8 狂った山羊
1
「ふぁー、よく寝たメエェェェェ」
クリッドが伸びをしながらいう。
「ああ、いつの間にかパジャマになってたみたいですね。ママが着替えさせてくれたのか」
クリッドの部屋の回りを見渡す。
そこには綺麗にクリーニングされたシワひとつないクリッドの服が用意されていた。
「うーん、遅いメェ」
クリッドは違和感を感じた。
クリッドはこの数年間、自分で着替えをしていない。
着替えはいつも、アペンドが手伝ってくれていたのだ。
さらに、寝起きにはモーニングカフェラテをアペンドが持ってきてくれる。
表面のラテアートは毎回違うが、クリッドのお気に入りは猫かリーフのアートだ。
「カフェラテ来ない……ママ、サボりだ」
クリッドはそれから三十分待ったがアペンドは来なかった。
2
お風呂場
「あっ! 冷たっ! 何でお湯が出ないメエェェェェ」
クリッドはシャワー水で覚醒した。
クリッドはいつまで経ってもアペンドが来ないので、着替えを一旦諦めて、風呂に入った。
いつもなら、寝起きの風呂には入らないがカフェラテが来なかったので半覚醒状態だったからだ。
「あああぁぁぁあ、冷たいぃぃ」
だが、いざ、シャワーの蛇口を捻ればお湯は出なかった。
「風邪引いちゃうメェ、毛がグチャグチャで気持ち悪いメェ」
クリッドは初めて自分でブラッシングをしてみたが、加減が分からずに毛が削げた。
クリッドは半泣きしながら何とか服を着た。
「お腹空いたメェ」
クリッドは冷凍庫から、冷凍ピザを取り出した。
解凍しようと、機械で温めたら何故か機械が炎上した。
「アチチチチチ」
クリッドの毛も少なからず燃えた。
クリッドはめげずにカップ麺を食べた。
湯の沸かし方が分からずにそのまま食べた。
「ボリボリボリ、不味いメェ」
クリッドのメンタルは既に削られている。
ゲーム廃人だったクリッドは、生活の全てをゲームに極振りしていたために、日常生活全てをアペンドに依存していた。
アペンドは言うまでもなく献身的であり、クリッドは秘密の部屋の管理者権限を持っているにも関わらず、ほとんど使い方を分からなかった。
さらには、日常生活を送ることさえ困難となっていた。
「何故だメェ、何故、新なる悪魔であるこのクリムゾンレッドがこんな仕打ちを、受けなきゃいけないメエェェ! 全部、全部、ぜーんぶ、ママが来ないのが悪いメエェェ! ママは一体何をやってるメエェェ! 」
クリッドがここにいないアペンドの文句ばかりいう。
ちなみにアペンドは一ミリも悪くない。
「まぁ、いいメェ! とりあえず、腹は多少膨れたメエェェ! ゲームのデーターを引き継ぎして、『迷宮クエスト弐』をやるメェ! 」
クリッドがゲーム機の電源を入れる。
「あれ、おかしい」
コンピューターは正常に作動している。
「……ない」
クリッドがダウンロード一覧を検索する。
しかし、検索にゲームソフトは出ない。
「えっ……あっ! いやいや、いやいやいや……」
クリッドは一瞬硬直したようになり、心臓が跳びはねそうなになるが、一気にジワリと全身の毛穴から汗が吹き出る。
「あー、こういう時……再起動、再起動」
クリッドはまだ現実を受け止められない。
プチン
クリッドは手元のコントローラーで、再起動を選択した。
その手は心なしが震えている。
「全く、やはり、機械はメンテナンスが必要ですね。昨日まではあったわけですから、無いわけが……えっ、ちょい、あら、あら……うん」
クリッドは検索するが、『迷宮クエスト』は見つからない。
それどころか、ダウンロードしてあるゲーム全てが見当たらなかった。
「ボリボリボリ、アチチチチチ、あれ、うーん、おかしい、ない……、はい、あれれれ、私の、僕、俺、迷宮、ゲーム……アッハッハッハ」
クリッドは機械の回りを掃除したりしたが、まるで意味がない。
クリッドは、思考が停止しした後にオーバヒートした。
クリッドの渇いた笑い声が部屋に木霊する。
「……なんで……」
クリッドの目が狂気を孕む。
「何処いったんだメエェェェェ! ! 」
クリッドが負の魔力を撒き散らしながら、叫んだ。
3
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ああぁぁぁぁ、誰だメェ! 誰だ、誰だ、誰だ誰だ誰だァァァァァァー! ! 」
クリッドは感情を制御出来なかった。
むしろ、この腹のそこから涌き出て脳味噌を支配する熱に抗う術がなかった。
一体この感情は、この熱さはなんだと理解不能であり、熱が身体を支配する。
それもそのはずである。
クリッドは生まれて初めて『怒り』と感情を体験しているのだ。
一万年近くをボッチだったクリッドには、他者に対する『劣等感』や『恐怖』はあれど『怒り』はなかった。
クリッドはパンドラの迷宮、二十階層での剣帝との戦いでは『悲しみ』を体験した。
自身の不甲斐なさも体験したが、涙により洗われた感情は、『悔しさ』であり『怒り』とは似て非なるものだった。
それゆえに今のクリッドは、感情のタガが外れた野生の猛獣に近い。
「クンクン、この、鉄の匂い、ママ? あのポンコツが! ブリキ野郎が……消した。データー、くせ、ああぁぁぁぁ、クソクソクソ! がァァァァァァァァァァァァ」
クリッドは、心に傷を負った不安定な獣となる。
自然と四足歩行となったクリッドは、いつの間にか本当の狂った山羊のように「メエェェ」と叫び続けた。
今日も読んで頂きありがとうございます。
アペンドとクリッドの挿し絵依頼中です。
近日中にアップできたらなぁ。




