6 海
1
チャプ、チャプ
海岸ではシーランドとアノンが戯れている。
「まるで子供のようですね」
(実際には生まれたばかりだから赤ちゃんだけどな)
「皮肉なものですね。このような広く広大な海にいる生物は私が作った魔獣しかいないとは」
『悪魔としてはこの環境の方が動きやすいのではないですか?』
「まあ、魔界はもっと魔素に満ちていて魔力濃度も濃いでしょう。正直なところ、地上が綺麗になったら高位の悪魔は生存が難しいでしょうね」
(クリッドは何ともないのか? )
「私は今回、地上に受肉する際にはユーズ兄上の影と負の感情を頂きました。お気づきかは分かりませんがエネルギー総量としては、爆発していれば大陸が消し去られるほどでしたよ
『ビィー、ビィー《演算》シミュレーションの結果、はい、あのままだったら大陸が無くなってましたね』
(マジ? )
「それほどのエネルギーだからこそ、私も受肉することができたのですが」
『そういえば、クリッドって何しに地上に来たのですか? 』
(そういえば、そうだな)
「……そうでした。私は、元々、人間社会について学びに……いえ、本当のことを言いますね。薄々気付いていたと思うのですが、その私は元々、こちらの言語ではコミュ障というのでしょうか。悪魔の中では、異端として扱われていたのです」
(その性格からしてそうだそうけど)
『異端とは、我々は他の悪魔と会った時がないために比較しようがないのですが』
ユーズレスは地味に酷かった。
「兄上の発言はスルーするとして、実は私の母は女神なのです。父は魔界大帝で母が時の女神、私は半神ということになるのでしょうか。今更ですが、言ってませんでした?」
『お父上のことは聞きましたが、母君のほうは初めて知りました』
(クリッドってもしかしてかなり高貴な存在?)
「今更ですが、そんな私は悪魔社会では孤立しておりました。悪魔は通常は成体で生まれてくるのですが、私は何故か幼体からでした。悪魔には育てるとか、成長、という概念がないのです。極めつけは、私が幼少のときに感情に任せて《強奪》を暴走させてしまったことでしょうね。城一つと少なくない悪魔が闇に還りました。それからは、監獄のような離れで一万年近い時間を過ごしました。まあ、処分されなかったのは、私が曲りなりにも魔界大帝の息子だったからでしょうね。父上も扱いに困っていましたけど」
『確か、お父上は神格化されると?』
「十年前のことをよく覚えていらっしゃいますね。流石、シャチョウです」
(もっ……勿論、本機も覚えていたさ)
ユーズレスは少し焦った。
「ありがとうございます。まあ、それで次代の魔界大帝を決めるわけなのですが、序列でいけば、私の異母がなる予定です。正直いって、私は弟とも関係は希薄で、悪魔は元々がそうですが、多分、弟が新たな魔界大帝となったら私は消されるでしょうね」
『どことなく、人間社会の王家みたいなものですね』
「生かしておいても、なにも徳はないですからね。今回は父から次代の後継者を決めるために勉強のためにと地上に派遣されたのですが、まさか、五十年ほど居眠りしているうちに地上の文明が滅びているとは思いませんでした」
クリッドは「ハハハ」と笑っていた。
(そうか、クリッドはオトウサンに愛されていたんだな)
ユーズレスがエメラルド色の瞳を点滅させながらいった。
2
「私が……愛されていた? 兄上、いったい何故、そのような思考に至ったかは疑問ですが、悪魔に愛という感情はございません」
クリッドは苦い顔をした。
ピチャピチャ
その視線は、浅瀬で遊んでいるシーランドとアノンを見ながらもどこか遠くを見つめている。
(そうかな。そのクリッドの真っ赤な燕尾服はオトウサンのお下がりなんだろう)
「そうですね」
(ガードその燕尾服どう思う?)
『フィーリアとバゼロフといった神に近い存在の攻撃から、クリッドを守ったのです。控えめにいって神々のアーティファクトと名乗っていいでしょうね。それに、その燕尾服にはかなりの高位悪魔の血の誓いがかかっています。魔界の詳しいことは分かりませんが、かなりの貴重なものなのではないでしょうか』
(それに、その夢剣も普通の剣じゃないだろう。本機は正直、オトウサンと過ごした時間は短いし、感情については分からない。だけど、どうでもいい息子に貴重なものを渡すとは思えないんだよな)
「……」
クリッドが自分の燕尾服を改めて見た。真っ赤な燕尾服は何も答えない。
(今回の社会勉強か? 悪魔の事情は分からないけど、人間社会では古代語で逃げるが勝ちって言葉がある。クリッドのオトウサンは、悪魔社会ではクリッドに居場所を与えることができなかった。でも、もしかしたら、地上ならばクリッドを逃がしてくれたんじゃないかな)
『正直、育児放棄で人間社会に放置ですけどね』
「ハハハハ……一万年の悪魔に対して育児放棄も笑えますが」
(そのおかげで、本機は爆発せずに済んでオトウサンとお別れすることができた。パンドラの迷宮、フィールアとの戦闘、オール兄さんを眠らせたし、何よりこうやって誰かと話しができるのはきっとプログラムでいう……幸せなんだと思考する)
「……私もですよ。兄上やシャチョウに出会うまでは、一万年はボッチだったので、」
キャハハハハハハハハ
夢剣が笑った。
波が寄せては返す。
三人はしばし無言だった。
「兄上、シャチョウ、酷く俗な考えなのですが……」
(なんだ?)
『気になりますね』
「もし、もし、この地上を元の綺麗な人種が住めるような場所にできたら、私は一旦、魔界に帰ろうと思います」
(……弟さんと揉めるぞ)
「正直なところ、今更ですね。兄上から名前を貰った時点で、すでに悪魔としてより高い存在になりました。それに、神獣に比べればまったく怖くありません」
『後は気の持ちようですね』
「そうですね。この弱気な性格は、なので、何か自信が欲しいのですよ。そして、これは、なんでしょう。その私の目標、夢なのですかね」
(どんな夢だ)
「魔界を地上に負けないくらいの娯楽と美味いもので溢れさせるのですメェェェッェェ! 」
クリッドが吠えた。
(クリッドらしいな)
『本音のまんまですね』
三人は笑った。
浅瀬で水遊びをしていたアノンとシーランドも何故か楽しそうだった。
クリッドは『愛』についてはまだ理解していない。
だが、アペンドを失った時や剣帝との別れを考えるようにはなった。答えは分からない。クリッドはこれからも大いに悩むだろう。
ユーズレスも思考した。
本機はいったいいつまでクリッドと一緒にいれるのだろうかと。
ユーズレスのブラックボックスが少しだけ震えた。




