7 ココロノカタマリ
1
十年目
「グウ……グウ……」
クリッドは寝ていた。
一週間、完徹だったので睡眠を必要としない悪魔も、流石に疲れたのだろう。
三年かけて、クリッドは難攻不落の迷宮を造った。
階層は二百階層にも渡り、十階層毎の主もクリッドが一からオーダーメイドでプログラミングした特殊個体である。
その迷宮は、攻略不可の大迷宮に認定された。その褒美として、主人公は、お姫様と結婚し次代の王となりめでたし、めでたしのハッピーエンドで終わった。
勿論、『迷宮クエスト』ゲームの中である。
それにより、一旦は飽きると思われたクリッドであったが、どうやらデーターを引き継ぐことができる『迷宮クエスト弐』が控えているようだった。
「一回、寝るメエェェェェー! 」
クリッドは何とも言えない達成感に包まれながら寝た。
2
『はぁー、まさか続きがあるとは参りました』
補助電脳ガードが困りましたといった。
(それだけじゃないぞ、ガード。タチが悪いことにこのゲーム伍まであるぞ)
ユーズレスがコンピュータを検索してダウンロードの概要を見ると、『迷宮クエスト』が五作並んで表示されている。
『単純計算で残り四作、一作品をクリアするのに十年間ですから……全てクリアするのに四十年ですか……』
(ガード、多分だが、こういったゲームはシリーズが後期になるにつれて、難易度も上がってるからその分、クリア時間もかかるかな……)
『……』
補助電脳ガードは言葉にならない。
パンドラの迷宮を踏破して、秘密の部屋に来てから十年が過ぎた。
クリッドは廃人という位に達し、ユーズレスと補助電脳ガードは見守っていた。
アペンドは変わらずにママポジションでクリッドのお世話には余念がない。
実をいうと、ユーズレスもクリッドがゲームをしているのを、見ているだけでも楽しかった。
ユフト師の手紙からも、「好きに稼働しろ」と書いてあった。
さらには、この十年で新たな目標というものが出来なかった。
時間は進んだが停滞している。
ギィ、ギィ、ギィ
アペンドが錆びたボディを無理やり動かしながら稼働している。
『……よく……ない』
アペンドはこの三年で、情報処理能力が一気に下がった。
アペンドはもう活動限界ギリギリである。
メモリーの空き容量はほとんどなく、ボディも錆びて限界であった。
だが、アペンドはクリッドに尽くした。
クリッドは、ゲームに夢中でアペンドの変化には気付かなかった。
ユーズレスと補助電脳ガードが、クリッドにアペンドの状態を知らせようとしたが、アペンドに強く止められた。
『……余計……な、コト』
後になってから、ユーズレスは思考した。この時、アペンドのブラックボックスはいったい何を考えていたのだろうと。
メンテナンスして、アップデートすれば高確率で今までのメモリーを失う。
稼働し続ければボディはもちろん、電脳やブラックボックスも寿命を迎える。
さらに、後者であれば二度と再起動出来ないかもしれない。
アペンドは怖くないのだろうか。
アペンドからは、恐れや不安は感じない。
アペンドからは、自身のことよりも今後のクリッドのことの将来に対する心配が伺える。
(……これが、慈愛……? )
無償の愛、損得勘定に左右されない。
何物にも代えがたい。
ユーズレスは、機械であるアペンドから、感情を学習した。
それは、かつて鉄骨竜であったオールや、夢の中の兄弟達がユーズレスにダウンロードしたモノに見えた。
プシュ
「お前ならきっと、キカイノココロを……聴くことが……でき……る……いつまでも」
一瞬、ユーズレスのメモリーからオールの言葉がフラッシュバックした。
『ユーズ……ガード、あり……とう』
アペンドがエメラルド色に瞳を点滅させながら、おもむろに、ユーズレスと補助電脳ガードにお礼をいった。
『アペンド』
(アペンド……どうした急に)
補助電脳ガードは、だいだいを察した。
『限界……チカイ、アペンド、クリ……ド、あまやカス、よく……なか……た』
『……』
(……)
『二人……にも、悪いこと……シタ、アペンド、割り……込んだ』
アペンドが、二人にクリッドとの関係に割り込んで申し訳なかったといった。
『……アペンド、……幸せ……だッア、二人の……おかげ』
『私もです』
(楽しかった。アペンド……怖くないのか)
ユーズレスがアペンドに聞いた。
『……役……立たない……キカイ……怖い、アペンド、満足』
アペンドには、表情がない。だが、アペンドはそれはそれは満足そうにユーズレスを見た。
【ユフト師の四原則】
第二条
機械人形は、人を傷つけてはならない。また、自分自身を守らなくてはならない。
ただし、「スクラップ」「ポンコツ」「ブリキ野郎」のキーワードが対象より発せられた場合はその限りではない。
アペンドの鎖はいつからか、解かれていたようだ。
この時、機械達は気付かなかったがアペンドは【ココロノカタマリ】をダウンロードした。
『いつか……ユーズ、ワカル』
ギィ、ギィ、ギィ、ギィ
アペンドがゆっくりと動く。
アペンドがケーブルをコンピューターに繋いだ。
『ビィー、ビィー、秘密の部屋の管理者……アペンドと認識します。管理者権限により、コンピューターのカスタマイズが可能です』
アナウンスが鳴り響く。
『……最後、クリ……ド……に、できること、削除』
『ビィー、ビィー、了解しました。秘密の部屋にある遊戯より、ゲームをデリートします』
アペンドが管理者権限を施行して、ゲームソフトのダウンロードを削除していく。
『……』
(……)
ユーズレスと補助電脳ガードは、アペンドの勇姿をいつまでも見守っていた。
ギィ、ギィ、ギィ、ギィ
錆びた機械の音が合いの手のように鳴り響いていた。
ただ、ゲームデーター、削除しただけなんですが、子供にとっては死活問題ですよね。




