13 パインウインド
1
ザワザワ、ガヤガヤ
「確かにサファイア卿の言い分もわかるな」
「ピルスナーとしては、魔獣を討伐してもらっては頭が上がらないだろう」
「ラガー少尉は人身御供か可哀そうに」
「さっきほどの『映像』に胸を打たれましたけど所詮は政治ですかね」
先ほどまでウェンリーゼの流れだった会場の空気が変わった。
その一つにアーモンドの立場が関係した。アーモンドの籍はまだ王族であり、混合政体を掲げているグルドニア王国であれ、王族は公爵家よりも立場は上である。
マゼンタの巧みな言葉回しに、傍聴席ではウェンリーゼ側からのピルスナー領に対する圧力があるように感じられた。
「静粛に! マゼンタ殿のいうことも一理あるが、ラガー少尉の審議については証拠不十分で信憑性を欠く。機械人形ハイケンのいう、クリムゾンレッドの審議については一旦保留とする」
「分かりましたわ。裁判長、ウェンリーゼの圧力に屈したラガー少尉に寄り親としてもどうぞ、どうぞ、寛大なご処置をよろしくお願いいたしますわフフフ」
マゼンタがラガー少尉を庇うようにいった。
「その件は追って沙汰があるだろう。話は戻るが、状況だけ見れば海王神シーランドの介入があったにせよ、人工魔石製作炉のマナバーンは確かにあった。それについて、機械人形ハイケンは何か物申すことはあるか」
「はい。状況から考えて確かにマナバーンは起きてしまいました。しかし、皆さまもご存じの通り、国際法に則りますと厄災級による被害は災害の一種であると表記があることの一部の報告を終了致します」
「裁判長! 確かに厄災級は災害の一種です。しかし、ウェンリーゼ側は五十年前も含めて、海王神シーランドによる被害から学ぶものがあったはず。それなのに、今回このような王都に被害をもたらしました。これは、管理も含めてもはや人災であると、私は思います。それについて、ウェンリーゼ側は如何にお考えでしょうか?」
「その件につきましては冒頭でもあったように、マゼンタ様はどうしても我が領の責任問題を問いたいわけですねと一部の報告を終了致します」
「話が早くていいですわね。さすが、ボールマン様が作った最高傑作の機械人形さんですわフフフ」
「グルドニア王国での基準に当て嵌めれば、最高刑は斬首と推定致しますことの一部の報告を終了致します」
「あら、斬首なんて物騒な。そのような、血を流すようなことは誰も望んでおりませんわ。ですが、それに相当する責任の取り方があるでしょうね」
「取っております」
「はい? 」
「責任ならば既に、とっております。そして、いの一番に、国王陛下にその責を対価として献上しておりますことの一部の報告を終了致します」
「はあ? 一体なんのことかさっぱりですわ。失礼ですが、どこか壊れたのでしょうか」
「そうですね。既に壊れたのかもしれません。裁判長、王陛下にウェンリーゼ側から献上したものをここに提出したいと思います」
「王陛下の献上品を提出だと? 些か、陛下に対して無礼であるが、して、その献上品とはなんだ? 」
マウが眉をひそめた。
「ウェンリーゼの前当主にして、海王神祭典を未然に防げなかった罪人、ボールマン・ウェンリーゼの首でございますことの報告を終了致します」
「「「「!!!」」」」
会場の温度がこれ以上にないほどに冷ややかになった。
2
「ボールマン・ウェンリーゼの首は領主代行代理より、王陛下に確かに献上された。これが現物だ。魔導具で冷却してある」
宰相であるバーゲンがピーナッツに代わって魔導具に入った首を提出した。
ドン
魔導具は四角の箱であったが重々しい空気を放っていた。
神殿の教えでは、首を斬り落とされた罪人は肉体と魂が切り離されその罪は償われるとされている。ただし、それは肉体と首を同時に埋葬できた場合である。最も重いといわれることは、首を埋葬することはせずに氷漬けにすることで魂は天上へと行くことができずに現世に捕らわれたまま輪廻の輪に入ることができないといわれている。
これは、グルドニア王国でも歴代で数人しか行われていない最も残酷な処置であった。
