4 始めての生命
1
『迷宮のドロップ品にしましょう』
(うん! 賛成)
「異議なし」
三人は言葉にしなかったが、神々の領域を犯してしまったこと理解した。正直、所有していると良くないことが起こりそうなことだったので、迷宮のドロップ品として放出することにした。
三人は今後の計画を大雑把に決めた。
まず、当面の目標は人工迷宮を試験的に作成して、大気中の魔力濃度が低下するかの検証であった。その次に、魔力濃度が低下した地上で木々や作物を作成できるかである。問題は海であった。海中は陸よりも面積が多く、生物の循環を考慮したら空や陸を浄化しただけでは、焼石に水である。
『とりあえず、できることから行いましょう』
補助電脳ガードがいった。
(そうだな。ちなみに、迷宮主はどうするんだ?)
ユーズレスがクリッドに問う。迷宮自体は『ユフト師の研究成果』と『パンドラの迷宮』に使われた技術を流用することでシミュレーションから人工迷宮を作ることは可能と判断した。ただ、階層ごとの魔獣作成には迷宮自体の機構により地上の魔力粒子から、魔石を作成して魔獣に変化させることができる。
ただ、迷宮主だけは別だった。ある程度の魔獣は魔石の大きさでコントロールできたが、迷宮機構で作成できる魔石は旧ヴァリラート基準で第五級~第一級魔石までであった。第一級魔石も純度は高いが、作れたとしてもパンドラの迷宮四十九階層『二極鳥』レベルである。小規模迷宮であれば迷宮主としてもいいが、中規模、大規模迷宮では難易度が低すぎた。 これは、ユフト師ですら解決できずに、パンドラの迷宮では迷宮主を作ることはできなかった。そのために、苦肉の策で『鉄骨竜』をデクスの監視下の元、迷宮主としたのだ。
「それについては、ちょっと実験したいことがあるのです」
クリッドがどや顔でいった。
2
「《強奪》……《生命置換》」
クリッドが試しに大気中の魔力粒子を取り込んだ。クリッドの影から大きな漆黒の手が曇天の雲を飲み込む。麒麟バゼロフとの闘いを経て、《強奪》と《生命置換》の技量や魔力制御が大幅に向上した。五日間ひたすら、バゼロフの《雷撃》を《強奪》して魔力を変換し《生命置換》でユーズレスに譲渡したのだ。嫌でも習熟度が上がった。
「ぐううううううううう! おいでなさい! 」
漆黒の手から黒い直径一メートルの球体が出現した。
『オオオオオオオオオ! 生命の誕生を確認しました』
(すごいな! クリッド! 神様みたいだ! )
「照れるメェェェ! 」
クリッドは多少集中して生命を作ったが、これは理に反したことだった。神でもない悪魔が魔力を代用したとはいえ生命を誕生させてしまったのである。
通常であれば、ここで神々が世界の均衡を保とうと介入してくる。しかし、今の世界は正常でなかった。濃すぎる魔力粒子のせいで天界に地上の情報が入りづらく、使徒として送った『馬蹄フィールア』は、こともあろうか神代級魔法《生命賛歌》を使ってルールを破り、一角を斬られて幼体のポニーとなって天界に帰ってきた。お土産の『プレーンケーキ』は神々で取り合いになったが、余計に地上は混乱したのだ。
これにより、天界からの神々の干渉はさらに難航を極めた。
今や地上はある意味で無法地帯であり、普段であれば禁忌である事象だ。それをあっさりと行ってしまうクリッドも『真なる悪魔クリムゾンレッド』として既に亜神級の化け物である。地上でこそ無意識に力が制限されているが、魔界ではおそらく手が付けられないだろう。
フワフワ
『この球体動きませんね』
補助電脳ガードがいった。
(恥ずかしがりやさんなのかな? それより、これは魔獣なのか? )
「メェェェ! どうしたのでしょうか? まさか、失敗? 」
黒い球体は宙をただひたすらに浮いている。
『もしかたら、生命の誕生には核のような依り代が必要なのでしょうか? 』
「核ですか? 」
(魔獣も魔石使うしな)
『おそらくですが、この球体は魔力というか魔素の集まりですね。要するにプログラムされていない機械人形と一緒で何をしていいかも分からない?存在? 』
「自我がないということでしょうか? 」
(それは、育てなきゃいけないのかな)
『おそらくですが、学習は必要かと、今のままでは目的がなくただ生きているだけの魔素です』
(名前とかつけたらいいんじゃないか)
「私が名をつけてもよろしいのでしょうか?」
『創造主であるクリッドがつけるのが筋です』
フワフワ
黒い球体はただフワフワと宙に浮いていた。
「凄いメェェェ! 名をつけるくらいの悪魔になったメェェェ! では、うーん、アノン! お前は魔素生命体アノンだメェェェ! 」
こうして新たに『魔素生命体アノン』が仲間に加わった。




