閑話休題 命の選別
プロットのメモ帳失くしたので、外伝でやる予定だった話の出張です。
残酷な描写
キーワード、地震、津波ありますので飛ばして頂いても本編に影響はありません。
「ジョー、魔術の使えないお前に、私から魔法の言葉をかけてあげよう」
それが、ジョーの父であり大陸最高の医術士ハンチング・アズマヤ(ベルリン)の最後の魔法の言葉だった。
1
グルドニア王国歴460年頃 海王神祭典
ウェンリーゼ領地 津波、地震直後
ジョー青年十七歳
「父上、避難所に患者が溢れてる」
「ベンはどうした」
「領主様と一緒に調査に行ってる。海の竜王がどうとか」
「そうか…ジョー、そこにある赤、黄色、緑の紐を持てるだけ持ってこい、【救急セット】【心臓ショック装置】もだ」
「何に使うんですか、このような紐」
「一人の薬神だけでは皆は救えない、命の選別だ」
「命の選別…」
ジョー青年は喉を鳴らす。
「我が子よ…地獄を見ることになる」
避難所
「痛い、痛いよう」
「誰かー、誰か助けて下さい!」
「おかーさーん、えぇぇぇーん」
そこには、地震や津波により避難してきた人たちでごった返していた。ここに来れた人達はまだ、いい方だったのかもしれない。
「先生こっちです」
「いわれた通り、怪我人はこっちに集めときました」
左利きと、昔助けた商人(今は職なし)がいう。この未曾有の危機に、二人も余裕がないだろうに働き者だ。
「順番に列を作って貰え、人によっては暴動が起きかねん。いいか、絶対に我々だけは冷静にならなければいかん。何を言われようが常に【スマート】でいろ。これは命令だ!」
ハンチングが命令等という強い言葉を使うのはいつぶりだろうか。二人とジョー少年は目を丸くする。
「「りょ、了解いたしやした」」
何故だか二人は嬉しそうだ。この、大体何でも出来るハンチングが、こんなに自分達を頼ってくれたのはいつぶりだろうか。
「若先生、若先生、助けて下さい」
ジョー青年の裾を掴み、二十代位であろう女性が赤ん坊を抱えてジョーに話しかける。
「若先生、お願いいたします。《回復》をこの子にかけて下さい。さっきから全然熱が下がらないんです」
女性は必死に懇願する。
「すみません、その…私は魔術は使えないんです」
「そっ…そんな」
赤ん坊の母親は膝をつく。
「さっ、さっ、奥さん通常の診察なら順番に受けられます。どうぞこちらの列へ」
「あっ…ちょっと、お願いいたします、お願いいたします」
赤ん坊の母親はジョーに懇願するが、職なしに列に連れていかれる。職なしは、少々後味の悪い仕事をした。
ポン
ハンチングが息子の肩を叩く。
「一人の天才(回復使い)では万民は救えない。いつもいっているだろう。ジョー、お前にはお前に出来ることをしろ」
「はい、父上」
ジョー青年は、奥歯を噛み締める。
2
「はい、はい、押さないで、押さないで」
「はい、そこ割り込みよくないよ」
左利きと職なしは、今にも押し寄せ来そうな領民達をなだめる。普通であれば、重症具合に応じて順番に診ていくが、この人数をハンチングとジョー青年だけでは捌ききれない。
「この人は赤だ。まだ助かる見込みがある。執刀・開始・《回復》」
ハンチングの温かい光が傷口を癒していく。傷口の深部と出血を止めた後で、ハンチングは《回復》を中断する。
「ジョー、後は包帯を巻いてくれ。左利き、奥のベッドへなるべく清潔な場所へ移すんだ」
医術士ハンチング、今は【ライセンス】を剥奪させられて俗にいうヤブである。だが、この医術士はかつて王国一とも評判の〖教会〗が誇る若き回復魔術士だ。由緒正しき成り上がりのベルリン伯爵家だけあって、魔力保有量も高い。しかし、その魔力は有限であり無限ではない。
「この人は、緑だ。ジョー、傷口を綺麗にした後に消毒して包帯を」
「この人は、黄色だ。《治癒》と《麻痺》で骨折の痛みを和らげますので、ジョー添え木と杖の用意を」
「木なんてないよ」
「左利き、何でもいい杖の代わりと足に巻けそうな添え木になるようなものを」
ハンチングの指示は的確だ。だか、それが当の負傷者にとっては的確とも限らない。
「先生、最後まで治してくれないんですか」
「痛みはあるでしょうが、命に別状はありません。あなたよりも、重症な方はまだまだたくさんいます。御理解下さい」
雨がチラついてきた。天も泣いているのだろうか。神は残酷である。この雨は、冷えきった皆の心をさらに冷たくする。
「先生お願いします」
さっきの赤ん坊の母親の順番が回ってきた。ハンチングは、診察をする。
「………ジョー、黒だ。スミマセンが私の出来る範囲を越えています。最後のお時間を大事にして下さい」
地上に舞い降りた現代の薬神でも治せないものはあるようだ。ハンチングの心を現すかのように雨が強くなる。
「そんな、そんな、お願いいたします。お願いいたします。薬神様、貴方様に治せないものはないと聞きました。お願いいたします。お願いいたします」
「奥さん、私は神ではありません。ただの人なのです。私に出来ることはありません。後がつかえています」
赤ん坊の母親がジョー青年を見る。ジョー青年が何かに取り憑かれたようにハンチングに食ってかかる。
「父上、あんまりだ!あんまりだ」
ジョー青年がハンチングの胸ぐらを掴み、右手がハンチングの顔を襲いかかるが………
「………」
雨で気付かなかったが、ハンチングの顔は誰よりも赤く、目の回りは誰よりも雨に濡れていた。
「………私を殴る暇があったら、自分の出来ることを精一杯しろ、周りを見てみろ」
ジョー青年が周りを見渡す。次から次へと、避難者が押し寄せて、ドミノ倒しのようになっている。
「あー、いてぇ、いてぇ」
「あんたー、まだダメよ!逝かないでー」
「お母さーん、おにーちゃーん」
地獄絵図だ。昨日まで皆、普通に暮らしていたのに平和な日常だった。なのに、なんなんだこの光景は………
「もう一度いう、この方は黒だ。残念だか、お引き取り願おう。我々は常に【ハンサム】でなければいけない。医術を志すものが【スマート】を忘れたら万民を、そこにある助かる命も救えないんだ」
ジョー青年は、ハンチングを離す。
「わかった」
二十歳にも満たない青年にはキツイ仕事だ。だか、ここは戦場だ。泣き言はいえない。
「私が平民だから、だから、助けてくれないんですね、貴方たちお貴族様はいつも、いつも、いつも、うぁぁぁぁぁぁ」
赤ん坊の母親の手から、果物ナイフが鈍く光る。
「危ない父上」
果物ナイフは、戦場に来た青年に刺さる。
「なっ、ジョー」
ジョー青年は、少年時代に初陣を飾ったがその日の戦果として、左小指の一部を失った。奇しくも二度目の戦場でも雨が降っていた。
死神は、数年ぶりにこの若人の首に鎌を振り上げた。
今日も読んで頂きありがとうございます。
ちなみに犬は元気になりました。
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外伝もやってますのでお時間あればそちらも遊びに来て頂ければ幸いです。




