閑話休題 賢王のタコ(一目惚れ)
1
キーリライトニング・オリア
中央の〖本性の迷宮〗を統括するオリア家の長男だ。
当主である父のホワイトは、剣才はなかったが人を育てる才があった。また、キーリの剣才があったことは勿論のことだが……
キーリはわずか十歳で調査団の一員として迷宮の魔獣の間引きを行うまでに成長した。当時、貴族の子弟は十歳で中央学園での勉学が義務とされていたが、キーリは二年間の学業が免除されると異例の経歴を持つ。
キーリが、デニッシュとフラワーに出会ったのは二人が二学年時に起きたお忍びでの迷宮探索、一階層でのことだった。
 
迷宮一階層
「「「ギィィィィィ」」」
「きゃあああああああ」
「フラワー! 」
低階層に普段はいない、魔猿の群れがフラワーに襲いかかる。
デニッシュは後悔する。自分が学園の許可を得ずに、フラワーにカッコいいところを見せようと迷宮探索に誘わなければ……フラワーに恋心を抱かなければ……自分がもっと強ければ……
ザシュッ
デニッシュが見た先には、魔猿の首が跳ぶ。
「「「ギィィィィィ」」」
魔猿が騒ぐ。
「大丈夫? 」
「は……はい」
キーリがフラワーの手をとる。デニッシュに映る二人の姿はまるで、姫君を助けに来た物語の聖騎士のようだ。
「今は迷宮の繁殖期だからね。低階層でも中層の魔獣が迷い込むことがあるんだ。怪我がなさそうで良かった」
キーリは魔獣そっちのけで、フラワーをデニッシュのところまでエスコートする。キーリはそのままデニッシュに前に膝をつき、臣下の礼をする。
「お初にお目にかかります。デニッシュ殿下とお見受け致します。ホワイト・オリアが嫡男、キーリライトニングと申します。学園より緊急の依頼を受け、御身の前に馳せ参じました」
「う……うむ、ご苦労であった」
デニッシュは安堵と共に、キーリに熱い眼差しを向けるフラワーが気になる。
「ギィィィィィ」
血に飢えた魔猿が襲いかかる。
「あ、あぶない」
フラワーが叫ぶ。
「元つ月」
キーリが剣を手にした瞬間に視認できない速さの一閃が魔獣の首を切り落とす。
「なっ……」
デニッシュはなにが起こったかすら、分からない。
「殿下、レディ、掃除をして参りますのでしばしお待ちを」
キーリがまるで自身の屋敷の中を散歩でもするかのように、魔猿の集団に歩を進める。
 
「殿下、ご無事ですか」
オリア卿を始め、王宮近衛兵団が遅れてやって来る。
「オリア卿、我は大丈夫だ。フラワーを、あとあのキーリライトニングの加勢を」
「ああ、愚息のことでしたらどうぞ心配なさらずにいつものことですから」
キーリの父ホワイト・オリアは何処吹く風だ。
「だが、あんな子供に魔獣の群れは優に十匹は超えているぞ」
ザシュッ
魔猿の首が宙を舞う。魔猿は断末魔の叫びをあげることすら叶わない。
「始まったな【カウント】が、愚息の剣は稲妻より速いですよ」
ホワイトが不敵に笑う。
「気更月」「弥生」「卯の花月」「早苗月」「水の月」
キーリが剣を握り直す。
デニッシュの視線の先は瞬く間に、宙を舞う猿の首が見える。
フラワーが物語の聖騎士に熱い視線を送る横で、デニッシュは嫉妬しながらもこの見えない剣筋にいつまでも見惚れていた。
2
〖双子の騎士〗建国王アートレイ・グルドニアが竜を屠ったとされる二振り一対の剣だ。
通称、聖剣または魔剣とも言われており、この四百年でこの二振りを扱えた者は現れなかった。
はじまりは、聖女の神託からなる。
「グルドニアに大いなる厄災を切り裂く光が現れる。その者にふさわしき剣をあるべき場所へ導きたまえ、そのもの月より導かれし剣の帝なり」
 
