12 グルドニア王国歴史450年 死神
1
ウーゴ砦は石造りの要塞ではある。
基本的に職人づくりの強固な造りとなっているが、高さは五メートル程度と外敵からの備えには不十分な造りである。
門は西と東にあり、北と南側は森林地帯となっていた。
砦とは名称ばかりで、実のところは前線へ補給するための備蓄庫の役割が主だった。
そのために籠城戦での備え付けの設備はほとんどなく。
防衛策としては、せいぜい、矢と長槍で這い上がってくる敵を頭上から押し返すくらいが関の山である。
デニッシュは皆の装備を見た。
正直なところ、防御力はほぼ皆無といったボロボロの皮鎧である。
デニッシュはバルドランドの皮鎧の四次元から『二極鳥の槍』と『二極鳥の盾』を下賜した。
皆は心躍った。
それもそのはずである。この『二極鳥の武具』は通常ではお目にかかれない迷宮品である。しかも、深層でしかドロップしない高位の装備である。
正直なところ、男爵の装備よりも数段上であった。
「殿下よろしいのでしょうか。このような高級な装備を我々平民に」
十二人で最年長のボアがデニッシュに聞く。
「お前たちは、私の騎士だ。何を遠慮する必要がある。それに、元々、四次元に死蔵していた迷宮品だ。使い捨てる気持ちで使え」
「使い捨て……流石、殿下」
実際に皆は装備がいいものとは分かったがその本当の価値は分からなかった。
二極鳥自体がもはや、絶滅危惧種なのだ。
ある迷宮でしか、出会うことができない魔獣である。
しかも、大型魔獣のなかでも火属性と氷属性のブレスを操る厄介な鳥なのであった。
その素材で造った装備であれば、現代にしての価値は男爵家、下手をしたら子爵家の財産をすべて投げ売ってでも手に入れることは叶わないだろう。
「ちなみにですが、この装備は殿下が」
「私も、初めてみた。このバルドランドの鎧の四次元は曖昧でも念じればそれに適したものが出てきたりするのだ。きっと、いっぱい入ってたんだろうな。皆の分があって良かった。お前たちの心意気と働きに比べれば安いものだ」
デニッシュは金も生る木には全く興味がないようだった。
「装備が馴染んだら、集合してくれ。皆に各々も働きがある」
デニッシュが皆を集めた。
釣られて獣人たちも集まった。
デニッシュは獣人たちに「もう帰っていいぞ」といった。
これにはガージャが激昂した。
デニッシュはめんどくさかったので「なら、ズーイ伯爵に援軍の要請にでも行って貰おうか」といった。
ガージャは鼻息が荒かったが、副官の白猫獣人ハクに諭されて落ち着いた。
デニッシュは「この森に詳しいものはいるかと」と聞いた。
マウが手を挙げた。
デニッシュはこれ幸いとマウを獣人たちと同行するようにいった。
マウは、拒否した。獣人たちと一緒もそうだが、一人で戦場から逃げるようで嫌だったのだ。
「マウよ。これをそなたに預けよう」
「これは、さっきの短剣」
「これを、もってズーイ伯爵に伝令に行ってくれ。そして、援軍を頼む。これは、ここにいる中では、おぬしにしか出来ないことだ」
「オイラだけに」
「そうだ。ウーゴの未来はおぬしに懸かっている。ガージャ、マウを頼んだぞ」
「ふん、ガキ一匹お安い御用だ」
「ガキじゃない。マウだよ」
「ハハッハ、悪かった。悪かった。クソガキ」
「「「はっはっはっはっは」」」
「マウに対してのお心遣いありがとうございます」
ウーゴ男爵がデニッシュにいう。
「成人したとはいえ、まだ子どもだ。付き合う必要はあるまい」
「……ですな」
二人と十人はしばし沈黙した。
デニッシュやウーゴ男爵は互いに何も言わなかった。
命をチップにしてウーゴを守って貰うデニッシュにも、結果的に付き合わせることになった皆にも。
それが互いに分かっていたからこそだろう。
騎士として心地好さを感じていた。
2
獣人たちとマウは、北に配置した。最前線のズーイと獣国との境界には北の森を抜けるのが一番早いからとのことだった。
西門にはジュエル達を含めた。およそ百五十人の撤退組が陣取った。
馬車に乗れたのが、けが人を含めて五十人程度である。ウーゴ男爵の親衛隊は徒歩で警備を任された。歩きの中には砦の非戦闘員もいたからである。
ジョルジはジュエルの側で馬車の中に、ハンチングは馬車の屋根で何時でも、矢を射れるように控えていた。
3
「カァ、カァ」
生ぬるいかった風が幾分、寒さを帯びてきた。
死臭を嗅ぎ付けたカラスが鳴く。
夕暮れが近い。
ドドドドドッ
ウーゴ砦めがけて、香が切れた魔獣の波が押し寄せようとしている。
「死神だな」
デニッシュは思考した。
デニッシュに恐怖は無かった。
むしろ、自身の無能を呪った。
決死隊の皆はデニッシュの背中を見ている。
デニッシュに熱い視線が注がれている。
皆は何も言わない。
ただただ、デニッシュの言葉を待っていた。
皆の目的はただ一つ、生き残ることではない。
如何にしてデニッシュを守ることができるか、自身の命を燃やしデニッシュの役に立てるか、
自身が惚れた漢に恥ずかしいところは見せられない。
デニッシュが振り返り皆を見る。
焚き付けたのは、自分だ。
誰が見ても勝ち目は薄い。
策など無い。
出来ることをやるだけ、士気だけは十分だ。
これから言う言葉は何を言おうが、臣下達に「死んでこい」と言っているようなものだ。
「ギィィィ、ギィィィ!」
「ガウガウ! 」
「グモォー! 」
魔獣達は近付いてきている。
殿下、何時いかなる時も呼吸ですよ
かつての側近であったキーリの言葉が頭を揺らした。
(キーリ! )
デニッシュが、後ろを振り返る。
そこにキーリの姿はいない。
その代わりにデニッシュを真っ直ぐな眼で見つめる、頼もしい男達がいる。
デニッシュは一呼吸取る。
「ウーゴ男爵、キャト、ガイタ、ビット、ラド、ネス、ヌーホ、シー、キンモ、バド、グード、ボア。いくぞ、私の騎士達よ! 」
「「「オオオオオ! ! 」」」
男達の熱に大気が震えた。
「ギィィィ! 」
魔獣達が砦の壁をよじ登ろうと躍起になっている。
「我は練る練る……」
デニッシュが地面に手を当てて、巨大な黒い影を作り出した。
「《強奪》」
パーティーが始まった。
やっと始まったよ




