エピローグ3
エピローグなのに終わらない
1
「フロッグ卿に、ウイーゼル卿……これは、お恥ずかしいところをお見せしました」
レイが二人に気づく。
「いや、いや、レイ殿下邪魔して悪かったゲコー」
「素晴らしい手合わせでしたね。レイ殿下、流石ですククク」
フロッグ卿とウイーゼル卿が、レイを称賛する。
「……私が未熟なもので、フォロー様には未だに一太刀も浴びせることが出来ないのです」
レイの声はいつもより張りがない。
「ゲコゲコゲコー、焦る必要はないゲコー」
「あの賢者フォローとまともにやり合えるなんて凄いことですよククク」
「そうゲコー。宰相殿を基準にしちゃあいけないゲコー。あれは、厄災級の化物だゲコー」
「そうそう、お父上であるアートレイ陛下と同じ人外の部類ですよ。ああ、これは失礼しましたククク。それだけ、あの方々が規格外なだけで、肩を落とす必要がないと、お伝えしたかったのですククク」
「それは勿論です。父上も、フォロー様も、私ごときがどうこうできる相手はないと……理解しています」
レイが「大丈夫です」といったが纏う空気からは、悔しさが溢れている。
「ゲコゲコ、アートレイの剣技を受け継ぎ、雷系統の魔術を発現出来ておまけに、回復系統までできるんだから、羨ましいの一言に尽きるゲコ。お母様は確か東の海では、姫巫女といわれていたそうゲコね」
「アートレイ王やエミリア王妃様もさぞかし鼻が高いでしょうなクック」
「私は……父を、アートレイを越えることが出来るのでしょうか」
レイが思わず口に出した言葉に、フロッグとウイーゼルがニヤリとした。
「御父上のことがお嫌いゲコか?」
「いえ、その……」
「偉大な父を持つと、苦労しますよね。どこに行ってもアートレイの息子としか見てもらえない。期待に応えなくてはいけない。お前には才能がある。御父上は、御父上はそんなセリフに聞き飽きたのでは?クク、おや失礼、しかし、レイ殿下、親は親です。私はレイ殿下のそのひたむきな向上心を高く評価しております。普通であれば、親があれほど偉大であれば道に逸れるものですが、レイ殿下は非常に真っすぐであられる。あまり、周りの評価をお気にする必要はないと思いますがクク」
「……」
レイは言葉が出なかった。
「お邪魔しちゃったゲコ。ウイーゼルも老婆心が過ぎるゲコ」
「申し訳ございません。つい、ひたむきな若者を見ると口を挟みたくなるのは、いけませんねクク」
「いえ、ありがとうございました。自分の器の小ささを恥じるばかりです。情けないところをお見せしました」
「器ゲコねぇ……」
フロッグが物欲しそうな目でレイを見る。その視線は見る者には狩人のように見えた。
「フロッグ卿ダメですよクク」
「ウイーゼル卿。しかし、ゲコ。助けてあげたいゲコよ」
「???何か」
レイが反応した。
「いや、実はですね。我々は今、獣人種の特性について研究しているのです。魔術でこそ人種は獣人より一歩も二歩も先を行っていますが、肉体的な面ではどうあっても及ばない。もし、肉体的な差を埋めることができたら……クク」
ウイーゼルがまるで提案するように餌を巻く。
「どういうことですか」
「獣人の強靭な肉体を持って、さらに魔術を扱えるなんて夢のような進化……素敵だゲコゲコ」
「まさに無敵の存在だよクク」
「無敵の存在……ゴクリ」
レイの表情が一瞬にして変わる。
「「もしかして、興味あるかな」」
レイの周りに纏わりつくような声と重い魔力が漂った。
3
地下研究室
「これは、我々が創った人工魔石を溶かして他の魔獣特性をプログラムした液体だゲコ」
「クク安心して頂きたい。レイ殿下の血液と魔力を調べて、一番適性の高い魔獣を選定させて貰いました」
「もう一度聞きますが、これを投与すれば私は新たな力を手に入れることが出来るのですね」
レイが透明な杯に注がれた目の前の液体を見る。
ユラリユラリ
杯の中で深紅の液体が怪しい輝きを見せる。光に照らされた水面は、血よりも濃く生き物のようにドクンドクンと波を打つような錯覚を見せる。
レイには、それが自身の鼓動を表しているように思いながらも、深紅の液体から目が離せない。
「新たな世界が開けるゲコ」
「まあ、注意しておきますが、あくまで実験段階なので完全に成功できるとはいいがたいですが、今回は幸いにも純度の高い素材を用意することができたので、次を逃したら次はいつになるか分かりませんからねクク」
「次?」
「ゲコゲコゲコゲコ、その液体は元々は大迷宮主クラスに匹敵する人工魔石を使用しているゲコ」
「人工魔石、エリティエールにはそのような技術が」
「人工魔石といっても、量産は出来ない代物でね。年単位でようやく造り上げることができた傑作だよククク。正直なところ、その魔石の負荷に耐えられる人材がいなくて御蔵入りだったのですがね。ちなみ、ここまできておいてあれですが、強制はしませんククク」
ウイーゼル卿がリスクはありますという。
「……世の中、全ての願いが叶うわけではない」
「ゲコゲコ? 」
「ククク? 」
「父が良く言っていました。世の中、全ての願いが叶うわけではない。だったら、お前はどうするのかと……その時私は、なんて答えたらいいか分からなかった」
「全ての願いが叶うわけではないゲコか」
「身につまされますなクククク」
その瞬間、レイは本当に一瞬だけ二人が悲しそうに見えた。
レイは話を続けた。
「父は言いました。奪われるな、奪えと。その時、私は感じたのです。きっと、きっと私は一生父を、アートレイを越えることは、出来ないだろうと……」
レイが手を握り閉めた。
「そんなことはないゲコ」
「私はレイ殿下には、お父上以上の才を感じますがねクク」
「フロッグ卿、ウイーゼル卿、あなた方はどのような者が王にふさわしいと思いますか」
「圧倒的な理不尽に、圧倒的な恐怖、そして、時には悪魔になれるような心を持っている人ゲコ」
「クククククク、エリティエール王は持っていますねククク」
「そうですか……母に、聞いたことがあるのです。父はどんな人なのかと、そしたらこう言いました。下らない夢想を現実に出きる人……」
「ゲコゲコ? 」
「ククク」
「なんのことだがさっぱり分からなかった。つまり、私はその程度なのです。なんでしょう、良く分かりませんが、なんだか、その日から私は、少しずつ、少しずつ心が壊れていくような気がしました。私は、グルドニアに居たくなかった。留学とは、聞こえがいいが本当は逃げてきたのです。だって、私は父や母のように、きっと、あっち側のニンゲンではない」
グイ
レイが杯を持った。
ガクガクガクガクガクガク
その手は幾分、震えている。
「私はなりたい! いや、ならねばらない!
あの二人の子として恥じぬような無敵の存在に、強い自分に! あっち側のニンゲンに! 」
レイが揺らめく深紅の液体を飲んだ。
「下らない夢想……いい言葉だゲコ」
「ニンゲンじゃなくなるから、あっちもこっちも関係ないんだけどね、ククク」
悪魔達が小さい声で言った。




