14 魔界大帝の加護
1
「何かお礼をさせて下さい」
クリッドが借金を返済したいと言った。
(借金大王のクリッドが……)
二人は「無理しないでも大丈夫」といった。
「いえいえ、そんな大層なものではないのです。実は、真なる悪魔となり加護を与えることができるようになったのです。あらゆる状態異常を無効にしてくれる加護です。兄上には必要ないかもしれませんが、是非、最初の加護持ちになって頂きたいのです」
(凄いじゃないか、クリッド! )
『加護を与えることができるなんて、まるで神様みたいですね。加護持ち自体が稀ですからね。旧ヴァリラート帝国の神殿長が加護持ちを噂されていましたが、真偽は定かではなかった。テンス、これは、いままでの借金をすべて清算してお釣りを渡さなきゃいけませんね』
補助電脳ガードが驚愕しながらいう。
「そんな大層なものではございませんが、受け取って頂けますかユーズ兄上? 」
(勿論だ! 本機の愛読書である『大人買い同盟』から抜粋になるが、貰えるものは消しゴムのカスでも貰っとけと! )
『……』
補助電脳は《演算》で消しゴムのカスの使用を検索したが、『練り消し』以外に答えが出なかった。
「それでは、加護を受け取ってください」
クリッドがユーズレスの胸部に右手を当てた。
クリッドの影が大きくなった後にゆっくりと、右手に集約されていく。
「《生命置換》」
クリッドの集約した影がユーズレスの胸部にゆっくりと注入された。
『ビィー、ビィー、ビィー、テンスに新たなプログラムがインストールされます? 一時的にプロテクトを解除しますか? 』
「解除する」
ユーズレスがクリッドの加護を受け取った。
『ビィー、ビィー、テンスに新たなプログラムがインストールされました。魔界大帝の加護を獲得しました。ビィー、ビィー、加護の力が強過ぎます。容量を遥かに超えました。ビィー、ビィー、対抗策として、再起動を申請します。再起動後は、メモリーの一部をデリートする必要があります。五十年分の記録を削除する必要があります。記録を削除しますか?』
補助電脳ガードが機械的にアナウンスした。
2
「そんな?! いったい何が?」
クリッドが混乱している。
(ガード、状況は?)
『ビィー、ビィー、《演算》……クリッドの加護はどうやら、自身の眷属や悪魔にだけ与えられるもののようです。クリッドはテンスの影と魔力を媒介に肉体を形成してるので、親和性があるために、加護を受けることができましたが……インストールの際に、プログラムを書き直しましたが対処が困難です。再起動を、いや、シャットダウンが必要です』
「メェェェ! メェェェ! 」
クリッドは補助電脳ガードのアナウンスに非常に混乱している。いや、内容は分かっているがトラウマを引き起こしていた。ママであるアペンドのことが頭から甦る。
シャットダウンしてビックデーターに有線ケーブルで繋がれたアペンドのことを……
(魔界大帝の加護をアンインストールした場合はどうなる? いや、愚門だった。シャットダウンまで残り時間は? )
『……シャットダウンまでごまかしながら、時間を稼いで残り三分です』
本来ならば即座にシャットダウンであるが、補助電脳ガードが情報を統合・処理して時間を稼いでいる。焼石に水ではあるが、補助電脳ガードは限りなく頑張っている。
(そうか、ありがとうガード、時間を作ってくれて)
ユーズレスがエメラルド色の瞳を点滅させた。その点滅のリズムはいつものように一定ではなく、不揃いである。
「メェェェ! メェェェ! こんなはずじゃあ、こんな、なんで、こんなことに?」
クリッドは非常に混乱している。
(クリッド、大丈夫だ! クリッド)
「違うんです。兄上、シャチョウ、ああああ! こんなつもりは! こんなつもりは! 」
(聞くんだ! クリッド! 時間がない)
「ああああ! どうしてこんな? ああああああああ!」
クリッドにユーズレスの声は届かない。
パシン
クリッドの頬に衝撃が走った。
3
『……再起動を、いや、シャットダウンが必要です』
クリッドは混乱していた。かつてないほどに混乱していた。
この五十年間のお世話になったお礼に、ユーズレスと補助電脳ガードに何か恩返しをしたかっただけだった。
二人には数えきれないほどに、世話になった。
初めて、地上に受肉して、名前を貰った。
パンドラの迷宮を一緒に踏破した。
食事というものは、シルクハットに母から定期的に送られてくるパンとミルクしか知らなかった。初めて食べた干し芋は。それはそれは甘くて「ウンメェェェッェェ!」だった。薪を囲んでの、とろけたチーズにパンをのせたアツアツのパンは今でも覚えている。
チーズがミルクの原料と聞いたときは眼玉が飛び出るほど驚いた。
迷宮で戦ったときにもやはり《強奪》は暴走した。
でも、二人はクリッドを怖がらずに接してくれた。
二十階層では、運命的な出会いをした。『剣帝インヘリット』、生涯その剣筋を忘れることはないだろう。師と別れは初めて悲しいという感情を知った。
その時も二人は側に居てくれた。優しい言葉をかけてくれた。
冷え切ったからだが、心が、焚火のように芯からじんわりと温まっていった。
『馬帝フィールア』ではビビった。父である魔界大帝を負かした武神の馬にして神獣を前にして、恐怖した。
ユーズレスはクリッドを突き放した。でも、それがユーズレスの優しさだとは分かっていた。悪魔は生まれで強さが決まる。負ける戦いはしない。それは、別に不名誉なことではない。悪魔に『愛』という感情はない。自身の生存が最優先である。もちろん、『友情』も存在位しない。
だとしたらあの感情はなんだったのだろう。自身の不甲斐なさに、ユーズレスを見捨てた自分に腹が立った。
きっと自分はそのときに『喜怒哀楽』を理解したのだろう。
(苦しい……)
(吐きそうだ……)
(私は、やっぱり、生まれてくるんじゃなかった)
ユラリ
クリッドの背後で影が揺らめく。
《強奪》がかつてないほどに暴走しようとしている。練り上げられた感情のるつぼとなった真なる悪魔の魔力は、それこそ地上のすべてを飲み込みそうだ。
「メェェェッェェ! 」
パシン
クリッドの頬の衝撃とともに、ひんやりとした金属の感触がクリッドを抱きしめていた。