この神託に何より興味を示したのが国王であった。獣人連合国との国境西の小競り合いが長引くなかで、国民からの税の取り立て率を上げざるを得なかった昨今で、〖災いを切り裂きし剣帝〗とはなんと耳障りの良いものであろうか……
重臣達は、小競り合いとはいえ戦時中である中で騎士達を消耗させようなどと、愚の骨頂と祭典を渋った。
そこで苦肉の策として、学園での武闘祭で剣帝の名誉と聖剣の所有権をエサとして、有力貴族達の後ろ楯の元に国を挙げた祭典が開かれた。
これは完全な王室からの王族の権威を示すため〖エキシビション〗であったが、学生達は真剣だ。この思春期さながらの若人達は、物語の主人公、二つ名には敏感である。
最早、少年とはいえない達観したキーリは大人達の事情をよく理解しており、反対にデニッシュは可愛い位に【中二病】真っ盛りであった。
3
「キーリ様、カッコいい! こっち向いてー」
「殿下ぁぁあ、気合いでございますぞぉー」
王族、貴族のそうそうたる顔ぶれのなか、学生達の声援もあり、会場も大いに盛り上がっている。
「両者はじめ! 」
審判である近衛副隊長の合図で決勝が始まる。
「………………」
「………………」
二人は見つめ合い、その視線で互いを牽制する。
お互いに気まずいのであろうか、デニッシュとキーリの間に言葉はない。
デニッシュは木剣を握るが、キーリは構えすらとらずにただ立っている。まるで、いつでも打ち込んでこいと、稽古をする教官のようだ。無言の挑発であろう。
デニッシュは木剣の握りを強め脚を一歩前に出そうとするが、踏みとどまる。
デニッシュは、キーリをよく見る。闘技場にただ立っているだけの少年の姿がなんと完成された構えであろうか、間違いなくこの天才は極みの向こう側の存在であろう。
グルドニア一の大きさを誇る闘技場が小さく見える。いや、キーリが放つその水面のような無駄のない【プレッシャー】が彼を大きく見せるのだ。
いつもは猪突猛進のデニッシュだが、今日の彼はいい意味で冷えていた。デニッシュは基本を思い出す。
(よく見る、構える、初手だ)
(初手ですべてが決まる)
いつもは相手の出方を伺うことが多いキーリは、いつもと違うデニッシュに多少の戸惑いを思いつつ、フラワーの言葉通りに【エキシビション】(学生生活最後の祭り)を楽しむことにした。
キーリが息を吐く、吸う、吐く、吸う、吐き切ったその刹那
「元つ月(一月)」
刹那の一閃が放たれた。
キィン
「ぐうぅぅぅ」
およそ通常の人種では視認できないその初手を、デニッシュは両の目を見開きその刹那の時間を捉えていた。
「へぇ」
一撃必殺の剣を始めてデニッシュに防がれたキーリは、驚きとともに感心する。今日の殿下は一味違うと……
デニッシュは衝撃で後方に下がりながらも、重心を足の母趾に乗せ鍔迫り合いのままキーリを弾き返す。
(振る)
その勢いのままに三年間の想いを込めた剣を振る。
「気更月(二月)」
キーリは下がりながらもデニッシュの木剣に二ノ閃で迎撃を謀るが……
「ああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ」
デニッシュの想いがキーリの剣を上回る。
「くぅぅぅう」
キーリは後方に弾かれ、久方ぶりに両の手に衝撃(痛み)を感じる。
刹那の攻防に……
「「「うわぁぁぁあ、すげー」」」
「なんだあれ、なにしたんだ二人とも」
「全く見えなかった」
「そんなぁ、キーリ様が押されるなんて」
「殿下ぁぁ気合いだ、【ガッツ】だ、根性だ」
「ハァハァハァハァ、ハハハハハハ! どうしたキーリ、いつもの涼しい顔はどこにいった。お前のそんな顔は始めてみたぞ」
デニッシュはこの刹那に相当の体力と集中力を消費したが……顔が綻ぶ。憧れの剣を防げたことが、よほど嬉しいのであろう。
「御見逸れ致しました。どうやら、殿下は既に私より大人でありました。大変いい勉強になりました」
キーリが迷宮以外に武闘祭で始めて構えを取る。
「ゴクリ」
デニッシュが息を飲み、背筋に寒気が走る。
「お約束通り、一切の忖度は致しません……タコ野郎」
まるで散歩でもするかの如く、幾千もの魔獣を屠りし負けず嫌いな天才が、長き眠りより目覚めた。
デニッシュ・グルドニア
後の世で、賢き王と云われた彼が一生のうちで一番に恐怖した瞬間であった
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