「確認しよう。機械人形ハイケンよ。この行為が意味することは、領主代行代理も含めて分かっているのだろうな」
「勿論でございます。氷漬けとなった魂は未来永劫、神々の祝福は受けられずにただただ現世で眠るだけです。皆さまがいずれ行かれる遥かなる高みと言われた理想郷へは決して縁がないでしょうとの一部の報告を終了致します」
「そうか、了解した。それでは、顔を確認させてもらおう。私が直接確認する」
「裁判長! どうぞ、極悪人であるボールマン・ウェンリーゼの首を皆様にも見えるように、確認して頂きたくとの一部の報告を終了致します」
「本気か……? 」
「マゼンタ様やオスマン様を始めとした皆さまも、現物を見ることで大いにご納得いただけるかと思われます。これが、家門を背負った男の末路であることの一部の報告を終了致します」
ハイケンが赤色の瞳を点滅させた。
「よろしかな。ラザア殿」
「……ええ」
ラザアが静かに頷いた。
3
「うわあああああああぁぁぁ」
「ひぃぃぃぃ」
「なんとおぞましい」
「これが、罪人の首」
マウがボールマンの首を皆に見せた。
時間にして長かったのか短かったのか……
その首は冷凍保存されており、目こそ閉じていたが戦場をしらない傍聴席の紳士、淑女にはいささか刺激が強すぎた。
「ボールマン・ウェンリーゼの首、確かに確認した。皆もよろしいかな」
「……」
マゼンタも声が出なかった。
これが天才魔導技師として、ウェンリーゼを納め、人工魔石製作炉を作った栄華を極めた男の末路である。これはある意味ではウェンリーゼ側、いやボールマンの覚悟にして、ハイエナに対する警告に思えた。
『次はお前だよ』
まるで首だけになったボールマンから怒気に近い気が発せられた錯覚に陥る。
「今回、マナバーンを引き起こしたのは海王神シーランドでありますが、未然にそれを防げなかった責任としてボールマン・ウェンリーゼの首は私みずから介錯したことの一部の報告を終了致します」
「「「なっ!」」」
「機械人形ハイケンよ。そなたが、ボールマン殿の首を斬ったというのか? 」
「はい」
ハイケンが機械的に答えた。
「機械人形ハイケンよ。そなた、ボールマンを斬ったときになにか思うことはあるか? 」
ピーナッツが割り込んだ。この時あまりにも自然にピーナッツがハイケンにいった言葉に誰も何も言わなかった。
ピーナッツは機械人形ハイケンに「思うことはあるか?」と聞いたのである。
「王陛下よりのお言葉、勿体なきことにございますとの一部の報告を終了致します。しかし、私は機械人形、感情というものはなくあるのはメモリーからなる記憶からの経験則と膨大なデータによる電気信号のみです」
「そうか……」
「ただ」
「なんだ」
「ただ、あの時、私がグランドマスターの首を刎ねる瞬間にグランドマスターは私に、『さっさとやれポンコツ』といいました。ですが……」
ポタポタポタポタ
ハイケンは言葉を綴った。
「私には、『愛しているぞ。馬鹿息子』と確かに聞えたのです。どうやら、私はさきほどマゼンタ様がおっしゃたように壊れているようですとの全ての報告を終了致します」
「そうか。裁判長、時間を取ってすまなかったな。余は機械の瞳からオイルが流れるのを始めてみた。査問会とは関係ないが、ここに改めて機械人形ハイケンの人権を仮ではなく、グルドニア王国においてピーナッツ・グルドニアが、機械人形ハイケンの市民権を認めよう。余からは以上だ」
ピーナッツは忖度した。
機械人形ハイケンは、海王神祭典で壊れる前のハイケンのメモリーを移植しただけの別機体である。
機械人形は夢を見ない。
機械人形は感情を持たない。
機械人形は泣かない。
機械人形は『ユフト師の四原則』に従って人に尽くす存在である。
ハイケンの赤色の瞳から流れたオイルが何かは誰も説明ができない。
生命に魂というものがあるというならば、機械には何があるのだろうか?
ただ神々が一言こういった。
『ハイケンはキカイノココロを手に入れたと』




