15 悪魔の願い
1
「あ……兄上……その」
クリッド震えている。ユーズレスに何をいっていいのか分からない。
(クリッド、ありがとうな。きっと、本機のために一生懸命プレゼントを考えてくれたんだろう)
「でも、その、私はまた余計なことを……いつも、いつも」
クリッドの影がゆっくりと萎んでいく。
(クリッド、本機は目覚めてからの十年間、ガードはいたけどずっと一人だった。正直、希望がなかった。なぜ、自分は生かされているのだろう……いや、機械だから稼働しているのだろう。機械は人の為に、それが原則だ。だが、周りには、世界には誰一人いなかった。存在意義を失った機械人形は哀れなもんだ。ずっと、自分が滑稽だったよ……オトウサンを恨んでいたと思考する)
『テンス……』
補助電脳ガードは当時のユーズレスの電気信号を記録している。だが、創造主であるユフト師を否定した機械はバグが発生してシャットダウンされる。ユーズレスはこの感情という疑似信号を表に出すことはなかった。
「……兄上にも、反抗期があったんのですね」
(本機の愛読している『青春アドベンチャー』曰く、反抗期がない子供はずっとガキらしい)
「でしたら、私たちは成熟した紳士ですね」
(一万年も生きてる山羊か羊だか分からん悪魔だがな)
「結構なダメージです。兄上」
クリッドの力が抜けた。
(楽しかったなクリッド)
「本当に楽しかったです」
ユーズレスの身体が光った。
『テンス、魔力残量が底を尽きます』
(今更だろう。ガード、このあとは、眠るだけだ)
ユーズレスの魔力がクリッドに流れる。
「兄上、これは……」
『ビィー、ビィー、クリッドが機械の加護を獲得しました。機械に対する理解が大幅に向上します』
補助電脳ガードがアナウンスした。
(お釣りだよ。クリッドの加護には及ばないけどな。魔界に行ったら、冷蔵庫とレンジにオーブンとか欲しいだろう。あと、ミキサーも、悪いけど自分で頑張ってくれ)
「これでは、私は何も恩返しができていません! 」
(本機とクリッドの関係は損得勘定じゃないだろう。俺たちは兄弟だ。なあ、ガード)
『盃を交わしたことは記録に残っています。機械人形がミルクを取り込むという、非合理的なことを行ったのは後にも先にもこの一回だけです。記録としては面白いですが……』
(なんかガードって、物言いが柔らかくなったよな)
「ああ、確かにシャチョウは、表現が豊かになりましたね。ふう、それでは甘えます。ですが、必ず、また、地上に戻ってきます。なので、私のことを覚えておいて下さい」
(機械はプログラムには逆らえない……お前が思い出させてくれるんだろう)
「……必ず」
クリッドが笑った。
『記録と記憶は似て非なるものです。知識と体験のように、非科学的ですがクリッドとの日々は確かにテンスの中に刻まれました』
(感情のない本機には難しいんじゃないか)
「はっはっはっはっは……いや、いや、何をおしゃいますか兄上……神話の時代が始まって以来のウルトラジョークですね! 」
(ジョークってなんだ?)
「私と兄上の会話は、言葉ではなく《心音》でやり取りをしています。これは、相手の心に繋がっているのです。つまりは、兄上はもうすでに、私と出会った時からココロをお持ちなのです。それが、電気信号かどうなど聞かれたら私も分かりませんが、それに、加護は基本的に生命に与えるものです。兄上は既に、神々には機械ではなく、いえ、機械生命体として世の摂理として認められているのです」
(本機に心がある? )
『これも、非科学的な現象です』
「ちなみに、シャチョウにもココロがありますよ。私の魔力感知には兄上とシャチョウのお二人が認知されていますから、他の人が感知したら混合した一体ですが、私には別々に判断できます」
(本機たちにココロがある?)
『ビィー、ビィー! データーに一致しません。過去全ての機械人形からはそのようなデーターはありません』
「でしたら、キカイノココロを持った初めての機械人形なのでしょう」
これには、ユーズレスと補助電脳ガードどちらも驚いた。
(ああ、そうか、だから本機はこんなにブラックボックスが痛みのだな)
『ビィー、ビィー、シャットダウンまで残り十秒』
補助電脳ガードから無常なアナウンスが流れる。
3
「兄上! シャチョウ! 楽しかった! 私は! 本当に幸せでした! 楽しかった! 悲しいこともあったけど! 本当に お二方が私を覚えていなくとも、私は忘れません! 幾千幾万の時が流れようとも! 姿かたちが変わっていようとも! 私は必ず、見つけます! そして、いっぱい話します! 嫌がったって! ウザイと言われても! 思い出させてみせせますから! 」
クリッドが必死にいった。
(安心だな……また、会おう……クリ……ド)
『ビィー、ビィー、シャットダウンします』
ユーズレスはエメラルド色の瞳を不規則に点滅させながら眠りについた。
4
クリッドは泣いた。クリッドはユーズレスから貰った名刺入れを開けた。
その名刺入れは小さいながら『四次元』になっていた。
そこには名刺の他に、株式会社ガチャの株式譲渡契約書が入っていた。これで、株式会社ガチャは株式会社でありながら100%の株をクリッドが保有することになる。
クリッドは気付いた。現時点で、この株式には価値はない。だが、ユーズレスと補助電脳ガードはこのように商会としての道理を通すことでクリッドに研修をさせていたのだ。
ユーズレスは動かない。
クリッドはまた泣いた。
クリッドはユーズレスの周りに木を植えた。
そして、自分の大切な『夢剣』と『絶剣』を突き立てた。剣から放たれる魔力は野良魔獣を遠ざけるので悪戯などはされないだろう。
クリッドは石碑を作った。そこには悪魔の言葉でこのように書かれていた。
「我は人形に育てられし、繁栄と再生を紡ぐ者、魔道の深淵たる魔道機械人形ユーズレスを兄とし、最愛の友であり、家族である」
クリッドは空を見上げた。
ヒュー
東からは心地よい風が吹いた。
クリッドは自身の受肉した影をユーズレスに返した。クリッド身体が砂になっていく。その砂は魔力を帯び生命の根源となって世界に降り注がれる。
ボッチで気の弱かった悪魔はそのまま闇の彼方へと消えていった。
温かい機械の加護と思い出を胸に抱いて……
次に機械人形が目覚めるのはいつになるのか、それは誰にも分からない。
数百年後か数千年後か、悪魔は願った。
いつか機械人形が目覚めたその時は、寂しくない世界でありますようにと願いを込めて……
月が深々と世界を照らす。その光は五十年ぶりに機械人形の影を作った。
月の光がユーズレスのエメラルド色の瞳を点滅させたような気がした。
機械と悪魔 最終章 完
エピソード二話位書きます。