16 聖女の一つの伝説
1
「うわぁぁぁぁぁん」
魔獣達は殲滅されたが、ジュエルは状況が理解出来ずに泣き止まない。
ジュエルは、学園の履修をパスしてフラワーのドレスを作りたい一心でやって来たのだ。
それが、来てみたら火の手が上がり、ミクスメーレン共和国が魔獣大進行を受けているのだ。
それは、泣きたくもなる。
ポウッ
ジュエルの感情失禁によって魔力が溢れだした。
それは、奇跡だったのだろう。
誰もが疑うような決して忘れることが出来ない綺麗過ぎる景色であった。
バチバチバチバチバチバチ
《心音》によって感覚を共有し、元々ジュエルの治療によりジュエルの魔力に染まっていたフェリーチェの身体に共鳴反応が起きた。
ミクスメーレン共和国全体にジュエルの魔力を媒介とした、常識では考えられない癒しの光が注がれる。
まるで《回復》が星座のように、空で青く光輝いたと思えば、稲妻のように弾けて雨のように降り注いだ。
「これは、なんだ、傷が治っていく」
「隊長、息を吹き替えしました」
「馬鹿な信じられん。迷宮品の下級回復薬でも治らなかったんだぞ」
ジュエルの感情失禁によって少なくない命が救われた。
「皆のもの見よ!」
従女が間一髪入れずにぶっこんだ。
「ここにおわす御方こそグルドニア王国の聖女、ジュエル・ダイヤモンド様である。我々は女神様の神託によりこの地の災いを聞きやって来た。いまここに、聖女様の神なる技により災いはなくなった! 」
「うわぁぁぁぁぁん」
ジュエルは未だに泣いている。
従女マロンは、内心やはり芝居が過ぎたかと舌打ちをした。
「「「オオオオ!」」」
「「「聖女様、バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」」」
「聖女様が我々のために泣いてくださっている」
「聖女様が他国の我々を憂いてくださっている」
「「「オオオオ! 聖女様ー! 」」」
「うわぁぁぁぁぁん」
ジュエルは良く分からない状態でパニックを起こしてまだ泣き止まない。
斯くして、ジュエルがただ泣いている間に新たな『聖女伝説』生まれた。
2
ミクスメーレン共和国 魔獣大進行から一週間後
優しく温かい癒しの光が傷ついた人々を癒す。
「あああ、痛みが引いていきました。ありがとうございます! 聖女様ー! 」
「全てはフラワー・ウェンリーゼ様のお導きです」
「オオオオ! ありがたや、ありがたや、聖女様、癒しの女神フラワー・ウェンリーゼ様」
老婆は何度も頭を下げながら聖女とフラワーに感謝していた。
「では、次の方どうぞ」
今日も今日とて、ジュエルの野営診療所には病人や怪我人が絶えない。
「あなたは、脈が不規則ですね。顔色も悪いし、浮腫もある、手は冷たい、しっかりと寝れていますか? 」
「はぁ、眠るとまた魔獣達が襲ってくる夢を見てしまうんです」
ミクスメーレン共和国の魔獣大進行は後に厄災として語り継がれる悲劇であり、国は維持出来ているが少なくない死傷者が出た。
「不安を取り除く香と、薬を出しましょう。あと、炊き出しにも遠慮せずに寄っていって下さいね」
「ありがとうございます……しかし、その、先の厄災で家を失ってしまい、お支払い出来るものが」
「そんなことは、お気になさらず、既に対価は貰っておりますから」
「ですが、一体何が」
「この国が元通りになること、そのためにはまず国民の皆様が元気ならなくてはなりませんわ。一日も早いご回復をお祈り申し上げます」
「聖女様ー」
「全てはフラワー・ウェンリーゼ様のお導きです」
ジュエルは一刻も早く錬金術に、裁縫のスキルを学ぶためには復興が不可欠だ。
フラワーお姉さまの卒業までにドレスを間に合わせるには、ミクスメーレン共和国が元気になることが第一優先順位である。
