閑話休題 未来のパラディンへ(気まぐれな風)
剣帝であり、金級冒険者である御仁はいった
人は自分より才能があるやつを見ると、そいつに勝ちたいと思い続けるか、辞めちまうか、惰性で続けるかだ。お前みたいに回りを気にしないで何でもできるってバカは…前者のやつのほうが珍しい…
1
グルドニア王国 離宮の庭園
幼き日のアーモンド
「えいやー、そいやー、行くぞ!ホーリーナイト」
「ニャース」
無邪気に木剣を振り回すアーモンドと、戯れるホーリーナイトを見るレート(母)の瞳は温かい。
「アーモンド様、あまりハシャぎすぎるとまた、転びますよ」
アーモンドの後ろ控えるリーセルスは、最近従者となったばかりだが、お目付け役も慣れたものだ。
「我こそは、ドラゴンを倒す聖なる騎士アーモンド・グルドニアである。リーセルス尋常に勝負!」
「私は残念ですが、お仕えする主であろうと忖度出来ませんよ」
リーセルスは、小さい頃から可愛げのない子だ。一体どこでそんな言葉を覚えてくるのだろうか。
「ソンタク?一体、何処の神のお告げだ(神託)?損するのは嫌だぞ」
「ニャース」
ホーリーナイトも何処の神のお告げだか分からないようだ。
「…アーモンド様、いえ、勉強だと思ってきっと損はさせませんよ」
リーセルスは、少年と思えない悪い笑みを浮かべた。
………
「うわぁぁぁん!リーセルスのいじわるー」
本当に忖度はなかったようだ。
「だから、忖度出来ないといったのではないですか」
アーモンド・グルドニア
この幼子は贔屓目なしに全く剣の才能がなかった。魔力量は王族だけあって膨大であるが、魔術を発現できるわけでもなく、剣以外の武芸に秀でているわけでもない。
才能といえば、猫(動物)に好かれること、いくらでも食べれる丈夫な胃袋といった才能だ。
2
皆が帰り、思う存分に泣いた後に、アーモンドは木剣を振る。
ブーン
虫も止まりそうな振りだ。
ブーン
基本も何もあったもんじゃない。
ホーリーナイトは、鳴き疲れてアーモンドの銀髪の上で休んでいる。
「あー、遅かったか、レートのやつは帰ったか」
そこに一人の不審者がやって来た。
肩の近くまである銀髪に天然パーマ、顔には眼帯を付けた無精髭の隻眼、片腕の男である。年の頃は三十にいくかどうかといったところであろうか。
「あっ、なんだぁあの【ボンレスハム】みたいなちんちくりんは?」
不審者が木剣を振る(踊っている)アーモンドに気付く。
それは本当に、ただの偶然と気まぐれだったのだろう。
「なんだ、その踊りは。なにかの呪いか(まじない)?」
不審者がアーモンドに声を掛ける。
「なっ!そなたは何者だ。私の背後をやすやすと取るとは。さてはさぞや、名のある御仁とお見受けする」
不審者が名のある御仁に格上げされた。
アーモンドはまだ十歳にも満たないが、中二病全開である。
「貸してみろ」
名のある御仁はアーモンドの木剣を手に取り振る。
ビュン
庭園に風が吹く。
「ニャース」
アーモンドとホーリーナイトは、全身で剣帝(金級冒険者)の風を感じた。
「ただ、振ればいいってもんじゃない。何を斬るかしっかり【イメージ】しろ。それとお前は全身がはしゃぎ過ぎだ(殺気)。一振、一振に込めるんだ」
木剣をアーモンドに握らせる。
「握りはこう」
アーモンドは握りを確かめる。
「【イメージ】をよく見ろ」
アーモンドは何もない空間に意地悪なドラゴン(リーセルス)を【イメージ】する。
「構えろ」
アーモンドは力を抜き、木剣に夢を込める。
「振れ」
ヒュン
庭園に小気味のいい風切り音が鳴く。
「ニャース」
続けて白猫も鳴く。神々に代わり、アーモンドを祝福しているようだ。
「おっおおー!なんか、なんか!凄く気持ちいいのだ」
アーモンドは、はしゃいだ。
「御仁殿!見たであろう、今の竜殺しの一撃を…」
アーモンドが振り返った先には、御仁の姿はなく、気まぐれな風が吹いていた。
「………」
アーモンドは辺りを見回すが誰もいない。
掌がジーンと心地の良い木剣を振った感触だけは残っていた。
ヒュン、ヒュン、ヒュン
その日から庭園で風が吹く吹くようになった。まだまだ青い幼い風だ。
この風はまだまだ幼い風であるが、いつの日か厄災(不幸)をも飲み込む清んだ風となる日を夢見て、少年はひたすらに剣を振るう。
「ニャース」
庭園でお茶を楽しみながら、レート(母)と神々はその幼き風を感じていた。
3
離宮 レートの庭園
「あら、ピーナッツかしら珍しい」
レートの声は明るい。
「ダメじゃないか、レート!ちゃんと寝てなくては」
ピーナッツは目(体)の悪いレートに近付き手を握る。
「今日はとても気分がいいのよ。【お天道様】もとっても機嫌が良いみたい」
目が悪くてもレートの笑顔はお天道様のようにとっても明るい。
「オテントウサマ?なんだそれは、テントウ虫の仲間か」
ピーナッツは誰かさんみたいに【国語】が苦手なようだ。
「貴方は相変わらずね、それに二人の時は結婚前みたいにチョコでいいわよ」
レートは手探りでピーナッツの顔を触り久しぶりに訪れた最愛の人の顔を確かめる。
「分かるか、俺が…」
ピーナッツは顔を触られレートの色のない瞳に見つめられただけで泣きそうになる。
「しっかりして下さいな。せっかく会いに来てくれたのにそんな顔しないで、金級冒険者さん(金狼)は民のため皆のためお忙しいのは十分に理解しているわ。それが貴方のノブレス・オブリージュなんでしょ」
「前の迷宮は外れだったが、次だ!次は必ず〖神誓薬〗を持ち帰る」
ピーナッツの決意は固いようだ。
「お土産は貴方の無事だけで十分よ。そういえば、アーモンドには会ってくれた」
「今更だ、どのツラ下げて会えばいいか分からん」
「昔の貴方に似てとっても明るくて、無邪気で物怖じしない、とってもいい子よ。ちょっと丸々しちゃってるけど」
「もしかして庭にいた、変な呪いの踊りをしていた【ボンレスハム】か」
ゴン!
