5 暴君
1
「騎士として騎士であれ。これは、このズーイ領に古来から伝わる言葉と聞く。そして騎士とは一体なんだか分かるか? 」
デニッシュが皆に問う。
「恐れながら殿下、騎士とは我らが国王陛下より正式に任命された騎士を指します」
ウーゴ男爵が答えた。
ウーゴ男爵がいうことは正しい。
グルドニア王国では、正式な騎士は貴族が通う学園を卒業し、国王陛下より任命されたものを騎士と呼ぶのだ。
そのために貴族しか任命はされない。
しかし、貴族の私兵である騎士は領主が命じた認定騎士といわれている。
そのために認定騎士は広義の意味では騎士であるが、正式な騎士ではない。
「ウーゴ男爵、そんな建前を聞いている訳ではない。誰か他にいないか」
デニッシュがウーゴ男爵の答えを一蹴した。
ウーゴ男爵は仰天した。
ザワザワザワ
広場にいる皆も戸惑っている。
この場にいるデニッシュ達に次ぐ上位者の後には、皆が答えずらかった。
「あっ、あのー」
一人の若い兵士が手を挙げた。
「そこのもの、何かあるか」
デニッシュと皆の視線が若い兵士に向けられる。
「その、おいらは、その、騎士様でも何でもない。ただの村人です。今回は、足の悪いおとうの代わりにきました。その、あのー」
「遠慮するな。思ったことを言ってみろ」
デニッシュなりに声のトーンを落として言う。
いつの間にか獣人達も、二人の会話に耳を傾けていた。
「はひぃ! へい、おいらは、その皆様のような、偉い方々のお話にはてんで頭がついていきません。ただ、その、騎士様は……カッコいいと思います」
若い兵士が精一杯の言葉で話す。
「「「! ! ! 」」」
皆が絶句した。
若い兵士は王族の前で何を当たり前のことを口走っているのかと……
ズーイ伯爵領ですらこの時代、平民が貴族に話しかけることはタブー中のタブーであった。
これがもし、王都であればその場で切り捨てられても文句は言えない。
その場にいたウーゴ男爵始め、男爵の親衛隊達は全身から汗が吹き出していた。
なぜなら、その領地での失態の責は領主ならびに家紋の責でもあるのだ。
「カッコいいか! そうか、なぜそう思う」
ウーゴ男爵達の心配をよそにデニッシュは何も気にしていなかった。
「はい、騎士様達はいつも、雨が降ろうが大雪の時でも、領地を回って、おいら達みたいな村人にも声をかけて、魔獣から田畑を守ってくれているんです。うちのオトウが怪我で動けない時は、畑を代わりに耕してくれました。おかげで、うちの弟や妹達は飢えずに冬を越すことが出来ました」
「そうか、他にはあるか」
「はっ、はい! それと、騎士様は、おいらが何度斧で木を倒そうとして出来なかったのを、騎士様は一人で直ぐに切っちゃうんです。すごいんです! とにかく、騎士様は凄いんです」
「そうか、凄いか。して、貴殿の名を聞いてなかったな」
「オイラ、マウっていいます! 」
「マウよ! いい名だな」
皆が驚愕した。
王子であるデニッシュが平民であるマウの名を口にしたのである。
常識から考えて、貴族でも商人の名前を呼ぶことさえ稀である。
ちなみにマウ本人は何も思っていない。
2
「話は代わるが、ジュエル、ハンチング、先ほどから聞き耳を立てている獣人達の手当てをしてやってはくれないか」
デニッシュが視線を獣人達に向ける。
「なんだと、貴様! 【敵に塩を送る】か。我々を愚弄するか誇り高きギの一族は、人種からの施しは受けん! 」
ガージャがデニッシュの提案を蹴った。
ウーゴ砦の皆も、デニッシュの命とはいえ、敵を治療するなど納得がいっていない様子である。
「敵に塩? 何故、敵に塩を送らなければならないんだ? そんな、塩を傷口にすりこんでも痛いだけではないか? それとも、獣国ではそのような文化があるのか? 」
残念だが、デニッシュは古代語が苦手である。
「「「……殿下……」」」
銀狼のパーティーメンバー、ジュエル、ハンチング、ジョルジは顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
「ふっ…ふははははは! 確かに貴様のいう通りだ! 塩は染みるな! なるほど、なるほど、貸しを作るということか。良いだろう。お前ら、獣王の息子を救った聖女の治療だ! ありがたく塩を頂くとしよう」
ガージャを含め皆は、デニッシュが場を治めるために上手く冗談をいったと勘違いしたようだ。
実際のところ、獣人達は強がっていたが皆満身創痍であった。
「ですが、殿下! そのような、敵に」
ウーゴ男爵が皆を代表してデニッシュに意見した。
「ウーゴ男爵、このズーイ伯爵領では有名な格言があったな」
「……騎士として騎士であれ。でございますか」
「そうだ。そして、マウよ! 先ほど、貴殿は騎士はカッコいいといったな」
「はい! 」
マウが元気良く答えた。
「私もそうだ。……あの、魔獣大行進の中で戦う獣人達を……不覚にも、カッコいいと思ってしまったのだ」
「「「! ! ! 」」」
グルドニア兵士や獣人達が面食らった。
「そして、勿体ないとな。そのような騎士を散らせるのが、王族としては失格だがな。私は、獣人達に『騎士として騎士であれ』騎士道をみてしまったのだ」
「……」
皆が静まり返った。
グルドニア兵士は自身に問いかけた。
そして、恥ずかしかった。
先ほどの魔獣大行進で自分達はどうだった?
泣き言ばかりを言っていた。
騎士として騎士であれ、とは口が裂けても言えない。
それに比べて、獣人達はどうだ。
血だらけで満身創痍の獣人達、彼らこそ確かに騎士であった。戦士であった。
敵である彼らは、デニッシュに騎士として認められたのだ。
それについて自分達は……なんと情けない姿を晒したのだろうか。
トクン、トクン
悔しい。
トクン、トクン
先まで、冷えきっていたグルドニア兵士の心に小さな火種がついた。
デニッシュがさらに言葉を綴った。
うーん、終わらないな。
もう少し若き日のデニッシュにお付き合い下さい。
ブックマークありがとうございました。
ブックマーク50になりました。
嬉しいです。




