18 満月を越えて
1
「今回は、特性は変化させないでドレスのデザインを変化させたいんだねぇ。そうさね。今回みたいにあらかじめ決まった形になるようにプログラムしておけば、質量を減少させずに済むかもしれないね」
「なっ! そんなことが可能なのですか」
錬金術師が驚く。
「今回はあくまでも、ベースは生地だからね。流体金属を糸に絡めるような、いや同化させるとかねぇ」
木人が案を出す。
「おおー! 」
「そんなことが」
「奇跡の神業だ」
「何いってんだい! やるのはあんた達だよ」
「「「えっ! 」」」
「……ここにいるのは、大陸を代表する錬金術師、鍛冶屋、仕立て屋、宮廷魔術師、揃いも揃って何をいってんだい。やり方は、教えてあげるよ、少々大変だけどねぇ」
「我々が……やる」
「あんたらの聖女様に対する推し活は、他人任せにするような薄っぺらい情熱だったのかい? 」
木人がジュエルを指差しながらいう。
「オババ様、ミクスメーレン共和国の皆様は私のワガママに善意でお付き合い下さっているのです。そのような言い方はお止めください」
「おや、おや、聖女様はこうおいいだよ。ミクスメーレン共和国の皆様や、あんたらは、推しにこんなこといわせて恥ずかしくないのかねぇ。随分と、疲れきった顔をしてるねぇ。分かるように聞いてあげるよ。あんたらは、義務でジュエルを手伝ってるのかい? 好きでやってるのかい? 」
「オババ様! 」
「いや、魔女様のおっしゃる通りだ」
「聖女様になんてことを言わせてしまったんだ……ああ、恥ずかしい」
「我々は、好きでやってるんだ! 聖女様にずっとずっと推し活したかった夢が叶った途端に、ちょっと寝不足だからとなんて失礼な態度を取ってしまったんだ」
「推し活は、楽しく尊くが基本さねぇ。無理な押し売りは犬も食わないよ」
「キャン、キャン」
その時ジュエルは気付かなかったが、会議場の熱が上がった気がした。
2
「この技術は、転移門クラスの技だからねぇ。悪いけど場所を変えて秘匿させてもらうよ」
木人は技術屋達を別室に集めて技を教えた。
各方面の一流の職人達が木人から指導を受けて一日かけて、流体金属を糸に絡ませて布地を作った。
「あとは、デザインを登録すればいいねぇ。この布地の大きさだと七つまでは登録出来そうだねぇ。それ以上は、変化時に質量が減少しちまうからオススメはしないよ」
「分かりましたわ。時間もありませんが、慎重審議致します」
「お嬢ちゃんや……あとは、仕上げだよ。思う存分、好きにやりな」
「キャン、キャン」
「聖女様のお心のままに」
フォートが代表してジュエルに布地を渡す。
「……どうして、皆様は私にここまでしてくださるのですか」
ジュエルが目に涙を溜めながらいった。
「分かりません……ですが、あなた様が、推しを慕う御気持ちと似たようなものかもしれませんね」
フォートがニコリと笑った。
皆もフォートに負けないくらいの笑顔を爆発させた。
ジュエルは泣いた。
ジュエルは自分自身に驚いた。
夫であったデニッシュや、息子達が亡くなった時にひとしきり泣いたジュエルは、自分の涙はもう枯れてしまったと思っていた。
ジュエルが布地を受け取った。
「……綺麗」
その布地は固体ではあるが、透き通った水が風になびくように青が動いている。それでいて深海の濃い青が混じって水面にはグラデーションという表現が適切なのであろうか。
液体の宝石
その布地は、この世には存在しないといわれた代物に限りなく近い存在である。
その美しさに何処からか美の女神がやって来た。
(温かい)
その布地からは、解体に関わったミクスメーレン共和国国民皆のジュエルに対する温かい魔力残滓が感じられた。
「お嬢ちゃんや、私は一足先に王都に戻るよ。古い知り合いを待たせているからねぇ。二日後の査問会まではギリギリだけどねぇ。悔いのないようにやりなよ」
「キャン、キャン」
ホクトが木人の代わりにジュエルを励ました。
帰り際に、フォートが流体金属の対価を是非支払わせて欲しいと木人に申し出た。
「確か、この国の迷宮はまだ未踏破だったよねぇ。踏破できたら、初回ドロップ品でも貰おうかねぇ。期待してないから、無理はしなくていいよ」
木人は自身の《転移》で消えた。
3
満月の夜に、その月明かりを借りて月の女神が祝福しているかのようにドレスは照らされていた。
それは、幼い子供の一目惚れから始まった物語だった。
ラザアの祖母フラワーに恋に似た憧れを抱いたジュエルが始めた物語だ。
元々は《回復》が扱えず《治癒》しか使えない残念な聖女だった。
《異空間》が発現したためダイヤモンド家から担がれただけのジュエルは、寝る間を惜しんでフラワーに推し活をした。
資金を集めるために、冒険者組合に登録した。
当時は廃れていた薬学を学び、自身でも推し活の稼げるようになった。
縁があって木人の弟子となった。
素材を集めるために寝ずに、伝説の『青い怪鳥フェリーチェ』の治療をした。
間接的であるが獣王の子を救った。
ドレスを作るためにミクスメーレン共和国にやってきてたまたま国の危機を救った。
「……できた……」
その縁が七十年たった今も、回り回って新たなドレスを誕生させた。
朝方の月がお隠れになられる瞬間だった。
ピチャン
大神にバレないように、月と美の女神がドレスに祝福をした。
『愛寵のドレス』
フェリーチェの羽をベースにした糸に流体金属を絡ませた生地で作ったドレス。
大勢の曇りなき慈愛と願いが込められている。
元の『聖女のドレス』の性能に加えて、所有者の任意によってデサインの変形が可能。ただし、デザインは登録されたパターンのみ。十万人を越えた大規模な儀式により作られた唯一無二のドレス。
所有者登録はされていない。
ジュエルはドレスの完成と共に気を失った。
「クルルゥゥ」
フェリーチェがジュエルにお疲れ様といった。
査問会まであと数時間の出来事だった。
ドレス編終わりです。
次回からは、査問会まで六日の、二日酔いのアーモンドに戻ります。




