8 グルドニア王国歴史450年 化かし愛
1
「旨い! 」
「なんだこの柔らかさと暴れ出る旨味は」
「聖女様が焼くだけでこんなに旨いのか」
「聖女様が焼いた肉を食えるなんて一生の思い出だ」
「生きてて良かった」
デニッシュはジュエルの《異空間》からダイアン迷宮三十九階層の『小金魔牛』の肉を皆に振る舞った。
素材型迷宮である、ダイアン迷宮産では最上位の肉である。
平時であれば一頭で金貨百枚は下らない。
平民では一生食べることなどないだろう。
「それとこの葡萄酒だ。水で薄めてない! 本物の葡萄酒だ! 」
「肉の旨味をさらに加速させるぞ」
「うんめぇ! うんめぇ! 冷たいエールなんて初めて飲んだ! 」
「皆! これは、聖女ジュエルが祈りを捧げた御神酒だ! ありがたく頂け! 遠慮するな! 無礼講だ! 」
デニッシュは大盤振る舞いした。
戦時下で、酒は基本的に厳禁であった。
葡萄酒も水を浄化するという意味合いで酒場限定で、販売が許されていたのだ。
ちなみに貴族に至ってはその限りではなかった。
四方を魔獣に囲まれた状態で、緊張状態であったが、皆はそれを忘れるほどに肉の宴を楽しんだ。
どさくさに紛れて何故か、獣人達も御相伴にあずかった。
「ジョルジ、ハンチング、ジュエル、お前達も一献飲め! 」
デニッシュがパーティーメンバーに酌をする。
「殿下、あまり騒がれては」
「ジュエル、固いことを言うな! 」
デニッシュがジュエルに「分かっているさ」という。
ジョルジとハンチングは口をなめる程度に、ジュエルが仕方ありませんと一杯だけ飲んだ。
「まったく、王族である殿下が率先してこのような場で、お酒とは聖職者として、未来の妻として、まったく、あやや、なんだか……眠く、あれ、あれ、そんな……殿下……まさか……私だけ」
「お休み……ジュエル」
デニッシュがジュエルに微笑みながらいった。
2
バラグリア迷宮主の『眠り蛙』の毒袋から、取れる毒は無味無臭であり、対象を眠らせることができる。眠り薬の一種である。
厄介なところは、いかに毒耐性が高いものであれど耐性を貫通して眠るという状態異常にかかってしまう。
普段であれば、貴族であるジュエルは口に入れる物には細心の注意を払っていた。
しかし、まさか、この状況下でデニッシュから眠り薬を盛られるとは思いもよらなかったのだろう。
この状況下でグルドニア王国において一番の損失は何か。
ウーゴ砦の陥落。
ウーゴ領の農作物の生産力の低下。
第二王子デニッシュの死。
それよりも、大きな損失。
守らなくてはならない最優先事項は、『聖女ジュエル』の生存であった。
ジュエルの価値、『聖女』としての知名度はもはや、他国、貴族、平民にも浸透している。
さらに、厄災級である神獣フェリーチェを使役している。
獣人国との戦争中、 隣国が攻めてこない理由の一つ、ジュエルの存在自体が抑止力となっている。
『 世界救済の象徴』『神々の声を聴きし者』『神獣フェリーチェを従えし聖女』
社会情勢として『聖女』を攻撃したとなればバツが悪い。さらには、どの国も空の王者であるフェリーチェを敵に回したくはないのである。
デニッシュは分かっていた。
自身の代わりはいくらでもいる。
しかし、ジュエルはグルドニア王国にとっても、大陸にとっても唯一無二の存在である。
この状況でジュエルにフェリーチェを召喚することも、考えなかった訳ではなかった。
だが、一つの可能性として厄災級のフェリーチェの魔力に当てられて、魔獣大行進が活発になる恐れがあった。
また、この紛争地帯でのフェリーチェの召喚は、如何なる理由があろうとも、戦争で神獣を使ったと捉えられる。
それは、国際社会からの格好の的となる。
グルドニア王国に付け入る隙をあたえ、隣国から更なる戦果を拡大する大義名分となる。
戦いは終わらない。
誰がためのきっと、下さらない夢想に巻き込まれた多くの命は浮かばれない。
ジュエルは祈り続けてきた。
ジュエルも大人だ。
理想と現実の区別がつく賢き女だ。
ジュエルは祈り続けてきた。
心を込めて祈り続けてきた。
壊れいく誰が一人一人のために。
もうたくさんだ。
3
デニッシュは自身一人を残して、皆に東側から退却するように指示した。
先まで、デニッシュの熱に踊らされていた兵士達は渋った。
当たり前だ。
ウーゴ男爵にこそ、あらかじめ耳打ちしていたが、先の全てが本当にパフォーマンスだったのだから。
いくら、ジュエルを騙すためとはいえ燃えたぎった熱は冷めない。
「皆には、私の一番愛するものを守ってくれないか……この通りだ。皆も自身が一番大切な者のために、騎士として騎士であれ」
デニッシュが深々と頭を下げた。
「ずるうございます」
兵士達は目に涙を貯めた。
もちろんジョルジとハンチングも抗議した。
「ジョルジ、お前は神殿の子飼いだろう。飼い主に忠実であれ」
「……いつから、お気づきに! ! 」
ジョルジは驚愕した。
「いくら腕が立つとはいえ、平民であるお前が第三騎士団長になるにはそれ相応の後ろ楯が必要だ。王家の影を舐めるなよ。それに、ジュエルの《回復》はお前に相性が良すぎる。よほど魔力波形が近いものでなければ、お前の回復力の高さは説明がつかん」
デニッシュには全てがバレていたようだ。
ジョルジは、ダイヤモンド公爵家当主が若かりし頃に、平民の女との間に作った貴族登録出来ない子であった。
「察するに、ジュエルも気付いてはいないだろう」
「……仰る通りです」
「ジュエルを頼むぞ……ジョルジ・ダイヤモンド」
「勿体無き、勿体無き、お言葉です」
ジョルジは生まれて初めて、ダイヤモンドと呼ばれた。
「殿下、私はダイヤモンド公爵家は関係ありません。ここで引いてはハンサムじゃありませんので」
ハンチングは聞きわけがなかった。
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