閑話休題 賢王のタコ(カッコつけ)
1
キーリは闘技場上段にいる父の顔を伺う。
ホワイト・オリアのその瞳は、キーリに「分かっているな」と語りかける。
キーリは心の中でため息をつき、木剣のヒビを見ながら思う。今回も本気にはなれなかったかと…だが、【エキシビション】としては上出来だろう。観客も盛り上がった、王室にも貸しをつくれる、殿下の気持ちも晴れる…フラワーも幸せになれる。
デニッシュが自身の一番得意であろう垂直切りの構えをとる。
デニッシュの垂直切りは剛の剣だ。キーリの木剣のヒビに当たれば、武器破壊となり勝者はデニッシュになる。その際に、剣戟の衝撃で後方に吹き飛べば晴れて【エキシビション】は終了する。数名の手練れには、この猿芝居(忖度)がバレるであろうが、王室の権威に口に出す野暮な輩はいないだろう。
初代剣帝が王族とは物語としては満点だ。近年、中央に不満を抱いていた国民の【支持率】も大いに上がるであろう。民衆とはいつの時代もファンタジーを求めるのだから…
迷宮の深層以外で《知覚》も発現した。久しぶりに掌の痛みも感じた。キーリは掌の剣だこを見る。
(剣は自身の鑑だ)
(殿下との修練の日々は…)
(友情は…馬鹿馬鹿しい)
(これでいい…これでいいんだ)
「キーリ、デニッシュ!」
キーリがデニッシュに詰め寄る。キーリにフラワーの声は、観客にかき消されて気づかない。キーリがデニッシュの間合いに入ろうとした瞬間
「…奪…う」
ゾクッ
キーリはあと一歩踏み込もうとした瞬間に背筋に嫌なものを感じた。それは本能だったのだろう。踏み込みの床反力を利用して瞬間的に後方に下がった。見えない剣筋がキーリの踏み込もうとしていた残像を斬る。
パサリ
後方に下がったキーリの前髪が闘技場に落ちる。
デニッシュの真紅の瞳が光る。
キーリは、いや会場中がデニッシュの発する【プレッシャー】に息を飲む。先ほどまで耳障りだった観客の声が消える。
キーリは木剣を握りながら、自身の手のひらが湿っていることに気が付く。
この緊張感はいつ以来であろう、迷宮深層の魔獣ですらこのような圧を感じたことがない。キーリにはデニッシュが、幼いころに見た〖古狼(気高き一匹狼)〗に見えた。
ビュン
闘技場に風が吹く。デニッシュが素振りをする。
ビュン、ビュン、ビュン、ビュン
風が吹き荒れ、会場の誰も視認できないデニッシュの型稽古が始まる。
「ああ…こうだったのか、理解した」
デニッシュが散歩でもするかのように無造作にキーリに近づく。
深紅の瞳がキーリを【マーキング】した。
「キーリ、よく見ろよ」
「うっ…《知覚・中》、皐月(受けの構え)」
キーリは感覚を更に研ぎ澄ませ、最大限の受けの構えを取る。いつものようにキーリ以外のすべての景色(生命)が時に置いていかれる筈だった…
「元つ月、気更月、弥生、卯の花月、水の月」
デニッシュの三年間毎夜夢にまで見惚れた、カウント(稲妻)がここに完成する。
キーリ(天才)にも知覚できない神速の五連撃が闘技場に描かれる。
キーリは、四連撃を皐月でギリギリ受けるが…
「なっ…馬鹿な、グハッ」
最後の水面の一閃をキーリが食らう。身体的な本当の痛みなどいったい何時ぶりだろうか。
ピシリ
どうやら、デニッシュの木剣も根を上げたようだ。主の成長速度に武器がついていけない。この瞬間にデニッシュは本当の意味でキーリ(稲妻)と対等となった。
「キーリ、ようやくだ。ようやく私はここまでこられた。いままで、お前を退屈させたこと友として詫びよう」
デニッシュの瞳の紅が落ち着いてくる。
「ハア、ハア、私に友などおりません。殿下と私は主従関係です」
「キーリ大人ぶるな、どうしてお前はいつもそうなのだ。キーリ、お前は大人ではない!誰よりも子どもだ。大人の振りをしているどこまでも可愛げのない子供だ。ただの負けず嫌いだ。常に全力を出せずに、努力したい努力すらできない、当たり散らす場所さえ分からない、世の中を諦めたポーズをとっているカッコつけているタコ野郎だ」