ジュエルは持っている全ての財を復興資金に当てた。
さらには、冒険者を雇い魔獣の駆除に、薬草の採取依頼を出した。
薬はいくつあっても足りなかったからだ。
ミクスメーレン共和国は山々に囲まれた土地であり、資源には事欠かない。
さらにジュエルは、フェリーチェの羽に《回復》を流して、現地の錬金術師や魔導技師と協力して『青い飾り羽』というブローチを作った。
このブローチは予め《回復》をかけておくと身に付けたものが傷を負った際に自動で《回復》が発現される仕組みである。
ジュエルはこれをドレスの生地と予備だけ残して手持ちのフェリーチェの羽を全て素材として出した。
国際オークションでは、この『青い飾り羽』に一つの白金貨およそ百枚の価値がついた。
さらには、オークションを数回にわけたために後のほうが初回より数倍の値がついたのだ。
いくら国際オークションといえど、神獣の羽等出回るものではない。
魔力持ちが大半の貴族達は、羽が溢れる高貴なる神獣の魔力に神々しさを感じた。
欲しい
目の前にそのような品があったら、何においても手に入れたがるものだ。
ジュエルは最早、国すら動かせる金持ちになった。
ジュエルはそのお金でミクスメーレン共和国の国債を買った。
他国の商人や貴族、王族からしたらこのような状況の国債等正直なんの効力もない紙切れと変わらない代物に何故、グルドニアの聖女が全財産に等しい額を買ったか分からなかった。
ジュエルはただ、早くドレスを作りたいがために国債を買えばミクスメーレン共和国の偉い人達が色々と便宜を図ってくれると思ったからだ。また、国債の金は復興支援金として国民に配られ、近隣諸国からは物資を買い漁った。
正直、近隣諸国にはこのままミクスメーレン共和国を、侵略しようとする輩もいた。
だが、千からなる魔獣大進行を食い止めた。聖女と神獣の活躍は、今や世界中で噂になった。
女神から神託をうけ、神獣を従えし聖女にケンカを売るような罰当たりな国はなかった。
ミクスメーレン共和国にこのような唄がある。
その聖女、青き鳥を従えてこの地を災いより救い、女神の奇跡を発現し大地と人々を癒した。
ミクスメーレン共和国には宗教はなかったが、青き鳥の聖女とフラワー・ウェンリーゼという闘いの女神信仰が根付いた。
後から《転移》でやって来た木人は、ひどく頭を痛めた。
3
「できたぁ! 」
「ウォン、ウォン」
「ホウ、ホウ」
「クルルゥゥ」
ミクスメーレン共和国に来てから約三ヶ月にしてようやくドレスは完成した。
『聖女のドレス』
〖ストーリーと効果〗
ジュエル・ダイヤモンドにより製作されたドレス。
物理耐性《極》、魔法無効化、ただし回復系統の魔術・魔法は含まれない。
自動サイズ調整、防塵、不滅、清潔、消毒、温度調節、再生が使用者の任意で発現する。
また、使用者が透明になることも可能である。
製作を手伝った錬金術師はドレスの効果に驚愕した。
素材として、フェリーチェの羽をベースに鉄ミミズの表皮にカラレイの糸を編み込んだ生地から作ったドレスに、製作者であるジュエルの魔力が根源として染み付いている。
聖女のドレス計画はミクスメーレン共和国の国を挙げた一大プロジェクトであった。
国を救った英雄であり、癒しの聖女、おまけに復興資金の約国家予算並みの額である国債も買ったジュエルに何か恩返しをしたい。
ジュエルは第三者から見れば、なんの見返りも求めない。無垢な慈愛の少女であった。
ジュエルの行動は端から見れば、偽善と思われるかもしれないが、偽善ではないのだ。
なぜなら、私利私欲のためにドレスを作りにきただけなのだから。
ミクスメーレン共和国を救ったことや、復興資金等はあくまでも目的を果たすための過程と手段にすぎない。
