エピローグ 東の姫巫女
1
数千年後
ユーズレスが眠りについて五百年後に、地下都市『バイブル』『コンパス』『ガイドライン』は地上に探索パーティを派遣した。彼らは旧ヴァリラート国では平民に位置する者たちの末裔である。この五百年でユフト師が開発したワクチンが世代を超えて浸透し、地下都市の住民達の魔力量、魔力順応力はかつての貴族と比較しても遜色ないレベルに達した。
貴族たちは衛星となった始まりの機械人形『インテグラ』の中で長い年月を休眠装置を使用して眠っている。当時、厄災戦争で世界を覆ったマナバーンで人類は地上に住めなくなった。王族、貴族たちは空へ逃げた。残された人類は、ユフト師の苦肉の策で地下に身を潜めた。地上が再び緑豊かな楽園となるその日まで……
地上に出た探索者パーティは、驚愕した。数千年は生命が活動できない魔力粒子濃度とインテグラは予測していたが、予想に反して地上は緑豊かな楽園となっていた。
地下都市ではこれにより、地上推奨派と地下移住派に別れた。地下都市は、文明も栄えており地上は緑豊かとはいえ、野良魔獣が生息していたからだ。五百年の歳月で彼らは地下を故郷と認識するようになった。
しかし、彼らは恋焦がれていた緑豊かな大地を、本物の月と太陽を、広大な母なる海を……地上が人類に適した環境となった今、その衝動を抑えるというのは酷な話であった。
また、彼らは備えておかねばならなかった。月へ行った自分たちを見捨てた貴族達に再び地上を渡さないために、同じ過ちは二度と繰り返さない。
地上を目指した人類は、旧文明の遺産ともいうべき魔導具を使い地上に再び文明を築き上げた。
だが、行き過ぎた文明はもろ刃の剣だった。人類は空に上がった休眠状態の貴族たちに対抗するべく人体実験を始めた。後の獣人である。始めはより、魔力の高い遺伝子を残す実験だったが過剰な魔素は身体の姿を変えた。ある者は自我が無くなり、獣となった。
再び人類同士で争いが起きるのはそう遅くなかった。
人類が地上に戻ってきて五千年の間に幾度となく、人類は戦争を起こして滅びを繰り返した。
それを魔界で見ていたクリッドは悲しかった。
何度か介入もしたが、良い結果が得られなかった。悪魔による過度な介入は人類にとって良いものではないのだろう。クリッドは何度もユーズレスに声をかけた。だが、ユーズレスは沈黙したままだった。
魔道機械人形ユーズレス、彼の目覚めは誰にも分からない。
2
「村神様、村神様、今日もいい日ですね」
目の見えない少女リーゼが黄色いボディに苔の生え村の御神体に今日も話しかける。
「おねいちゃんも、毎日、毎日飽きないわね」
双子の妹のエミリアが姉を支えながらいう。
姉妹は年の頃は十五を超えた村の巫女である。この村は海に面しており、代々、竜神シーランドを祭り海の怒りを鎮めるために舞を奉納する一族である。
「この村神様は私たちのお爺様のそのまたお爺様より、ずっとずっと前にからここにいらっしゃるのよ」
「へぇーそうなんだ。でもただの、苔が生えた動かない石造でしょ」
「そうかぁ、私がまだ目が見えていた時は黄色い色していたけどね」
「おねいちゃん」
姉のリーゼは、元は眼が見てていたが幼いころに海で溺れてから視力を失ってしまった。リーゼがいうには、溺れていたところを竜神様に助けて頂いたとその後の記憶は曖昧で浜辺に倒れているところを発見したのだ。
「大丈夫よリーゼ、それよりも、いつもあなたに私の眼の代わりになって貰って申し訳ないわ」
「そんなことない! あの日だって本当は、私が魚釣りに行きたいなんておねだりしなかったらそんなことには! 」
エミリアが泣きそうになる。
スッ
エミリアの頬にリーゼの手が触れた。その光無き瞳がエミリアを見つめる。
(綺麗だ)
エミリアは双子の姉であるリーゼの瞳を見てそう思った。
二人は見目麗しい外見に村では珍しいブロンドの髪色をしている。双子だけあって、外見は似ているが、活発な印象のエミリアに対して姉のリーゼはそのおしとやかな物腰から気品ある空気を纏っている。
