1 決闘
1
査問会当日
闘技場
「どーしてこうなった」
アーモンドは目の前にいる聖戦騎団約百人を前にして混乱していた。
「それでは、これよりアーモンド殿下対聖戦騎団による一騎討ちを行う。ルールは何でもありで、生死も問わない。だが、騎士として恥ずべきことだけはしないように」
審判が訳の分からないことを言っている。
「いや、既に多勢に無勢なんだが」
「アーモンド様、圧倒的に勝って下さい! ただし、絶剣と《強奪》は使ってはダメです」
リーセルスがアーモンドに小声で言った。
「リーセルス、だいたい百人相手になぁ。」
「別の言い方をします。聖戦騎団百人とシーランド、もしくは、剣帝インヘリット様どちらがお強いでしょうか。勝つのは最低条件です。皆さまが期待しているのは勝ち方です。それ次第で、査問会でのラザア様に対する流れが変わります」
「流石、ご主人様です! 奥方のためにそこまでなさるとは」
リーセルスとラギサキが観客席に戻った。
「いや、だから、その」
「始め! 」
アーモンドの抗議は空しく空を切った。
2
査問会開始前にその事件が起こった。
バシッ
白い手袋がアーモンドの胸に当たった。
「聖なる騎士アーモンドに、アズール・エメラルド率いる聖戦騎団が決闘を申し込む! 」
「「「「はっ? 」」」」
部屋の空気が変わった。
いや、アーモンドを始めとした皆が混乱状態になった。
今回の査問会は、世界会議の時期に行われたために傍聴席には、各国の重鎮たちもいる。『巨帝ボンド』、『獣王』、『ゴーレム使い』『帝国の恐惶』『大賢者フォロー』等といった蒼々たる顔ぶれである。
「どうしましたか? 殿下? 各国の皆さまも海王神シーランドを倒した聖なる騎士様の実力を是非とも見たいでしょう」
「これ、これ、言ってやるな。アズールよ。聞くところによると、奮闘したのはあくまでウェンリーゼ騎士達、我が愚弟は気絶してだけで、虫の息だったシーランドに止めを刺しただけのようじゃないか」
アーモンドの兄であるピスタチオがニヤニヤしながらいう。
「ああそうでしたね。ピスタチオ様、それとも、海王神等と申しておりますが本当は、海蛇程度の小さな小さな魔獣かもしれませんね。東の方々は昔からことを大きくすることがお好きなようですから。おや、これは失礼しました」
アズールも釣られてニヤニヤと笑う。
「お前たち、ここは厳正なる法の場でいったい何をしているか! 」
マウが怒鳴った。
「はぁぁぁ、もうエメラルド家もおしまいだ。裁判長、陛下、このような皆々様がいらっしゃる中で、孫の無礼お許し下さい。かくなる上は、この老いぼれの首を刎ねて下さい」
エメラルド翁が非常に申し訳なさそうにいった。
「何をおっしゃいます。おじい様、そもそもが海王神シーランド? 五十年前の海王神祭典とやらの被災した方々にはお悔やみ申し上げますが、そんなかび臭い話を我々の代まで引っ張らないで頂きたいですね。結局は、伝説の剣士キーリライトニング? そんな大層な剣士様なら海蛇の一匹や二匹討伐できないなどと強さも誇張が過ぎませんか? 察するに、騎士団副団長程度でしょう」
マウの神経が逆撫でされた。
「アズールのいう通りだな。実際に、国の警報であるクリムゾンレッドが鳴らなかった。これについては、騎士団が参加していないのがおかしい。ウェンリーゼ側は、軍部の責と考えているが本当は事を大きくするためにわざと細工したのではないか」
「流石、ピスタチオ様です。大体にしておかしいと思っていたのです。厄災級の化け物を王族の最底辺と、年配のロートルに三獣士とかいう逃亡獣人で倒せるわけがありません。建国王アートレイ様の再来? たかだか、学生で討伐できる海蛇一匹の首を斬った位で、聖なる騎士を名乗るとは、アートレイ様もさぞ悲しんでいらっしゃるでしょう」
この時、アズールとピスタチオは気付いていなかったが会場は凍り付いたかのように静まり返っていた。
その静けさに、二人は自分たちの主張を聞き入っていると勘違いした。
