1 魔界大帝クリムゾンレッド
ブックマークありがとうございます。
1
グルドニア王国王宮 査問会会場
「開くゲコー! 開くゲコー! 冥界の門が開くゲコー! 数千年! この日を待ちわびたゲコー! おいでくださいませ! 御方々―! 」
部屋全体に強大な魔法陣が出現して、会場の皆の魔力を奪っていく。
「「「ぐぅぅぅっぅ」」」
会場の大半の者たちが頭痛とめまいの症状がでた。魔力欠乏症である。
『メエェェェェェェェェェェェェ!』
魔法陣より、グルドニア王国に絶望を告げる声が響いた。
ドン
その声からは今までに感じたことのないプレッシャーを感じる。
「ぐぅぅぅ、これは、魔界の高位悪魔を召喚か……馬鹿な……なんだ、このバカげた魔力量と威圧は」
「国王陛下! 」
「大丈夫だ、バーゲン! それよりも、とんでもない化け物がやってくるぞ」
魔力量の豊富な賢者フォローはなんとか立って臨戦態勢を取っている。
バーゲンと近衛騎士団長は辛うじて国王であるピーナッツの前に出る。
現在、なんとか意識を保っているのは、一定の強者のみであるがいずれも魔力欠乏症一歩手前である。
「ははぁん、やっと俺様の出番だな。レング、フェンズ! お前たちも準備しろ」
「「イエス! マスター・ボンド! 」」
巨帝ボンドは瞬時に『ジャンクマント』の四次元から純度の高い魔石を数個から魔力を吸収した。この辺りの経験値は流石である。
「ラザア様をお守りしなさい! 」
「クルルルゥ」
ジュエルは瞬時に肩に止まっていた『フェリーチェ』を元の大きさに戻した。
この時、アーモンドとリーセルス、ラギサキも魔力欠乏症一歩手前であったが、魔法陣から目が離せないでいた。
「グルルルルルルルッル! 」
獣王に至っては、既に《獣化変化》している。
ぬるり
魔法陣より手が出てきた。
それは、赤い服の袖から見えた指は五本あるが人種の指ではない。何か動物の手である。
その手を見た刹那にカエルの様子が変わった。
「はっ? 違う? そんな馬鹿な? 灰色様ではない? 赤い燕尾服? 何故、あのお方が! えっ、ゲコゲコゲコ」
先まで余裕で自信満々であったカエルが全身から脂汗を出し震えている。
ぬるり
もう片方の手も出てきた。出現した両手は魔法陣から体全体を出そうと床から這い上がろうとする。
「メェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエェ!! 」
魔法陣より赤い燕尾服のシルクハットを被った人型の山羊が召喚された。
「なっ! なんで、魔界大帝様が出てくるんだゲコー? 」
カエルは気絶した。
2
「お邪魔致します」
山羊の悪魔はシルクハットを取って優雅に礼をした。
そこに召喚前のプレッシャーはない。だが、一同は動けないでいた。
一目見て分かる。高位な存在、人種や獣人、他種族より遥かに高い、比べることすらおこがましいものが目の前にいる。
先ほどのような場を支配した重い空気はない。だが、誰も一言も口を出せない。
口を開けた瞬間に『死』、機嫌を損ねたら『死』、そのイメージが脳を支配していた。
「はて? ここは……? ああ、まずはタンテールを」
山羊の悪魔は燕尾服のポケットよりカードを取り出し『霊僧タンテール』を召喚した。
「タンテール、御身にはせ参じました」
修道院の服を着た牛獣人に見える存在が山羊の悪魔に跪く。
「タンテールだと? 」
その単語に国王ピーナッツや獣王を始め皆が反応する。
『霊僧タンテール』とは遥か昔に獣人が滅びの危機に瀕したときに現れた牛獣人である。回復系統の魔法を自在に操り、素手で岩をも砕く膂力の持ち主で、多くの獣人を救った聖女のような存在である。また、タンテールは世界を回り種族を問わずに紛争解決に尽力したとも言われた聖人君主であったが、怒りを買えば『鬼子母神』の如く暴れる猛牛となった。各国にタンテールの絵本があるほど有名な偉人である。
