15 エピローグ
遅くなり申し訳ありません。
1
「メエェェェェ! 」
クリッドは泣き止まなかった。
ユーズレスと補助電脳ガードが一生懸命あやしたが、自身の鳴き声が反響して聞き取れない。
クリッドは悔やんでいた。
何であんな自堕落な生活をしていたのだろう。
クリッドには、今まで遊ぶということをしてこなかった。
やることはただ、幽閉された場所で剣を振るうだけの毎日だった。
パンドラの迷宮攻略は楽しかったが、常に緊張が付きまとった。
剣帝やフィールアとの激戦は、クリッドを数段高みへ引き上げた。
そんな中での、秘密の部屋での管理者権限獲得である。
クリッドは、この世にある様々な嗜好品を好きなだけ食べた。
みんなでボードゲームや、スポーツ、終わればアペンドによるお風呂での毛繕い。
漫画やゲームもした。
なにもしなくても、全てが手に入った錯覚に陥った。
もうちょっとダラダラしていよう。
悪魔にとっての十年など瞬き程の時間だ。
しかし、アペンドには貴重な時間だった。
なぜに、『迷宮クエスト』ばかりやっていたのだろう。
ここ数年、お世話されてばかりでしっかりとアペンドの顔を見なかった。
返事も上の空で、「ありがとう」の一言でも言わなかった。
アペンドは、いつか虹が見たいと言っていた。
ああ、何で忘れていたんだろう。
アペンドは、クリッドに本当に善くしてくれた。
アペンドは、クリッドに何かを求めなかった。
そのアペンドが「虹が見たい」と言ったのだ。
たが、クリッドは自分の好きなことだけをやって過ごした。
アペンドの無償の愛に胡座をかいて……
目の前のアペンドはもう、シャットダウンしている。
研究所は、クリッドが自分で撒き散らした魔界の炎でボロボロである。
「メエェェェェ! メエェェェェ! 」
クリッドはもう訳が分からなかった。
ユーズレスと補助電脳ガードの声が聴こえるが、何を言っているのか分からない
この二人も、いつかは、いなくなる
こんなに苦しいなら……いなくなっちゃうなら
ずっと、一人のほうがいい
ユラリ
再び、クリッドが負の感情に支配されようとしている。
その刹那に部屋一面が明るい光に覆われた。
ギィギィギイ
クリッドは俯いたままで、涙で視界に入らなかったが機械の錆びた音が聴こえた。
ユーズレスと補助電脳ガードが驚愕している。
トン
クリッドの頭に金属の硬い感触が伝わる。それは、冷たさを感じたが、とても優しい感触であった。
「メエェ」
クリッドが頭を上げる。
自然と目からは涙が引けていた。
クリッドの目の前には、シャットダウンしたはずのアペンドがいた。
『……ありが……トウ』
アペンドはエメラルド色の瞳を点滅させながらゆっくりとシャットダウンした。
2
アペンドの時間は完全に止まったようだった。
アペンドが動くことはなかった。
クリッドは泣き止み、まるでアペンドを温めるかのように側で丸まっていた。
研究所は、入口付近が溶けてしまった。ビックデーターにも多少損害はあった。
食物生産ラインが止まってしまったため、冷凍庫にある食料が増えることはない。
ただし、クリッド一人なら数年は持つであろう量はある。
ユフト師の研究データーは無事だったのが唯一の救いである。
数日間、ユーズレスは研究所の片付けに追われた。
クリッドは泣きもしなかったが、アペンドの側を離れなかった。
ユーズレスは、冷凍庫からクリッドに食事を運んだ。
「ありがとう……ございます」
クリッドは食事は取った。クリッドは元気はなかったが、ユーズレスに対して感謝の言葉を口に出せるまでにはなった。
補助電脳ガードとしては、クリッドが散らかした片付けをユーズレスがしているのは、若干不本意だった。
ユーズレスが、『時間が必要だよ』と、補助電脳ガードを諭した。
一週間が過ぎた。
補助電脳ガードはユーズレスを介して研究所のビックデーターの整理をした。
また、プログラムの点検などやることは山ほどある。
研究所のユーズレスの背丈くらいはある大画面のモニターには、様々なデーターや記録が流れた。
中には娯楽として、アニメやドラマ、時代劇、映画等もあった。
だが、クリッドは一向に反応しなかった。
ユフトの成長記録も欠損がないか確認した。
機械の父であるユフト師の記録は今となっては貴重な記録である。
3
ビュン、ビュン
それは本当に偶然だったのだろう。
ユフト師の幼少は時の記録がモニターに流れていた。
ユーズレスにとっては貴重な記録であり、機械ビールを飲みながら映像をみていた。
ユフト師と弟のウェンが、剣術の稽古をしている。映像である。
ユフト師の実家は元々武家として名を馳せた伯爵家である。
しかし、子供とはいえお世辞にもユフト師には、剣の才能はなさそうである。
映像を見るに剣を振る度に、尻餅をつきそうになるほど剣に遊ばれている。
一方で、映像の中の弟であるウェンは綺麗な素振りを披露していた。
業を煮やしたのか、後ろで見ていたブロンドヘアの女性がユフト師に手本を見せようと剣を握った。
ブロンドヘアの女性が素振りをするために、虚空を斬る。
ヒュン
それは、映像越しでも本当に澄んだ風切り音だった。
素振りというよりも、その一閃は見えない何かを切り裂いたようだった。
ゾワリ
刹那にクリッドの全身の毛が逆立つ。
クリッドの脳が警鐘を鳴らす。
クリッドは本能的に、小さな二頭身の羊の姿から、元のサイズに戻った。
すかさず、シルクハットから夢剣と絶剣を取り出し戦闘態勢をとった。
クリッドは先の風切り音を聴いた刹那に、首を斬られたかと錯覚した。
クリッドがモニターに恐る恐る視線を向ける。
クリッドが見たモニターの映像の女性は、師である剣帝であった。
ブックマークありがとうございます。
だんだん、章終わります。




