22 グルドニア王国歴史450年 騎士マウ
1
北 ズーイ伯爵領国境
「獣どもはまだ、動きはないか」
ズーイ伯爵が鋭い眼光で国境沿いに陣取っている獣人約三千を見る。
今回、獣人達を率いているのは獣国では『十二帝』、グルドニアでいえば大将に値するであろう強者達だ。
『氷帝ヒノエ』、『炎帝ヒノト』、『水帝ゼオ』は獣王の子であり、獣国では三獣士として恐れられた強者である。
ズーイ軍はおおよそ二千の兵で国境のガルツ城で獣人達の動向に目を光らせていた。
「伝令、伝令」
兵士が慌てて伝令に来た。
「どうした慌ただしい」
「南より、獣人の別動隊らしき影が見られます数は、およそ五十」
「五十とはこちらも舐められたものだな。種族はなんだ」
「白猫と狼です」
「ほう、足に長けた連中だな。どう思う副官シュリ」
「はっ! 恐らくでありますが、種族からすると王族に属する親衛隊、それもかなり高位の者たちと思われます」
副官シュリがズーイ伯爵に進言する。
副官シュリは武では他の将校に及ばないが、戦場を俯瞰して見ることができる男である。武に秀でた力自慢の雪国では貴重な人材である。
「確か、牙帝ガージャの側近が白猫獣人だったな。お前と同じで、よく頭の回る奴だったな」
「誉め言葉として受け取っておきます」
「さてどうしたものか」
ズーイ伯爵が悩むように指を顎に置く。
「すみません、その、ご報告があります」
伝令が一瞬怯む。
「なんだ」
「はっ! その、おかしなことに白猫獣人の背に人が乗っているようなのです」
「人? なんだ。わが軍の捕虜か? 」
2
「みんなー! みんなー! 大変だよ! 戦争なんてしてる場合じゃないんだよ! 」
マウは叫んだ。
マウと白猫獣人ハク率いる獣人達は、ズーイ軍と獣人軍のちょうど中間付近で足を止めた。
マウは叫んだ。
ウーゴ迷宮で魔獣大行進が起きたこと。
魔獣たちを引き付けるためにデニシュ達がウーゴ砦で戦ってること。
聖女ジュエルの脱出のこと。
牙帝ガージャが単騎で援軍に行ったこと。
話し方は支離滅裂であったが、マウは力の限り叫んだ。
汗を流しながら、声を枯らしながら叫んだ。
ハクはその間に、獣国軍へことの詳細を伝えにいく。
「その話は本当か、お前の所属と身分を証明できるものはあるか」
マウが叫んでいる所に、馬に乗ってズーイ伯爵と親衛隊が寄ってきた。
早馬と親衛隊であれば、獣人から奇襲を受けても問題ないと判断したのだろう。
それに、この別動隊の獣人たちは手当をされていて中等度の負傷が見られた。
「……身分」
マウの身なりは正規兵のそれではない。
ボロボロの衣服に有り合わせの皮鎧であった。
妙に、盾と槍は高位装備である。こういう場合は、野盗や物乞いの類である可能性もある。
「おいらは、おいらは」
「見たところ、平民の村人か? しかも、敵軍である獣人と共に行動しているとはな。坊主、もしや、この獣たちに家族を人質にでも取られたか、薄汚い獣人のやりそうなことだ」
「人種風情が、貴様、我らを侮辱するか」
獣人たちが牙を見せる。
「ほう、やるか? 猫に犬っころが、先祖代々英霊たちが眠る地を土足で踏み入れおってからに、ちょうどいい、風上からくる獣臭さにもうんざりしていたところだ」
ズーイ伯爵が挑発する。
敵同士である互いの距離は遠い。
「ふん、これが、人種の本性だ。デニッシュや聖女のようなものばかりではないな。小賢しい田舎侍が」
これが本来の距離である。
「やめてよ! 本当に、今は、争ってる場合じゃないんだよ! 早くしないと、デニッシュ様が、みんなが、やられちゃうよ! 」
「だいたいだな。小僧、貴様も怪しいな。ウーゴ迷宮の魔獣大行進だと、あの迷宮は俺の腹心だったウーゴ男爵が管理していた迷宮で、戦争後も魔獣の間引きは抜かりなかったはずだ! そうだろう? ウーゴの小倅よ。いや、ウーゴ少尉だったな」
「はっ! 父が管理してからは長年に渡ってウーゴ迷宮での魔獣大行進等、聞いたことがありません。適宜、領内の兵士の訓練や冒険者に依頼して十全に管理しておりました。そこの少年がいうことは、にわかは信じがたいですね」
ウーゴ男爵の名代として親衛隊に加わっている息子のウーゴ少尉がいう。
「そんな! 魔獣はいっぱいいるんだよ! 早くしないと、ウーゴの村が、田畑が、あの砦を抜かれたら、田畑が荒らされて、国のみんなが余計に食べれなくなるって……デニッシュ様が、デニッシュ様がウーゴやズーイだけじゃない! 国の危機だって」
「ふー、何を吹き込まれたかは知らんが、平民の小僧が王子であるデニッシュ様の名を語るとは斬首でも飽き足らんぞ。家族もろともそれ相応の罰があると思え! 」
「坊主、いや、騎士マウよ。これが、薄汚い人種の本来の姿だ。同族が危機に瀕しているというのに、この態度だ。獣国では物乞いにすら劣る。もちろん、獣王ガルル様が統治する獣国には人種の国と違って物乞いなどおらんがな」
狼獣人がマウを庇いながらズーイ伯爵にいう。
「待って! みんな! あるよ! 身分を証明できるもの! これだよ! 」
「短剣! 小僧、やる気か! 」
ズーイ伯爵と親衛隊が身構える。
「違うよ! よく見てよ! デニッシュ様から預かったんだよ! 」
マウが懐よりデニシュから預かった王家の短剣を出す。
「待て、確かにこれは、王家の短剣だ! しかも、血がついている」
ズーイ伯爵が短剣をまじまじと見る。
ズーイ伯爵は貴族だけあって『血の誓い』の意味を知っていた。王家の短剣に王族の血がついている場合は、一時的ではあるが王陛下と同様の権限を持つ。つまりは、王命である。
ズーイ伯爵は思考した。本来であれば、短剣を目にした場合は王の御前と同じように臣下として控えなければならない。しかし、その短剣を持ってきたのが年端もゆかない平民の少年である。
ズーイ伯爵は状況が掴めないでいた。
「そなたが、騎士マウか! 」
「大きい兄者、お気をつけください」
「なんだ、まだ子供じゃんよ」
獣国軍から氷帝ヒノエ、炎帝ヒノト、水帝ゼオがやって来た。




