌、私をおいてかないで」
フラワーの泣き顔を眺めながらキーリら満足そうに目を閉じた……
今日も読んで頂きありがとうございます。
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