「遅くならないうちに帰りましょう。一昨日、村の騎士様が仕留め損ねた魔獣がいるかもしれないからね」
「大丈夫よ。おねいちゃん、魔獣は森の奥にしか出ないから」
「この時期の魔獣は食料が不足していて人里に出てくることもあるからね」
「その時は、村神様が守ってくれるんじゃない。動かないけど」
「そうね。フフフ」
「ギギギギギギギー!!」
二人の不安を煽るようにフラグが回収された。
3
「ハア、ハア、ハア、ハア、来ないで! 来ないでよ! 」
エミリアがリーゼの前に立ち、枝を握り、魔猿を近づけないように振り回す。
「ギィギィ! 」
魔猿はニタッと嗤いながら爪を立てた。
エミリアの服はズタズタで既に何度も魔猿の爪牙によって皮膚も裂かれて血がでている
魔猿は先ほどから、エミリアをおもちゃのように存分にいたぶっている。
「エミリア、行きなさい! あなただけでも! 」
リーゼは眼が見えないながらも状況を理解していた。自分が足手まといになっている。魔猿は森の中では移動速度が速い魔獣である。リーゼの足では追いつかれてしまうだろう。だが、自分が囮になればエミリアの生存する確率は高い。今は、近くの町から騎士が村へ巡回に来ている時間である。
自分は助からないとしてもリーゼを逃がすことはできる。
「何を言ってるのよ!おねえちゃんを置いて行ける訳ないじゃない! 」
ブワッ
その刹那にリーゼから莫大な魔力が流れた。
その魔力量は辺りに風を巻き上げさせるほどであった。
「お……おねいちゃん? 」
「早く行きなさい! 」
光のない瞳でリーゼがエミリアを睨み恫喝した。
「うわぁぁぁぁっぁぁぁあぁぁっぁ! 」
エミリアは尋常ではないリーゼの魔力に当てられて混乱しながらその場から駆け出した。
シュウウ
風は吹き止み、リーゼがその場に跪いた。
生来、リーゼの潜在的な魔力量は現在の基準でも多かった。しかし、リーゼは戦闘職ではなく、ましてや、こんな名もない村には魔術を発現できるものなどいない。リーゼ魔力はあれど、使い方が分からないまま育ってきた。
「「ギィギィギィ」」」
不運なことに、逆にリーゼの魔力に当てられて近くにいた魔猿の集団がやって来た。
「良かった。これで、エミリアは助かるわ」
リーゼはニコリと笑った。
リーゼが御神体となったユーズレスの方を向く。
「村神様、村神様、妹を、エミリアを、今後もどうか、私に代わりエミリアを見守り下さい」
リーゼが祈るようにその光のない瞳を閉じた。
「ギィィィィ」
魔猿の爪牙がリーゼの背中を撫でるように襲う。
ズシャリ
魔猿の顔面に衝撃が襲う。動かなかった苔だらけの御神体から手が伸びていた。
「ギィィイィ! 」
魔猿達はいきなり動いた御神体に怯んだ。
『ビィー、ビィー、ビィー、膨大な魔力を感知、エマージェンシーが発動します。ビィー、ビィー、アップデートが完了しました。テンス、十番目の子ユーズレスは再起動します。アップデートにより、再起したためにテンスのメモリーはボンドとの戦闘後のものとなります。ビィー、ビィー、魔界大帝の加護をインストールしました。それにより、真なる悪魔クリムゾンレッドのメモリーは削除されました』
機械的なアナウンスが流れた。
「村……神様? 」
リーゼが震える声でいった。
『保護対象を確認、機械は人のために……ユフト師の四原則に従い、行動を開始します』
機械人形ユーズレス、その名には様々な意味がある。
役立たず、無能、使い物にならない、といった何かのために何にも役に立たないといった状態を指す。
機械の父であるユフト師はあるときにいった。
「平和な世界でその過剰な力が役に立たないように」
魔道機械人形ユーズレスはエメラルド色の瞳を点滅させた。
エピローグ 東の姫巫女 完
エミリアは今は、本編で王都いるマムです。
本編からは五百年以上前に再起動しました。