13 グルドニア王国歴史450年 デニッシュの騎士 壱
1
「《強奪》」
デニッシュは《強奪》を砦全体に発現した。
大きな漆黒の手は広範囲に《強奪》は敵味方全てを飲み込んだ。
「ギィィィ! ィィィ」
興奮して砦に突っ込んできた魔獣は足が止まり、壁をよじ登っていた魔獣は、魔力の大半を《強奪》により奪われて高所より落下した。落下の衝撃で前衛は少なからず負傷した。
魔力をデニッシュに奪われたことで、大半の魔獣が魔力欠乏症になり激しい頭痛により動けないでいる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ウーゴ男爵、しばし指揮を預ける、はぁ、はぁ、はぁ、《生命置換》」
デニッシュは《強奪》した魔力を《生命置換》で巡剣に喰わせた。
ウキャキャキャキャ、ウキャキャキャキャァッ
莫大な魔力を喰らった巡剣は大層ご機嫌である。
デニッシュは半分意識を失った。
ギリギリのところで、魔力回復力飴と体力回復飴を口に放り込む。
デニッシュは本来、戦闘において《強奪》を使わない。
『銀狼』では、魔術でジュエルがサポートし、ハンチングが魔力矢で援護していたために、デニッシュは前衛で剣を振るっていた。
《強奪》が必要なかったのだ。
デニッシュは普段発現しない《強奪》を長文詠唱で精神を集中させながら魔力を練った。
さらには、味方の魔力波形を感知して、対象を魔獣のみに絞ったために相当神経を使った。
また、魔力欠乏症になるギリギリのラインまで《強奪》の範囲を指定した。
これだけの大規模範囲魔法は本来、高位魔術師が数人で行うか、贄が必要である。
だが、デニッシュは自身の魔力量で強引に範囲を拡大した。
無理に範囲を拡大したために本来の《強奪》より威力は落ちた。
「ギタィアダィィ! 」
「ダウラァアバァ! 」
「ガウラァァウ! 」
だが、三百近い魔獣を一時的に沈黙させることができた。
デニッシュ自身も、《強奪》による奪った魔力は大きすぎたために巡剣に喰わせた。おそらく、そのまま多種多様魔獣の魔力を体内に押し留めていたら、魔力がるつぼのように行き場を失って、デニッシュ自身が破裂していただろう。
「はあ、はあ、ぐっ……クソッ…………」
デニッシュは沈黙した。
2
「構え! 」
ウーゴ男爵がデニッシュの代わりに指揮を取る。
城壁の上より四方に控えていた騎士たちが、下で沈黙している魔獣に向かって『二極鳥の槍』を向ける。
「放て! 出し惜しみはするな」
ウーゴ男爵が合図を送る。
「「「火炎の息吹!」」」
息吹の詠唱により槍の先端から炎が魔獣たちを襲う。その威力は中級魔術《火炎》に匹敵する。
『二極鳥の槍』
パンドラの迷宮四九階層の二極鳥の素材で造られた槍。
効果として炎の息吹か、氷の息吹を発現することができる。クールタイムは一日各一回。
「すげぇ! 」
「本当に炎が出た。あっちい! 」
「矛先をズラすな」
城壁からの放たれた炎は、動けない魔獣たちを焼き払っていった。
火力はジュエル達が撤退する道を作るために半数を西門に集中した。ジョルジの指揮のもと、撤退した。
西門にいた残りの魔獣は炎を恐れてかほとんど静観していた。
北側にいた獣人たちとマウは混乱に乗じて森へ入った。魔獣たちは森にまでは侵入してこなかった。
初手は魔獣約六百のうち前衛の魔猿、魔鹿、魔猪の約二百体を燃やした。
「ガルルルル」
「ガブアァァァ」
「ドルルルゥ」
しかし、後方には知性の高い迷宮深層の魔獣たちが控えていた。
3
「やった! 」
「オオオオオ! 」
「俺たちでもやれば出きるんだ! 」
騎士は興奮していた。
初手は見事にハマッた。そのせいか、恐怖心も薄れ、知らず知らずのうちに高揚している。
「おまえ達! 油断するな! 本番はこれからだ」
ウーゴ男爵が騎士達に激を飛ばす。
ウーゴ男爵の経験上、初手で予想以上の戦果を上げた場合が、普段の行動が取れずに浮き足だってしまうのだ。
ギイィィィ
それは、地獄の窯が開く音だったのだろう。西門が開いた。
「なっ!誰だ! 門を開けたやつは!」
ウーゴ男爵が非常事態に叫ぶ。
門からは、マウの次に若い一六歳のネスがデニッシュから下賜された槍と盾装備を嬉しそうに持ちながら城壁の外に出た。
「何やってんだ! ネス! 早く戻ってこい! 」
兄であるラドが叫ぶ。
「大丈夫だよ! 兄ちゃん、動けない魔獣がまだいっぱいいるんだ! 今のうちに一匹でも多く殺して、デニッシュ様の役に立つんだ! 」
ネスが意気揚々と《強奪》によって魔力欠乏症になった沈黙した魔獣たちに襲い掛かる。
ブス、ブス、ブス、ブス
辛うじて、火炎の息吹を逃れた前衛の魔獣の頭めがけてネスが槍を突き刺す。
「すげー! さすがデニッシュ様から貰った槍だ。硬い魔獣の頭にも簡単に刺さるよ」
「もういい! ネス、帰ってこい! 」
「すげー! すげー! ははっはははっは」
興奮状態のネスに兄であるラドの声は届かない。
「くそ! 」
ラドが階段から下に降りようとしたところを体格の良い古参のガイタが押さえつけるように止めた。
「はなせ! ガイタ! 」
「よく見ろ! もう間に合わない」
「何を! 」
ラドが見た光景は後方に控えていた第二陣の魔獣たちの押し寄せる波であった。
4
「なんだよ。全然、大したことねーじゃん。いままでビビッて損したぜ」
ネスが装備の性能に酔いしれる。
沈黙した魔獣たちは成すすべなくやられていった。
「もう、二十匹くらいやったぞ! 騎士ネスが魔獣をやっつけたぞ! いいぞ、いいぞ、もっと魔獣を殺して御貴族様の仲間入りだ! はっ、はっ、へっ」
ネスは全身魔獣の返り血に染まり興奮状態ゆえに、悪魔の足音に気づかかなかった。
ガブリ
戦場とは無常だ。大きな大きな口を開けた魔虎がネスの半身を嚙み千切った。
「グシャグシャ……ペッ」
魔虎が不味いとでもいうように肉塊を吐き出した。
「「ワォーン!」」
魔狼達が尻尾を振りながらその肉塊に群がる。
「いでぇ! ああああああああ!腕?、血っああああ! 」
錯乱したネスが槍を振り回すが魔獣の群れに囲まれていた。
「「ガフ! ガフ!」」
ニタニタと魔狼と魔虎が嗤う。
「にいちゃあぁぁぁぁぁぁぁん! 」
ネスは痛みに悶えながら兄の名を叫んだ。
ニタニタニタニタ
その絶望の叫びが魔獣達をより興奮させた。
魔獣たちはネスを弄ぶかのようにゆっくりとじっくりと血肉を味わった。
「ネスゥゥゥゥゥ!! 」
砦には虚しいラドの叫びが響き渡った。
騎士ネス脱落、ウーゴ砦残り十二人。
魔獣大行進残り約四百体。
ネスはお兄ちゃん想いのいい少年でした。
お兄ちゃんに憧れて軍人を目指していた背伸びしたがりな少年でした。




