26 グルドニア王国歴史450年 雄叫び
1
キーリの神速の一閃がフューネラルを襲う。
(殺った)
キーリの一閃がフューネラルの無防備な首に振り下ろされようとしていた。
その刹那にキーリの脳が警鐘を鳴らす。
キーリが背中に悪寒を感じた。
「ガウ! 」
目の前のフューネラルが消え、代わりに手下の魔熊がキーリの剣により屠られた。
「なっ! これは《交換》か……ぐっ! 」
キーリの後方からフューネラルによる爪牙が振り下ろされる。
キーリは体勢を反転させながら後ろに下がる。フューネラルの爪牙がキーリを掠った。
キーリは吹き飛ばされた。
キーリは自分で後ろに飛んで衝撃を逸らした。また、外套の代わりに装備していた『水皮のマント』の物理防御耐性によって軽微で済んだ。全長十メートルを超えるフューネラルの一撃は掠っただけでも人種程度であれば絶命は必至であろう。
「ガウウ」
フューネラルは再び《交換》によって手下と位置を入れ替えた。
キーリとはあえて距離を取るようだ。
「流石は、厄災と恐れられた熊さんですね。一筋縄ではいきませんか」
(《交換》か、なかなかに厄介だな)
《交換》は術者と対象を入れ替える魔術である。フューネラルは自身の軍団内では何処にいようが任意で対象と場所を入れ替えることができる。
「「ガガウ」」
初手をしくじったキーリに対してフューネラルの手下達は指揮が上がった。
四方からキーリに軍団の爪牙が襲い掛かる。
キーリは狭い隙間を利用しながら、爪牙を躱す。躱しながら、足元を斬り付け魔熊の体勢を崩す。
キーリが止めを刺そうとする。
「ガウ!」
するとキーリの目の前にいた体勢を崩した魔熊とは別個体が《交換》により入れ替わった。
キーリに爪牙が襲い掛かる。
「くっ!手下同士も《交換》ができるのか」
キーリは攻撃を中断して後退した。
キーリは集団戦も苦手ではない。キーリほどの技量があれば、動きながら相手の動きをある程度誘導することができる。いつもならば、そこに剣を置けばいいだけの話であった。しかし、《交換》によって別個体に入れ替わることで、キーリの攻撃のリズムが崩れた。集団戦においては、瞬時の判断力とそれを実行する瞬発力がなにより重要である。
「ふー、はー、ふー、はー」
キーリは動きながら呼吸を整える。
「《知覚》」
キーリが《知覚》を発現した。
キーリが感覚を研ぎ澄ませる。《知覚》は術者の感覚を研ぎ澄ませるだけの魔術で、魔術士の中では外れ魔術と言われている。だが、剣士であるキーリにとってはこれ以上にない凶悪な魔術となる。
フューネラルが代わる代わる《交換》によって手下の配置を変えてキーリを混乱させる。
スパン、スパン、スパン
キーリの動きが変わった。
研ぎ澄まされたキーリの感覚と《魔力感知》によって、キーリは大気中の魔力粒子の流れを読んだ。それにより、《交換》された魔熊の場所を先読みして剣を振るった。
キーリの動きに、魔熊達はついていくことができなかった。
先の戦いで、絶剣は悪魔の魔力を喰らい絶好調である。キーリはいま、力をセーブせずに全力で剣を振ることができた。
「ガウガウガウガウ」
フューネラルですら、キーリの動きを追うことができずに《交換》の精度も落ちていく。
キャハハハハハハハ
不気味な笑い声が魔獣達の耳に残った。
2
「あいつは、やはり化け物か」
デニッシュは身体を最低限休めながら、剣を杖代わりにして片膝をついていつでも動ける準備をしていた。
デニッシュはキーリの動きを追った。
幸いにも、魔熊はもはや死にぞこないのデニッシュに興味がなく。キーリに集中していた。
キーリが魔熊を斬る。
まるで、自分の庭でも散歩しているかのように華麗なステップを踏む。剣は流水の如く柔らかく、そこに少年のときはなかった力強さが加わった。
(凄いなあいつは)
(いったい、いつになったら私はキーリに追いつけるのだろうか)
今のデニッシュにできることは、キーリの動きを見逃さずに目に焼き付けておくことだった。
デニッシュは夢見る少年のようだった。
「ギィギィ」
その時に沈黙していたウーゴ迷宮の魔獣達が目覚め始めた。
純粋な生命体ではない迷宮の魔獣は、本能に従い魔力がある生物を襲う。
「こんなときに、ガリッ」
控えめにいって重症なデニッシュは未だに満足に動けない。
デニッシュは本日三度目の『体力回復飴』を噛み砕く。
『体力回復飴』は使用するごとに効果は薄れていく。三度目となると即効性は期待できない。
魔獣達がデニッシュに迫る。
「殿下! ちぃ」
キーリがデニッシュの元に駆け付けようとするが、フューネラルの指揮によって魔熊が邪魔をする。
「ウオオオオオォォォン!!」
ドドドドドドドドド
雄叫びと共に北から大群の足音が聞こえた。
「なんだ! また、魔獣大行進か、まさか、ウーゴの次はダイアン迷宮か! 」
足音はウーゴ迷宮とは別方向だが、ダイアン迷宮の方角だった。ダイアンは、人除けの結界がある忘れられた迷宮である。魔牛が出現する中規模迷宮だ。
今でも状況は悪いのにここにきて最悪をデニッシュは想定した。
「これは、魔牛いや、獣人か! 」
だが、戦闘に見えるのはガージャと同じ狼獣人である。
「ウォォッォォォ! 牙帝ガージャの誇りを汚すケダモノどもは皆殺しだ! 」
「「「ワォーン! 」」」
獣国軍二千が戦場に参戦した。