「一体何をおっしゃっているのか意味が分かりません」
「キーリ、お前は一体いつも何処にいるのだ。お前のその人を一段上の位から見下ろしたような態度が、お前を孤独にしたんだ。キーリ私を見ろ!そして自分を見ろ!お前の掌のタコが、剣が、フラワーが…泣いているぞ」
デニッシュに釣られたキーリの視線の先には、花の女神が両手を組み泣いていた。それはまるで二人の騎士の無事を天上の神々に祈っているようだ。
「フラワーが…何故に」
キーリは勝負の最中だということも忘れ困惑する。
「ここまでくれば、いくら鈍いお前でも分かるであろう。女神の気持ちを…肩の力を抜け、周りを見てみろ。声を聴いてみろ、キーリ」
キーリは初めていままで、気に留めていなかった会場を見回し皆の声を聴く。
「キーリ様、負けないで」
「稲妻は負けない、稲妻は誰よりも速い」
「殿下ぁぁぁっぁ、感激しましたぞ」
「どっちを応援しよう。えーい、どっちも頑張れ」
「そうだ、そうだ、どっちも負けるな!どっちも勝てえぇぇっぇ」
「なんか分かんないけど俺涙が出てきた」
「大丈夫よ、私はもう号泣よ」
「「「キーリ、キーリ、キーリ」」」
「「「殿下、殿下、殿下」」」
「キーリ、デニッシュどっちも無事に帰ってきて」
心の真ん中に、女神の囁きがストンと落ちた。
だが、気持ちとは裏腹に一匹狼だった複雑な思春期の少年にはこの感情を受け止め方が、分からなかった。
「何が、何が分かるんだぁぁぁぁ!お前に何が、王族のお坊ちゃんに!ママゴトは剣術だけにしろ」
「キーリ、私はそんなつもりは」
デニッシュの瞳から紅がなくなり、悲しい瞳の色になる。
キーリはその色を見て胸が痛む。
「口が過ぎました、デニッシュ殿下どうぞ非礼をお許し下さい」
「キーリ」
「ですが、私は私ですよ。今も昔もこれからも」
キーリから今までにない攻撃的な鋭い圧がかかる。この二人はケンカをした訳ではないが、まだ分かり合えないようだ。
「殿下、本当の稲妻を御覧下さい。《知覚・大》」
キーリから余裕が消え、迷宮以外で真剣になる。
「この分からず屋がァァァア」
デニッシュの瞳が再び深紅に染まる。
「黙れこのタコ王子ィィ」
キーリが研ぎ澄まされた剣筋がデニッシュを襲う。
デニッシュは下がらずに前へ出る。
カァン、カァン、カァン
木剣がぶつかり合う。
二人の【カウント】が始まった。
その剣戟からは火花が散り、観客達はその赤く舞い散る余韻しか捉えられない。
それはまるで、稲妻のようだった。
稲妻(金髪キーリ)と銀の稲妻(銀髪のデニッシュ)がぶつかり合う。
闘技場に綺麗な星が生まれては消える、それはまるで神々が絵筆で流れ星を描いているようだ。
「「元つ月」」
神速の一閃…火花が散る
「「気更月」」
一閃から返しの二閃…左右対称の鏡のように綺麗な閃が重なりあう
「「弥生」」
三日月を軌跡を描くような月の振り…二つの月はその引力で引かれ合い
「「卯ノ花月」」
三日月より力強く踏み込まれた剛の太刀筋…共振したその振動は闘技場に響く
「「水の月」」
水面をなぞるような美しい水平の軌跡…世界が上下に割れるようだ
「キィーリィィ」
「殿下ァァァア」
二人の負けず嫌いの〖剣の宴〗は、観客達の心に一生忘れられない痺れるような、金と銀の稲妻の残像を残す。
ピシリ
木剣が鳴く(限界に近い)
カタカタ
祭壇に奉られた〖双子の騎士〗の二振りが水を差すかのように鳴く。
大神と武神はその音を聞き漏らさなかった。
死神が横で鎌を綺麗に研いでいた。
どうやら、負けず嫌いなタコ達の宴は終焉に近いようだ
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