4 悪魔の誓い
1
「また負けたメエェェェェ! 」
(アペンド強い! )
『……ま……ね』
クリッドとユーズレスが唸り、アペンドが外部メモリーを外しながらドヤる。
「くっ! それにしても、このトランプという札はスゴいですね! 無限の遊び方がある」
ユーズレス達がパンドラの迷宮にやって来て三日が過ぎた。
ユーズレスは地下五階にある研究室に、チルドデスクをつれていった。
ケーブルにチルドデスクを繋いで、自動修復プログラムを起動させた。
いつ再起動するかは分からなかった。
残念ながらクリッドは、研究室には入れなかった。どうやら機械人形のマスターではないと入室制限があるようだ。
初日目はクリッドがアペンドから冷凍食品をパスタに、焼きそば、ラーメンと麺を味わった。
最初はニョロニョロとした長い麺に苦戦していたクリッドであったが、見事なフォーク捌きを会得した。
ちなみにメロンクリームソーダは三杯おかわりした。
「ですが、こんなにダラダラ遊んでいていいのでしょうか。まぁ、楽しいのですが」
クリッドがちょっと遠慮している。
クリッドの感覚からいえば、地上に来てからの冒険はかなりデンジャラスなものだった。
そこから来て、好きなものを食べながらダラダラ遊んでいるこの時間は、他人の家に来てただだらけているだけに感じた。
また、やっかいなことに正直楽しいこともあってクリッドは、後ろめたさもありつつこの状況を楽しんでいた。
『それですが、正直現状で我々は何をしていいのか分からないのです』
補助電脳ガードがいう。
(オトウサンを探す旅は一旦終ったし、地上は魔力が薄れるまで三千年~五千年かかる...…クリッドは人間社会のイロハを学びたい。まずは、先ず迷宮攻略の疲れを癒しながら、レクリエーションをいれつつ人間とはなんたるかを勉強するのがいいじゃないか)
ユーズレスはクリッドにエメラルド色の瞳を優しく点滅させる。
ユーズレスと補助電脳ガードはクリッドに楽しんで欲しかった。秘密の部屋に機械以外の生命体が来たことが始めてであった。さらに、攻略不可といわれたパンドラの迷宮を攻略できたのは、クリッドがいなければ難しかっただろう。
そのせいもあってか、クリッドを甘やかしていたい。
ユフト師自慢の秘密の部屋を満喫しているクリッドを見ていると、ユフト師が残した遺産を褒めてくれているようでユーズレス達は嬉しかった。
『……アペンド……も、た……しい。クリ……ド、風呂沸いた、ハイル』
アペンドはユフト師がいなくなってから、お世話する対象がいなくて寂しかった。
今のアペンドはイキイキしている。
そのアペンドの奉仕ぶりは、多少過剰であるがユーズレスと補助電脳ガードもアペンドの行動原理を理解しているため何も言わない。
「お風呂? 水浴びですか? 」
『アペンド、ブ……ラシもする』
「ブラシ……?」
2
「はああぁぁぁぁ、思考なる時間だったメェ。こんな世界があるなんて知らなかったメェ」
クリッドは風呂に入りとても満足している。
風呂場は、大浴場で天井から壁にかけては、スクリーン機能でまるで露天風呂のように、『世界の景色百景』を堪能できる。
さらには、アペンドの外部メモリーからトリマーを選択し、クリッド対して至高のブラシ技術を披露した。
アペンドのブラシ捌きもさることながら、部位によってブラシを使い分け、クリッドの手が届かなかった痒い場所までピンポイントにブラッシングをした。
まさに、職人芸である。
『クリッド、かなり毛並みが良くなりましたね』
(そのバスローブも似合っているぞ。王様みたいだ)
二人がクリッドを持ち上げる。
「いやー、照れるメエェェ」
クリッドもまんざらでもないようだ。
『クリ……ド、これ、ノむ』
「これは、ミルクですか? 」
クリッドがアペンドからミルクをもらう。
クリッドは少しだけ拍子抜けした。
悪魔は基本的に魔力をエサとしているために、飲食の必要性はない。
しかし、母である時の女神からは定期的にシルクハットにパンとミルクが届いていた。
そのために、ミルクに慣れていたクリッドは別に珍しくもなかったのだ。
「ミルクは飲み慣れてますが、せっかくですから頂きますか。あっ、表面が冷たいですね」
クリッドがミルクの入ったビンを片手に、ゴクゴクとミルクを飲み込んだ。
『『(ニヤリ)』』
機械達が笑った気がした。
「うっっっーんメエェェェェ! なんですかこれは、キンキンに冷えたミルクは、身体がミルクを吸収! ああ、細胞がミルクを求めています」
クリッドが風呂上がりのミルクの魔力に取り憑かれたようだようだ。
『……コーヒーミル……く、フルーツ……味もアル』
アペンドが珈琲ミルクとフルーツミルクもクリッドに差し出す。
「なんだめぇ! この泥水みたいなミルクと、肌色の飲みモノは、ゴクコクゴクコク! 甘ウメェェェェェ! ほのかな苦味が甘さを引き立てて、ゴクコクゴクコク! ウンメェェェェェ! ミルクに数種類の甘味が! 参ったメエェェェェ」
クリッドは、珈琲ミルクとフルーツミルクを気に入ったようだ。
そのあとは、ボードゲームで皆で遊んだ。
ボードゲームは、悪魔遊戯と通ずるところもあったようでクリッドが圧勝した。
「メエェェェェ! みんな弱いメエェェェェ! あっ! アペンドさん、メロンクリームソーダとこのホットケーキなるもの下さい」
『……り……上に、氷菓……のせ……れる』
「マシマシでお願いします」
クリッドは大層上機嫌だった。
3
「はああぁぁぁぁ、アツアツのホットケーキに冷たい氷菓、相反する二つがまざりあって背徳だメエェェェェ! 」
『クリッドが満足そうで良かったです』
(こんなに喜んで貰えると機械冥利に尽きるな、アペンド)
『……』
アペンドはエメラルド色の瞳を点滅させた。
アペンドは嬉しそうである。
「何か、アペンドさんにお礼をしたいメエェェェェ! 何かありませんか」
『……特に……ない』
アペンドは初期の機械人形であり、電脳もユーズレスシリーズのように学習タイプではなく、完結型である。そのために、人間の脳でいう報酬系の概念はほぼない。
『アペンドせっかくですから』
(クリッドも貰ってばっかりいるから何かしたいんだろう)
ユーズレスと補助電脳ガードがアペンドに遠慮するなといった。
『……アペンド、虹……見て……みたい』
「ニジ? 」
クリッドは虹が分からないようだ。
『虹、ユー坊……とみた...…ユー坊、わら……てた』
(クリッド、虹はな本機も見たことがないが、雨上がりに条件が揃えばできる七色の橋があるんだ)
ユーズレスがファンタジーを語る。
「分かったメエェェェェ! 私が! 真なる悪魔クリムゾンレッドの名に懸けて、アペンドさんのために虹なる橋を見せて差し上げます! ゴクゴクゴクゴク! コーヒーミルク、ウンメェェェェェ!」
クリッドは珈琲ミルクに誓いを立てた。
クリッドはそのまま寝た。
始めてのお風呂とブラッシングがよほど気持ち良かったのだろう。
ユーズレスが地下二階の客室へクリッドを運んだ。
『……あり……がと……クリ……ド』
アペンドがクリッドに毛布をかけながらアナウンスした。
アペンドは機械と約束を交わした悪魔を珍しいと思考しながらも嬉しかった。