「いてぇ!」
盲目の母の拳が大陸随一の強さを誇る冒険者の顎に【クリーンヒット】した。
「貴方ねぇ!自分の息子掴まえて【ボンレスハム】って何よ。本当に昔から口が悪いんだから」
母の愛は止まらない。レートの【ラッシュ】【ラッシュ】流石は元銀級冒険者だけあって一発、一発が腰の入った拳だ。
「いた、痛い、痛い、マジで痛い、悪かった、悪かった、すまん」
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
息子の愛が強すぎてレートの体に障ったようだ。
「なっ!大丈夫か、チョコ!無茶するからだ」
「ハァハァハァ、大丈夫、大丈夫」
ピーナッツはレートを抱き上げる。
「アーモンドは貴方によく似てるのよ、将来は意地悪なドラゴンをやっつけて聖なる騎士になるんですって」
「残念ながら剣の才能は全くないぞ」
「そうね。貴方と一緒で全く才能ないのよ。将来が楽しみでしょう」
レートがニコリと笑う。
「「ハハハハハハッ」」
美と時の女神はこの夫婦の〖茶番〗を美しく、とても羨ましいと思う。
「大丈夫、あの子は私達とは違うわ。とっても強い子よ。貴方の借金(呪い)もきっと利子付けて返してくれるわ。だから、あの子に触れることを恐がらないで。貴方はこの世でたった一人の父親なのだから…」
「…俺に父親の資格はない」
ピーナッツはレートを抱き上げたままレートの部屋に歩く。
「じゃあ貴方に、父親としてではなくて冒険者として依頼があるの」
チョコ(レート)はとても甘い癖になりそうな笑顔で、大陸随一の金級冒険者さんに口づけをした。
依頼料を前払いした甘美な女神の化身は、未来のパラディンと愛する夫自身のために、大陸随一の金級冒険者さんに依頼をした。
もちろん依頼の内容は二人だけの秘密のようだ
4
数年後
学園での特別授業 講師 金級冒険者
「いい加減決めてくれるんだろうな」
アーモンドは剣を振る
「キサマふざけてるのか、この王族の面汚しが」
アーモンドは剣を振る
「なんだそれは!お絵描きか子供でも、もっとマシな絵を描くぞ」
アーモンドは剣を振る
「そこの蝶々が止まりたがっているぞ、お花畑は頭の中だけにしろ」
アーモンドは、剣を振る
先ほどまで、いつものようにアーモンドを馬鹿にしていた騎士科の皆も同情の目を向ける。
リーセルスだけは、かなり遅れながらだがかろうじて修練に食らい付いてくる。
「諸君!今のうちに謝っておこう…今日は徹夜だ」
振る、振る、振る
「もっとだ、速度を落とすな」
教官がアーモンドを殴る
「もっと、もっとまだまだ上がるぞ」
教官がアーモンドの足を蹴る
「落とすな、落とすな、落とすな」
アーモンドの耳元で盾を打ち付け威嚇する
「集中だ、集中だ、集中だ」
バケツの水も掛けてきた
「目をつぶるな!速度を落とすなと何回言えば分かるんだ、このバカが!」
水で濡れた泥を目にぶつける
「そんなんじゃ、好いた女の一人も守れんぞ!それとも一生【チェリー】坊やか」
振る、振る、振るう。
視界が、ボヤけようが痛みがあろうが、何を言われようがアーモンドは、剣振るう。
ビュン
それはいつかの幼き風ではない
アーモンドは、来日も来日も一つの誓いを胸に剣を振るう。
いなくなること、約束を違えること、それが究極の悲劇だということを彼は知っている。
【ボンレスハム】は骨なし等といった意味もあるようだが、心配しなくでも大丈夫だ。
この【ボンレスハム】は、母親譲りの芯の強さと、父親譲りの才能があるのだから…
この吹き荒れる暴風のなかであろうと、未来のパラディンは何があろうと挫折しない。
その後、適性の低かった回復系統魔術をリーセルスが使えるようになったのはまた、別のお話である。
閑話休題 未来のパラディンへ 完
今日も読んで頂きありがとうございます。
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予定では、外伝ストックしたら本編でリテイクする予定です。外伝で読んでくれた方も楽しんで頂ける内容にしたいと努力します。