「おや、おや、タンテールは有名人らしいですね。羨ましい。ああ、そういえば、五百年ほど前に社会勉強で二十年ほど地上に受肉させましたね。」
「クリッド様、お戯れを」
「ところで、ここはどこでじょうか? そこに転がっている召喚者であるカエルさんは寝ちゃっているようですし」
クリッドが頭を悩ませた。
「クリッド様、おそらくここはグルドニア王国であると思われます。巨帝ボンドに、今代のおそらく獣王、魔力豊富な人材が多いことから世界会議か何かの折に、そこのカエルの罠に嵌り召喚儀式の餌(魔力壺)にでもされたのでしょう」
「ああ、なるほど、それはご迷惑をかけてしまいましたね。代表者のお方はどなた様で? 」
クリッドがそこで国王ピーナッツと目が合った。
「客人よ。歓迎しよう。余がグルドニア王国国王ピーナッツ・グルドニア一世である」
ピーナッツは臨戦態勢から一度座った。
査問会という限定的な場での、一番の上位者は裁判官のマウである。だが、今はこの未知なる存在に対して対話する権利は自国の王であろう。
「ピーナッツ一世! 人種風情の王ごときがクリッド様の前で座ったままですと! 」
タンテールがピーナッツに怒気を発した。タンテールの周りの魔力濃度が一気に上がり、可視化するほどの魔力の風が吹き上げる。
「「「ぐああああああ」」」
会場の生き物が絶望を味わう。
「クルルルルルゥ」
フェリーチェが雷属性の魔法でジュエルとラザア達を守るように《魔法障壁》を展開した。
「久しぶりにやるか? 牛野郎」
巨帝ボンドが愛用の大斧を構えた。
「グルゥ! 」
獣化した獣王はまるで引かれた弓矢のように体勢を低くして突撃の準備をしている。
「《強奪》」
その沈黙を破ったのはアーモンドであった。
アーモンドの左肩から大きな漆黒の手が発現されタンテールの魔力を《強奪》した。
「なんだと! 馬鹿な! 私の魔界の魔素を喰らうだと? 貴様、人外のものか?」
タンテールがアーモンドに敵意を向けた。
「ほう、生成が速いですね」
クリッドがアーモンドの《強奪》に感心した。
スタスタ
アーモンドがゆったりとした足取りで前に出る。アーモンドの歩行は堂が入っていながらも気品があった。これは、幼少よりやりたくなかったが、王としての所作を勉強させられた賜物であろう。アーモンドはタンテールを無視して、クリッドの前に跪いた。
「恐れながら、高貴なる御方とお見受けします。私はグルドニア王国第二王子アーモンド・ウェンリーゼと申します。私事ではありますが、この場には身重の妻がおります。何卒、荒事はお控え頂ければ幸いに存じます」
「なんと! それは、紳士にあるまじき行為でした。子はなによりも宝! タンテール」
すぐにクリッドがタンテールを手で制した。
「ピーナッツ陛下、アーモンド殿下、うちの者が大変ご無礼しました。ご挨拶が遅れてしまいしたね。皆さまのいう魔界から来ました。真なる悪魔クリムゾンレッドと申します。『魔界大帝』、『魔王』、『絶壁の山羊』などと言われております」
クリッドが再びシルクハットを取り優雅な礼をする。
「魔界であるか……遠いところを? ご苦労であるな。クリムゾンレッド王よ」
ピーナッツは冷や汗をかきながらそれを悟られないように王としての威厳を保ちつついった。
「ピーナッツ陛下、皆さまもどうぞ、私のことは親しみを込めてクリッドとお呼び下さい。親しき隣人よ」
その会場の皆が刹那に心の中でこう呟いた。
この厄介ごとしかない恐らく厄災級すら子ども扱いする悪魔と「親しくなりたくないなあ」と……




