19 休憩
アーモンドが聖戦騎団で、飲み比べをした翌日のお話です。
レート・グルドニア、アーモンドの母親です。ガーヒュの呪いにかかっています。
1
レートの宮
査問会まで六日
「うーん、ここは……何処だ……イタタ、飲みすぎたか」
アーモンドは昨日と同じく夕方に目覚めた。
「おはようございます。あなた、昨晩は随分とお楽しみだったようですね」
ゾクリ
アーモンドに戦慄が走る。
アーモンドは鳥肌が立った。
アーモンドは、二日酔いの状態異常から一気に目がさえた。
先の二日酔いの痛みなど今の精神状態では感じない。
アーモンドは顔をあげることが出来なかった。
全身に嫌な汗が吹き出る。
しかし、沈黙を保ったところで状況は好転しないであろう。
アーモンドを『あなた』と呼ぶことが出来る人物、正式には初めて呼ばれたが、それは世界で一人しかいない。
「おはようございます……ラザア……さん」
アーモンドは苦し紛れに妻を『さん』付けで呼んでみた。
ニコリ
ラザアさんが笑った。
側に控えていたリーセルスとラギサキは、我関せずと限りなく気配を殺していた。
2
「昨日は随分と、深酒を、楽しそうにされていたみたいね。転移門で迎えに来ていると思って、急いで来たのだけど余計なお節介だったみたいね」
ラザアさんがアーモンドにいった。
「違うんだ。これは、そのたまたまだ」
「たまたま忘れたのかしら、お腹の坊や、お父様は私たちのことは、たまたま忘れる程度の存在みたいね」
ラザアがお腹をさすりながらいう。
「リ……リーセルス」
アーモンドがリーセルスに助けを求める。
「……起きなかった……のです...…」
リーセルスが珍しくゴニョゴニョと口ごもる。
「なっ……! そういうときは、魔術の一つや二つ使ってもいいから起こさんかぁー」
「はぁー、そもそも、我々のいうことを聞かないで勝手に抜け出した挙げ句に、酔いつぶれたところをナッツ様が仲介に入り、救出したのです。王家の皆様はいくら毒に強い耐性があるとはいえ、エールを二樽飲み尽くし、敵陣で大の字とは流石は、竜殺し様ですね。あっ、聖戦士隻腕様でしたっけ? 素敵なお名前ですね」
「はぁん……私がお腹を痛めている間に、そんなに、ヤンチャしたのね。さぞかし、楽しかったでしょうね」
「ちっ……違うんだ! そうだけど違うのだ! 」
アーモンドは冷や汗が止まらない。二日酔いで脱水状態である口が余計に渇く。
「何が違うのかしらね。ハイケン、マロンどう思う」
『情報の統合、精査により、羽目をはずしていたと推測されることの一部の予想を上回る報告をしたことを終了致します』
ハイケンはグランドマスターであるラザアの味方のようだ。心なしかハイケンの音声は冷たい。
「ハイケーン! 」
アーモンドは共に、シーランドと戦った戦友に見捨てられた。
「奥方様が殿方の遊びにあれこれ口を出すのはどうかと思われますが……それにしてもでございます」
マロンも内心では怒っているようだ。それと共に、この場にジュエルがいなくて良かったと安堵した。
仮にジュエルがいた場合はアーモンドどころか、とばっちりで王都が滅んでしまう。
「……初めてだったのだ。同級生と皆で騒ぐ、イベントが」
「「「……! 」」」
一瞬、時が止まった。
アーモンドは王族でありながら、元の評価が低かったために同学年ではリーセルスとラザアとしかほぼ接点がない。
勘違いで敵陣で羽目をはずしたとはいえ、年の近い多数で酒を飲み「「「隻腕! 隻腕! 」」」と皆から拍手喝采を受けたことが、非常に楽しかった。
何となく皆が、同情するようなアーモンドの傷に触れてしまったという視線を送る。
「お……奥方さまー、御主人様より、とっても、とっても悲しい匂いが致します」
ラギサキが尻尾を悲しげにシュンとしていた。
「まぁ、いいわ。それよりも、挨拶にいきましょう」
「挨拶とは……」
「はぁー、私達のお義母様によ」
ラザアがアーモンドに、本当に仕方ないなといった。
3
レートの宮 渡り廊下
