閑話 獣たちのステップ
閑話もそろそろ終わりにしようかと、二話位で終わらせたいですね。
キーワード、〖臓物〗等若干残酷な描写あります。魔獣の表現で作風的にR15かもしれません。
苦手な方は飛ばして頂ければと思います。
内容バトルパート大丈夫かなぁ
原案者のヴァリラート様より、猿王の鎌のイラスト頂きました。話の途中に挿し絵としてあります。
1
猿王の舞
「あぁ、もうおしまいだ」
絶望の臭いがする。
猫の獣人達は、意気消沈している。
二つ名持ちの体長【二メートル】はあるであろう、表情のないこの猿の大型魔獣は古来より〖森の主〗、〖美しい血の雨〗、〖舞踊る四本腕〗、準厄災級として獣人達の畏怖の存在であった。その厄災、猿王レイアートを魔笛により目覚めさせてしまったのだ。
しかも、この猫の郷でだ。
猿王は、獣人に干渉してこない。しかし、十数年前に獣人連合団と冒険者協会での討伐依頼があった。
五十人を越える大規模な討伐依頼であったが、三日、四日と依頼達成期間を過ぎても誰一人帰還しなかった。鼻がきく探索隊を編成して調査したところ、五十人皆が首だけが取られて逆さに吊るされて発見された。
その森の中だけ、赤い血の雨が降った。その大地はいまだに草木が育たない。
その様子を、木の上にいた猿王は探索隊の恐怖した顔を見て、そっと首を横に傾げて…笑ったのだろう。
表情のない仮面のような顔で、カタカタと首を傾げた。そして、逆立ちになりまた首を傾げてカタカタと笑うように、踊るように森の奥へと去っていった。
顔のない猿王を笑わせてはならない。
それがこの猫の郷であり、百牙獣国の【共通語】であった。
2
(おかしいな、なんだこの獲物は)
猿王は、両の手の鎌を降るいながら思う。
首が刈れない
いつもなら、一振で二つの首を刈ることの出来る猿王の鎌をこの獲物は避けるのだ。
この我の雄叫びを聞き恐れおののき、脚を手のように器用に使った指さばきで、獲物の注意を逸らした後に、首を刈る。
猿王が幾度となく行ってきた遊びである。
シュパッ
鎌を持つ腕を、獲物の深紅の刃が襲う。
猿王は、両の腕を脚のようにして後方に跳躍する。
(おかしい、この赤目の獲物は)
(我を獲物だと思っている)
獲物の赤目が光る。
(懐かしい〖銀の髪〗、今宵は楽しめそうだ)
猿王と獲物は踊り舞う。
命のやり取りを楽しむかのように踊る。
3
パカラ、パカラ、パカラ
猫の郷の辺境伯邸に近付くにつれて、むせるような血と糞尿の臭いが鼻をくすぐる。
「なっ…これはどういうことだ。ワシの可愛い甥っ子はどこだ」
ズーイ伯爵は、辺り一面に腰を抜かしている猫の獣人達を見て戸惑う。
猫獣人の中には、尿をもようしてガクガクと震えている猫もいる。
「アーモンド様はどちらに」
満身創痍のリーセルスは、赤服のサンタに支えられながら馬上から猫達に問う。
〖一騎当千の虎〗魔獣にすら引けを取らない、猫虎獣人の戦士達が戦意を喪失し、重傷者も出ている。隣領地であってズーイ伯爵は、戦士達の強さをよく知っている。今までもしてやられたものだ。
今回は急を用した援軍であり、速さをウリにした近衛と騎馬隊に従卒合わせて約三百の部隊である。しかし今回は、戦争に来たわけでなく族長を解放してからの話し合いが主な予定と考えていた。
カクカクカクカクカクカク
森の奥から音が聞こえる気がする。
その場の全員の背筋がざわつく。
「俺が案内しよう」
今回の出来事の主犯である、白猫獣人で族長の息子であるラギサキがリーセルスに答える。
「さぁ、行こう。ご主人様のもとへ」
「ご主人…さま?」
リーセルスは、サンタとズーイ伯爵と顔を合わせ、首をカクッと傾けた。
4
進めば進むほど、闇と血の臭いが濃くなっていく。
「なっ…………」
一同は固唾を飲む。
「ギイイイイィィィィィ」
猿王が叫びながらアーモンドに襲いかかる。両手に持った鎌を交差させ、アーモンドの首を刈りに狂う。
アーモンドは無意識に間合いを見切り、〖赤橙〗で鎌と鎌が交差する点を防ぐ。
