14 ミクスメーレン共和国という国
ジュエルの推し活終わらんな。
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それはフォートにとって夢のような時間であった。
「聖女様、おひさしゅうございます。我々、ミクスメーレン共和国の皆、聖女様が再び我が国にいらしてくださったこと、この上ない喜びでございます」
フォートがジュエルを前に跪拝した。
議長であるフォートに習い評議会の皆がフォートに習う。それはまるで、共和制を旨とした国で、他国の王族を尊ぶ行為であるが、誰も気にはしない様子であった。
「聖女だなんて、そんな大昔のことを知っているのは、ミクスメーレンの皆様くらいですわ。こんな御婆さんを掴まえて聖女だなんて恥ずかしいですわね」
ジュエルが照れる。
フォート以下、その場にいた皆はそのジュエルの照れ笑いを美しく神々しいと思った。
ジュエルにとってのフラワーやラザアが女神の化身であるように、ミクスメーレン共和国民にとってのジュエルは、まさしく現世に舞い降りた女神であり、伝説であり、尊き推しなのだ。
「聖女様、この度は我が国への来訪はどのようなご用件でしょうか? 再びこの地に神託を授けに来て頂けたのでしょうか? それとも、何やらお困りごとでも? 我が国の皆は聖女様のお役に立てるのを今か、今かと待ちわびておりました。何なりとお申し付け下され。我らが太陽であり、月よ」
「……私の星が憂いておいでなのです」
ジュエルはそれは、それは悲しそうにいいながら《異空間》より聖女のドレスを取り出した。
「なっ! 《異空間》にあ、あ……ああ、これが伝説の……聖女のドレス」
《異空間》は、非常に珍しい魔術で自身の魔力量に比例した空間を作ることができる。その空間には、物体を収納することができる。たが、《異空間》の恐ろしいところは、術者が指定すれば生き物も収納可能ということだ。
ジュエルが各国から警戒される所以として、ジュエル自身の《回復》の腕や、神獣フェリーチェを使役していることに加えて、《異空間》を発現できるということである。
通常の《異空間》であれば、せいぜい手荷物をいれる程度であるが、ジュエルの場合はその魔力量から、人が入れる部屋を作ることができるといわれている。
つまりは、ジュエルがいる場所にはその気になれば、《異空間》より誰が出てきてもおかしくないのである。
それが厄災といわれた単騎で国を崩せる化け物が現れようと……
逆にいえば、一定の条件さえ揃えばどんな生き物であろうと部屋の容量を超えない限り、拘束が可能なのである。
騎士団長が、ジュエルを最大限に警戒していたことも、ある意味では頷けるのだ。
「なんと、美しい」
「聖女のドレス、伝説ではなく、本当に存在していたとは」
「なんだこの神々しい魔力は、ただそこにあるだけなのに、なんたる存在感だ」
しかし、一同はそんなことよりも、目の前にある伝説の聖女のドレスに魅入られた。
空よりも透き通った深海の一番綺麗な場所だけをくり貫いたかのような美しい青いに、まるで、生き物のような高貴なる気品に満ちた魔力を感じるのだ。
実際に、この聖女のドレスを見たものは今となってはごく僅かしかいない。
公式記録では、フラワーが学園での卒業記念パーティーで、エミリアがジュエルの四十の生誕祭での着用以外は、ウェンリーゼ領内より外での着用はなかったのだ。
それゆえに、聖女のドレスは実は実在しないのではないかという幻の装備となっていた。
「お、おおお、また、生きているうちにこのドレスを見ることができるとは、このフォートもはや悔いはございません」
「フォート様、そのようなことを、お口が上手いですわね。建前はここまでにして、本題に移りますわ。このドレスを、私の推しであり、女神が着用を望んでおります」
「なんと、それは、もしや、彼の伝説にあるウェンリーゼの女神様の末裔ですかな? 」
「その通りですわ。このドレスの正当なる後継者であります。しかし、専用装備ゆえに世代を重ねたことで、着用することが叶わなくなってしまいました」
「なんと、おいたわしや」
「悲しんでおられます。私の推しが悲しんです」
ジュエルは現状を切実に話した。
海王神祭典で起こったマナバーンにより、王都で魔導具の異常が確認され、危うく魔獣大行進が発生するところだったこと。
その責任をウェンリーゼ家に問うために、九日後にラザアが王都の査問会に出席しなければ成らないこと。
軍部の連絡の不手際より、クリムゾンレッドが発令されずに近衛騎士団を海王神祭典に派遣すらできなかったこと。
「なんということでしょうか! そのようなことが! そのような有事の時に使うべく、こちらから転移門を提供しているというのに……」
ちなみにであるが、各国にある転移門はミクスメーレン共和国で作られた魔導具であり、定期的なメンテナンスも担っている。
「これから九日後に、ラザア様は査問会に出なければなりません。ラザア様はおっしゃいました。その時にこのドレスを身に付けることで、フラワー様のご加護が、このドレスを作るために想いを込めてくださったミクスメーレン共和国の皆々様を近くに感じるようで何よりも心強いと、私はこれは運命神様より賜った最後の仕事だと思っております」
ラザアはそんなことは、一言もいっていないが、きっとジュエルには脳内でそのように翻訳、変換されてしまったのだろう。
「聖女様、事態はいかに深刻か分かりました。聖女様の憂いを晴らす、いや、尊き推し活のお手伝いをどうぞ我々にも、手伝わせて下され」
「時間もありませんし、このドレスを一度解体して布を糸にまで戻さなくてはなりません。気が遠くなるような道のりですわよ」
ジュエルは、議会の議員に相当の覚悟が必要だといった。
「聖女様、ここがどこかお忘れでしょうか? 大陸一のモノづくりの国、ミクスメーレン共和国です。我々の誇りと命を懸けましょう」
「フォート様……」
「これも、神々のお導きでしょう。この老骨に最後の最後にこのような使命があるとは、神々には感謝してもしきれません」
フォートが涙を流した。
議員の数名も、フォートに釣られる。
「皆様……」
「クルルゥゥ」
ジュエルも涙ぐむ。
フェリーチェが鳴く。
正直、ここに来るまで協力を得られるか半信半疑であったのだ。
いざとなればジュエルの個人資産全てを動かしてもまだ切り札としては弱いと思っていたのだ。
「皆のものー! 緊急議題を提言する! これより、一週間は国民の休日とする。意義のあるものはいないか! 」
フォートが叫んだ。
議長であるフォートには、本来、議会での議題を発言する権限はない。
「意義なし! 」
「聖女様のために! 」
「今こそ! あの時の恩を返すときがやってきたのだ! 」
「うおぉぉ! 聖女様ばんざーい! 」
「我らが聖女様のために! ウェンリーゼの女神様のために! 」
しかし、議題は、満場一致で可決されたようだ。
さらに、ラザアが身籠っていると聞き、皆のやる気と、査問会に招集をかけたグルドニア王国中央貴族に対する怒りは更に沸き上がった。
騎士団長は「来年の予算案はいったい……」とは聞けなかった。
今日も読んで頂いてありがとうございます。
まだ育休中ですが、ギャン泣きが終わった時間を利用してちょこちょこ書いてます。




