14 すべてはアートレイの望むままに
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「あっははははっはは! 」
マゼンタがその場の空気を壊した。
「何がおかしいか、サファイア卿? 」
ピーナッツがマゼンタを睨んだ。
「いえいえ、申し訳ございません。陛下が決めたことに意を唱えるなど臣下として、そのようなことはございません。これは、サファイア家での祝福の笑いでございます。どうか、誤解なきように。私も常々、機械の人権については興味がありましたので、ボンド王しかり、人種の世に大いに貢献したものには機械であろうと、評価されてこその強国グルドニア王国ですわ。それを、各国の皆々様がいらっしゃる中でのご英断! 六大公爵家の一門としても大いにハイケン卿の誕生を祝福致しますわ」
マゼンタはマゼンタだった。
「マゼンタ様、サファイア家の大いなる祝福、恐悦至極であることの一部の報告を終了致します」
「故人となられたボールマン様の喜んでおいででしょうね。あら、失礼いたしました。そちらの箱の中にいましたわねフフフ。騎士ハイケン卿に首を斬られてフフフフフフ。古代語でチョンパでしたっけフフフフ」
ピクッ
その刹那にアーモンドの周りの空気が一変した。
殺気こそ出ていない。いや、抑えているもののまるで怪物がものすごく不機嫌な錯覚を感じる。
「マゼンタ殿、この法廷の場で死者への冒涜は感心せんな」
マウがマゼンタに注意した。
「ああ、これは、これは、またまた失礼しました。どうも、昔から言葉足らずと言われるのです。決して、ボールマン様を卑下しているのではなく、むしろ讃えているのです。裁判長にラザア様、何卒、誤解されないように。それでは、話を戻しましょうか。ウェンリーゼ側はマナバーンがあったことは認めた。領主の管理問題で、責任者の首もある。貴族としてはまさに最善手、私もサファイア公爵家になにかありましたら、同じようなことができるか尊敬に値しますわ。あくまでも、値するですけどね。それで、まさかこれで終わりなんてことはないでしょうね。王都が被った被害は明白! 今後、このようなことがないように賠償なり何なりと、これでは、王都の貴族や民が枕を高くして眠れませんわ。まあ、私は低い枕の方が好みなので、全然よろしいのですけど。あくまで、皆さまがね」
「要は、賠償の問題を提起しているとの一部の推測を報告致します」
「私からは何も、それこそ誠意の問題、いえ、貴族の矜持とでもいうのでしょうかねフフフ。今回の件で少なからず、軍も財務でも用立てましたのでフフフ」
「マゼンタ殿、まずは賠償に関してはまだ判決は出ていない」
マウがマゼンタを制した。
「裁判長、マゼンタ様、勘違いしておられるかもしれませんが、ウェンリーゼとしては、賠償の意思があります。こちらは、王都の皆様と事を構えることがないことの一部の報告を終了致します。賠償に関しては、アーモンド様からお話して頂きたと存じます。裁判長、アーモンド様の発言の許可を申請します」
「許可しよう」
皆の視線がアーモンドに向いた。
2
ゴクリ
アーモンドは正直、腸が煮えくり返っていた。
アーモンドの隣ではラザアが震えていた。
正直、アーモンドは自分が今何を見せられているのか理解が及ばなかった。
海王神祭典でウェンリーゼを、ラザアを守るために散っていた騎士達、義父ボールマンの首が査問会に晒されている。
確かにその事態の打ち合わせはしてあった。ラザアも覚悟をしていた。だが、それはアーモンドには理解が及ばない。これは、一体何の茶番だ。喜劇か。まるで、死者を冒涜している。その一因に自分がいる。
最愛の妻は身重の体で、この精神を抉られるような凌辱に耐えている。
マゼンタが、オスマンが、ピーナッツが裁判長マウですら人語を話すだけの獣に見えた。
「これがグルドニア王国の貴族か……人の欲か」
アーモンドは悲しかった。
ブワッ
ゴゴゴゴゴゴゴ
「なんだ! 地震か! 」
「いや、この気配は? 竜?」
「馬鹿な? 竜などどこにも! うっ! 」
アーモンドから竜の気が漏れた。
「これが、聖なる騎士の……」
「馬鹿な! さきほどの決闘はお遊びだったとでも」
「あああ、アートレイの再来だ」
「いいゲコ、いいゲコ。おいしそうな負の感情だゲコ」
会場は大騒ぎだった。
「クルルルゥ」
ジュエルの肩にいるフェリーチェですらアーモンドを警戒した。
今のアーモンドからはかつてフェリーチェに深手を負わせた『賢き竜ライドレー』の気と海王神シーランドの気が混在していた。
皆は認識違いをしていた。聖なる騎士はグルドニア王国の騎士だと、だが正確には違った。ウェンリーゼのラザアの騎士であり、女神を守るためであれば時には厄災にも勝る暴竜にすらなる存在だということを……
グルドニア王国の八法にこのような言葉がある。
『すべてはアートレイの望むままに』
五百年経とうと変わらない絶対なる法である。
ギュッ
その刹那にアーモンドの手にラザアが触れた。
スッ
ラザアはその手を自分のお腹につけた。
ドクン、ドクン、ドクン
(温かい)
(ああ、そうか)
(この幸せを……壊すわけにはいかない)
アーモンドから怒気が消えた。
「お待たせしました。裁判長、賠償とは別に、王陛下に献上したものがございます」
「それは何かな? 」
ピーナッツが興味津々にいう。
「こちらでございます」
アーモンドが『四次元の指輪』から魔石を取りだした。
「なんだ。この魔石の純度に輝きは!」
「海王神シーランドよりドロップした『水の女神の涙』でございます」
潮の流れが変わろうとしていた。