「まったくだ。アズールの言うように、聖なる騎士を見に来た各国の皆さまには悪いが、そこら辺の学生でも倒せる海蛇討伐で変な勘違いをした愚弟に代わって兄である私ピスタチオが謝罪致します」
「ボールマン元帥も海軍トップでありながら、安易に前線に出て戦死とは……将たるものなんと情けない。いい歳をして先走った老人の熱に当てられるとは、ウェンリーゼの領地管理も危ういですな。ウェンリーゼ召使たちのせいでラザア様もさぞかしご迷惑だったでしょう。ですが、ご安心下さい。私たち、聖戦騎団が貴方様をかどわかした元凶を絶ちましょう。聖戦騎団は幸いにも優秀な人材が豊富です。人工魔石製作炉の件は気の毒でしたが、使えない東人材にもう困ることはありません。すべて、我ら聖戦騎団が見事に管理いたしましょう」
アズールとピスタチオは大変調子に乗っている。
「あああ、いっそのこと私が孫の息の根を! 」
エメラルド翁がこの世のものとは思えない形相でアズールに駆け寄った。
ちなに会場では、遠回しにディスられた『獣王』が今にも《獣化変化》しそうだった。さらには、『巨帝ボンド』ジャンクマントから何か物騒な斧を取り出そうとしているのを、レングとフェンズに止められていた。
リトナー国宰相『大賢者フォロー』に至っては、怖すぎて誰も顔を見ようとしなかった。ミクスメーレン共和国『人形使いフォート』は聖女ジュエルが崇拝している女神ラザアをけなされ、側近に「ワシの専用ゴーレムをすぐに持ってこい!」と言っている。
国内、他国の貴族たちは、野次馬根性で査問会に来た己を呪った。そして忘れていた。ここにいるトップ達は政治的な観点から普段は大人しくしているが、一皮剝くと竜すら恐れる化け物達だったことを……
「いや、気に入った。エメラルド翁よ、なかなかに気概のある孫だな。アズールといったな。それに、ピスタチオよ。確かに、各国の皆はアーモンドのことを気になっている。良いだろう。その決闘、このグルドニア国王が承認しよう」
ピーナッツが悪ガキの顔に戻った。
「陛下! しかし! 」
「マウ裁判長よ。そなたも言いたいことはあるだろうが、査問会は午後に回せばよい。いいな。これは王命だ」
ピーナッツがニヤニヤしながらマウに言う。
「……王命とあらば仕方がありませんな。しかし、一言申しますが、査問会の審議は王命すら法を犯すことに権限がございませんので、お忘れなく」
マウがピーナッツを睨んだ。
「だそうだ。アーモンドよ。どうする。受けるか」
「申し訳ございませんが」
アーモンドは決闘を断ろうとした。アーモンドは竜の気を放出してラザアと喧嘩をしてからまともに話をしていなかった。それと、兄であるピスタチオのいうことは間違っていない。実際にアーモンドは自分がシーランドを倒したとは思っていない。アーモンドがしたことは、絶剣を使って意識半ばでシーランドの首を刎ねただけである。
「かしこましりたわ。我が夫、アーモンドがその決闘承ります」
ラザアがアーモンドの声に被せてきた。
「なっ! ラザア何を、むぐ……」
リーセルスがアーモンドの口を紡いだ。
「これは、ラザア様よろしいのですか? 当のアーモンド殿下は、私たち聖戦騎団に恐れをなしているようですが」
アズールがいう。
「我が夫のことはともかく、ウェンリーゼの騎士達を愚弄する言葉は、同じ騎士として恥ずかしくないのですか。聖戦騎団? そのような訳の分からないお坊ちゃん達の部活動が学芸会でどこまでできるか見ものですわ」
アーモンドの意思とは関係なく決闘は決まった。
アーモンドは数日ぶりにラザアの顔をしっかりと見ることができた。
アーモンドはその時、本当は泣きそうになっているラザアの表情に気づいた。
ラザアの側に控えていたマロンは、この場にジュエルがいなくて本当に良かったと思った。
ドレスが間に合わなかったことは悔やまれるが、ジュエルがいなくて本当に良かった。
恐らく、ジュエルがこの場にいたら『フェリーチェ』によって王都は火の海となっていただろう。
なるべくスピーディーにいきます。




