閑話休題 賢王のタコ
1
グルドニア王国歴440年頃
学園武闘祭 準決勝
「それまで!勝者、キーリライトニング・オリア」
歓声の中でキーリが手を振る。十五歳にしてその風格は【カリスマ】を思わせる。
「キーリ、おめでとう」
闘技場から帰ってきた控室で、フラワー・ウェンリーゼはキーリに祝福の言葉をかける。
「キーリ、決勝では私との対戦だ。絶対に忖度はするなよ」
「分かっております。デニッシュ殿下」
キーリは主であり、グルドニア王国第二王子であるデニッシュ・グルドニアにいう。
「キーリ何度もいうが、これが学園生活最後の正真正銘の決闘だ。我が祖たる建国王アートレイ・グルドニア様に誓って真剣勝負を所望する」
「もちろんでございます」
デニッシュとキーリ、グルドニア中央学園騎士科が誇るに二大巨頭だ。その剣技は既に、学生の域を越え王国が誇る近衛騎士にも匹敵するといわれている。
「えい! 」
「「ワァッ! 」」
フラワーが二人の鼻を掴み、チャチャを入れる。ウェンリーゼの男爵令嬢は爵位は低いが、人目を引くブロンドヘアーが特徴の学園を代表する麗しの姫君だ。このお転婆な姫君のイタズラはいつものことだ。
「殿下もキーリも、そんなに怖い顔しないの」
「フラワー、いつもいうが男の話し合いに女が口を挟むなぁぁむぐ」
フラワーはデニッシュの口に飴を突っ込む。
「分かりましたわ、代わりに甘いものをお入れいたしました。これで、その苦そうなお顔も角がとれましてよ」
「私は、王国騎士として矜持をだなぁ」
「はい、はい、そのお話しはこの五年間で耳にたこが出来るほど聞き飽きましたわ」
「タコだと、どうして私が話をするとタコがでてくるのだ私はそのような古の召喚魔法の使い手ではないぞ……」
「………………」
「殿下ぁぁ」
フラワーとキーリはその場で【フリーズ】してしまった。いつの時代も【国語】が苦手な王族はいるようだ。
「まぁいいですわ。片田舎では御座いますが、そのうちにウェンリーゼにご来訪頂いた際には最高のタコ料理をご馳走致しますわ」
「そうか、あの固くてグニャグニャした食べ物はあまり好みではないが、フラワーがいうのであれば行ってやらんこともない」
デニッシュは分かりやすくタコのようにクネクネしている。
「………………」
きっと嬉しいのであろうと、キーリは主の気持ちを察する。
「お二人とも、タコのためにもお怪我しないようにヤンチャはほどほどになさって下さいね」
フラワーは背伸びをして二人の頭を撫でる。入学当時はフラワーのほうが背が高かったのだが、五年の月日は少年少女を大人に成長させるには十分な年月だ。
「はい、キーリも飴あげる」
この幼さの残る姫君の優しい心は年月が経とうが変わらない。
「それじゃあ、二人とも私は上で観てるからどっちも怪我しないで、学園最後のいい思い出つくってね」
フラワーは、名前の通り花のような笑顔を二人に残して去っていった。
「全く、いつも【マイペース】な令嬢だ」
「お嫌いではないでしょう。入学当初から」
キーリはデニッシュに悪い顔をする。
「お前なぁ、本当に昔から何でも出来るくせに、鈍感なんだからなぁ」
「はて?私ほど、《知覚》に優れた術者は稀だと教官よりお墨付きを頂きましたが」
「そういうことじゃない。まぁいい、今に始まったことではない。キーリ、真面目な話だ。私は卒業を期にフラワーと婚約を決める」
「よきことかと、ウェンリーゼ家にとってはこれ以上にない縁と思われますが……側室でありますか」
「いや、正室としてだ。男爵令嬢では格としては、多くの反対や反感があるだろう。だからこその武闘祭だ。キーリ、私は決勝でお前に勝利し皆の前でフラワーを娶ると神々に高らかに宣言する。初代〖剣帝〗の言葉ならば父上をはじめ、皆も文句は言うまい」
「成れば、一度婚約の前に中央の公爵家又は伯爵家へと養子として家格を上げてからでは如何でしょうか。大貴族に恩も売れて、ウェンリーゼ男爵家としても無用な軋轢を生まずに良しかと……」
「キーリ、そうじゃない!そうじゃないだろう!お前は今の話を聞いてなんとも思わないのか!」
デニッシュは、顔を真っ赤にしてキーリの胸ぐらを掴む。【パワハラ】では無さそうだが……
「殿下が、将来王座を狙うのであればウェンリーゼは辺境ではありますが、王国唯一の海軍が御座います。また、ウェンリーゼの当代の領主代行は人工ダンジョンを有する〖巨帝ボンド〗との縁も深いと聞き及びます。西の獣国との小競合いが続くなか、東部貴族の心を掴むことが出来れば皇太子の座が近づくか……」
「だから違うと言っているだろう!キーリ、お前はフラワーのことをどう思っているんだ」
デニッシュの掌に汗が滲む。
数秒の沈黙の後に
「……華でございます」
「花だと?」
「はい、殿下の学園生活の彩りを添えた華であると、おかげさまで殿下はお強くなられました」
パァン
キーリは左の頬に軽い衝撃を感じた。
キーリは首を直しデニッシュを見る。
二人の目が合う。
「くっ……キーリライトニング・オリア!男としてお前を見損なったぞ!決勝は、全力で、私を殺すつもりで来い。私は絶対に負けない」
「仰せのままに」
キーリは臣下の礼をとる。
デニッシュがその場を去る。
「盗み聞きとは、あまりいい趣味とは言えませんよ……父上」
「ハッハッハ、バレていたか。すっかり出る【タイミング】を逃してしまってな」
物陰からオリア家当主である。ホワイトが姿を表す。
「お前も分かってるとは思うが、今回の大会は王族の権威を世に示す【エキシビション】だ。間違いを犯すなよ」
「……今の殿下には私が本気を出しても良くて相討ちですよ」
キーリは自身の掌を見つめる。
「確かに殿下はお強くなられたが、【カウント】の異名を持つお前ほどとは思えんが」
「父上、今でも手に〖たこ〗はありますか?」
「知っての通り、私には自分を育てる才能がなかったからな。随分、綺麗な手になってしまったな」
「そうですか」
キーリは自身の手を握り締める。
「せいぜい花を持たせてやれ。王室に貸し一つとは悪くない。なんなら、ウェンリーゼの姫君の養子先もこちらで斡旋してやろう」
ホワイトは、息子の心配等せずにキーリの肩を叩きその場を去っていった。
「皆、私を買い被り過ぎだ……忖度か」
誰もいない宙に、迷える少年の溜め息が漏れた。
デニッシュ・グルドニア
その手に召喚された剣だこの数は、キーリライトニング・オリアの倍以上であった。
デニッシュのタコの数と、頬をぶたれたときにキーリが誰よりも手汗をかいていたことは神々も知らない
【世紀の一戦】という古代語がある。
普段は陽気な武神が、どちらを応援しようか迷っていた神々を怒鳴り付けた。
刮目せよと
向こう五十年は、この決闘を越える戦いは観られないと……
キーリライトニング・オリア
稲妻と呼ばれた天才の【カウント】が始まった。
今日も読んで頂きありがとうございます。
一話完結出来なかったです。
作者の励み、創作意欲向上になりますのでよろしかったらブックマーク、いいね、評価★して頂ければ幸いです。