猫啼のブーツは土を噛みながらも猿王の膂力に負けないように三匹は頑張る(二ャ、にゃん、二ャ~)。
右側から、猿王の左脚が手のようにアーモンドの首をもぎ取ろうと迫る。
脚の指がアーモンドの首を掴むと同時に、猿王の背筋に悪寒が走る。
「《騎霧》」
アーモンドの首に触れていた猿王の親指が破裂する。あと数瞬遅れていたら左脚は御陀仏だったであろう、間一髪である。
「ギィィィィ」
アーモンドはその隙を見逃さず、ガラ空きの脇腹を斬りつける。同時に猿王は、傷付き血だらけの左脚を軸にして、右脚で器用にアーモンドを殴り付ける。
アーモンドは右側に吹き飛び、十歩ほど離れた木にぶつかる。
「がはっ」
下部肋骨を二~三本やられたようだ。
猿王も脇腹から臓物が血とともに吹き出ている。猿王は、自身のはみ出た臓物を引きちぎり、口に入れて噛み解す。猿王は、口内に魔力を溜める。魔力が収束していく。
「アーモンド様!ブレスがきます」
リーセルスは、主に危険を知らせるが…
「ギギギギギギィィィィ」
そのブレスは赤く、血の雨のような複数の炎をアーモンドに浴びせる。
「ぬぅぅぅ」
猫啼のブーツが主に囁く「にゃん」
「《移せ、パーシャルデント》」
深紅の炎は、対象を変えて猿王に跳ね返された。
「ギギギギギギィィィィギギギギギギ」
獣の焼ける臭いが漂う。猿王は、全身の火傷と共に口の中もきっと口内炎だ。
アーモンドも、〖パーシャルデント〗の魔法耐性大によって炎は軽減されたが、全身の火傷は軽くはない。
「ギギギ、ギギギ、ギギギィィィィ」
猿王の全身が光る。猿王の傷が回復していく。
「なっ…あやつ魔獣のくせに《回復》魔術をつかいおるのか!」
ズーイ伯爵がウズウズしている。【選手交代】したそうだ。どこの地域も戦闘狂は困る。
アーモンドは、〖コッケン〗に手をつける。
「アーモンド様、いけません!これ以上の回復は身体の限界を越えます」
リーセルスは、非常に焦っている。本日は元々は休養日だったのだ。日々の《治癒》に加えて、朝のリーセルスの《治癒》、先ほどの〖肉車輪〗後の上級治療薬と、十五歳の成長期の青年にはひどく負荷かかる。
アーモンドはリーセルスを一目みた後に…
「フッ」
残りの〖コッケン〗を飲み干す。
身体の中を嫌な音と共に、喉が焼けるように熱い。アルコール度数が高いのだろうか。
アーモンドの傷はすぐに回復するが、心は未だに回復していないようだ。
猿王が、両の腕の鎌を引きずりアーモンドに迫る。
カクカクカクカクカクカク
顔は嗤わないが、首が嗤う
アーモンドは嗤わないが…
深紅の瞳が王族の血が嗤っている
鎌が空を裂く
赤橙が撫でる
鎌を躱す
赤橙が迫る
鎌がアーモンドを切り裂く、裂く、裂く、裂く
赤橙が撫でる、撫でる、撫でる、撫でる
銀狼と猿王は嗤う
どちらも逃げない、下がらない、前にしか進まない。
「ギギギギギギィィィィ」
「ホーリーナイト!ホーリーナイト!」
その場にいた皆が恐怖する。
その雄叫びに神々ですら、畏怖を感じる。
「アーモンド様!もうお止めください!このままでは、あなた様が人ではなくなってしまいます」
リーセルスは心配する。何も出来ない自分がもどかしく、この儀式を心のどこかで神聖なもののように思っている自分がいる。
この綱渡りのような躍りを…
「啼け、猫啼」
「ニャース」
猫達は泣く、傷ついた狼の代わりに深々と泣く
アーモンドは前に跳躍した。その〖肉車輪〗は、自分ごと猿王を十メートル吹き飛ばす。
「「ニヤリ」」
二匹の獣は、血を噴き出しながら嗤う
時の女神は、これ以上大地を赤く染めたくない。代わりに、空を赤く染めて夜の合図を出す。夜が深ければ、きっとこの獣たちも巣に帰るであろうことを期待して。
神々は精一杯、獣たちの舞を収めようとする。
しかし、時を司る女神でさえ
〖 銀の狼〗と〖猿の王〗の宴を止める術はない
どうやら獣の舞は、どちらかの命が終わるまで【ステップ】を踏むようだ
猿王 作画 ヴァリラート
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