実際にそれは、無垢な慈愛である。
推しのフラワーお姉さまだけの……
「それと、これはマロン! 貴女のよ」
ジュエルが従女マロンにメイド服をプレゼントした。
「ジュエル様、これは……」
「貴女の魔力を登録したから、貴女の専用よ」
素材は余りではあるが、『聖女のドレス』と同じものだ。
これには、マロンは泣いた。
不意をつかれた。
ジュエルからすれば、ドレスが魔力登録で専用装備になるか試すためにサンプルとして作っただけだったのだが、マロンの喜びようを見ては何も言えなかった。
「よし! 直ぐに出発よ! 」
「クルルゥゥ」
「ウォン、ウォン」
「ホウ、ホウ」
ジュエルはとりあえず、勢いのままに誤魔化した。
出発する前に、国の文官が慌ててやって来て、大株主であるジュエルに国債の件で話をしたいと来た。
「全て、この国に課金します。全てはフラワー・ウェンリーゼ様のお心のままに」
ドレスができた今や、ジュエルはミクスメーレン共和国に興味がなかったので、国家予算並みの額の国債を全て寄付した。
ジュエルにはもうドレス以外に頭にはなかった。
文官達は気絶した。
ジュエル達は木人を置いてきぼりにして飛び去った。
後にこの出来事で、ミクスメーレン共和国は借金も失くなり急速に復興していった。
ミクスメーレン共和国の皆はジュエルに何か恩返しがしたかった。
国の文官、軍、錬金術師や魔導技師は木人に相談した。
まずは、ジュエルに会うためにという根本的なグルドニア王国との距離の問題を解決することが必要だった。
「やれやれだねぇ。時期としてはいいかもしれないねぇ」
木人の協力のもと、『転移門』が完成した。
これは名前の通り、設置した場所に《転移》を可能とするものだ。勿論、魔力も膨大に使用し制限もあるが、この発明が歴史を一つの上のステージへ押し上げた。
「人の純粋な好意は怖いねぇ」
木人が呟いた。
4
現在
「……そのようなことが」
「今では、お伽話で詳しくは話されていないが、我々は聖女様に救われた。ちなみに、聖女様の光により一命を取り留めたのは、お前さんのじいさんだ」
「な……そんなことは、初めて聞きました」
「……先にいった二回滅んでもおかしくなかったといったが、魔獣大進行の後で国は助かったがボロボロだった。当時は、国際連合に加盟はしていたが国としては弱かった。聖女様が紙切れ同然の国債を買って下さり、復興に尽力してくださった。信じられるか、いくら公爵令嬢とはいえど十二歳の少女が他国のために誰よりも汗を流しわりを食らったのだ。ワシなんぞ十二歳の頃までオネショしとった小便垂れじゃ」
フォートがどさくさ紛れてぶっこんできた。
「……オネショ」
「民は飢え、明日のパンすら食えるか、自分たら耐えられるが、我が子の腹や病気や怪我の……国の将来……聖女様がご自身で身銭を切って下さったおかげで皆は助かった。国際連合は聖女様を大々的讃えた。そのせいか、隣国は我が国を攻めてこなかった。もし、聖女様は意図したことではなかっただろうが、我々は聖女様の純粋さに救われたのだ」
「……」
騎士団長は色々な意味で言葉に詰まる。
「騎士団長や……老い先短い、年寄りの最後の推し活じゃ……来年度の国家予算についてはワシらの資産を使ってでもどうとでもしよう。今だけは、ワガママを聞いてくれんか」
フォートが騎士団長に優しい笑みを向けた。
「……私は、十歳まででした」
「……何がだ? 」
「……オネショです」
「……そうか、ワシはたまに漏らすぞ。年を取ると緩くなるんじゃ、実はな聖女様がいらっしゃった時、ちょっとチビった」
「……ぷっ、ハハハ」
「ガハハハハ」
騎士団長が笑い、フォートも笑う。
ハラリ
ゆっくりと、ドレスの糸がほどけていった。