カツカツカツカツ
アーモンドとラザアを先頭に、リーセルス、ラギサキ、マロン、ハイケンが続く。
王妃となってからもレートは元の王宮一番から離れにある愛着ある小さな宮で、生活している。
ピーナッツが王になり変わったことといえば、後宮長のマムが新たにレートに仕えるようになったことだ。
渡り廊下から見えるその園は、レートの故郷であるズーイ伯爵領の植物や花が綺麗に植えられている。
その園は、美を追求した畏まった造りではないが、見るものの心を安心させるような、何処か懐かしさを感じる造りとなっている。
「「「ニャース」」」
ブーツの中の猫達もご機嫌なようだ。
だが、アーモンドは憂鬱だった。
レートの宮はアーモンドにとって学園に入学するまでリーセルス、サンタ、クロウと過ごしたいわば実家である。
レートの病状については、後宮から逐一連絡が来ていた。
しかし、レートはアーモンドに「母のためにあなたがやりたいことが出来ないような親不孝はしないで欲しい」といわれたことがあった。
「それに、私の身体のことはお父さんが死んでもなんとかするっていっていたからきっと大丈夫よ。あの人、私に嘘ついた時はないから」
母は嬉しそうに笑っていた。
アーモンドは少し寂しかった。
アーモンドは学園を卒業したら本当は、王都の騎士団に入隊する予定だった。本来ならば王族は、学園の上である学院に進学することが一般的であった。
しかし、学院での授業は戦術学や、美術、茶道、ダンス、政治学等と国を納めるための帝王学に由来する学問が中心であった。
正直、剣術に特化したアーモンドは騎士団で実践的な経験を積みたかった。
また、当時はアーモンドは王族では最底辺だったため王室も無理に学院への進学を進めなかった。
ちなみに、リーセルスは成績優秀で学院の入試も合格していたがアーモンドが行かないのでパスした。
騎士団は戦時下ではない今は、大規模な遠征はなく。基本的に王都を中心とした活動が主である。
アーモンドは口には出さなかったが、母の近くにいたかった。
しかし、王室から学園卒業とともに獣国から西の姫ぎみとの縁談が決まり、アーモンドは意図せずして獣国へ向かうことになった。
そこで、ホーリナイトに会い、ラギサキと戦い、猿王レイアートとの激戦で傷を癒すために半年かかった。
そこからは、独立兵団に任命され、獣王国で活動した。
気付けば三年が過ぎ王都では、バターによる謀反があった。王都を奪還するために、アーモンドはズーイ伯爵領へ、そこからは父ピーナッツの力を借りて王都奪還に尽力した。
そして、今回の海王神祭典と、大いなる力の流れに導かれるように歯車は回った。
結果的に、アーモンドは母レートを放ったらかしにした。
母の言葉に甘え、父に任せっきりだった。
本当は、出来ることなら母の近くにいたかった。
全ては言い訳にしかならないが……
母は、今のアーモンドを見てどう思うだろうか……
思えば危ないことばかりしてきた。
一歩間違えば、死んでいてもおかしくなかった。
海王神祭典も、左腕を失った。
シーランドを相手に左腕だけで済んだ。
それは、ボールマンを始めとするウェンリーゼの勇敢なる騎士たちが、ユーズレスが自分を生かしてくれたからだ。
皆に生かされて、聖なる騎士等ともてはやされているアーモンドを見てレートはどう思うだろうか……
「……」
パンドラの迷宮で、自身を奮い立たせた心が揺れる。
王都についてすぐに、レートの元に行かなかったのも、無意識に二日続けて酒に呑まれたのも……
怖かったのかも知れない。
現実の母に会うのが……
「あっ……」
渡り廊下を渡りきる前に、アーモンドの瞳に、花を眺めている車椅子に乗ってたレートの姿が写った。
「あら、お帰りなさい。アーモンド」
レートが微笑みながら昔のように我が子を迎えた。
いつの間にか三百話になりました。
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