11 お婆様とお母様の宝物
アーモンド達が旅しているときのウェンリーゼの様子です。
1
ウェンリーゼ・領主の部屋
「今日も経過は順調でございます。ラザア様」
ジュエルがラザアの妊婦検診を終える。
「毎日ありがとう。ジュエル、いつも丁寧に診てくれて嬉しいわ」
ラザアがジュエルに礼をいう。
「滅相もございません」
ジュエルがウェンリーゼ家に住み込みで仕えるようになって二週間が経過した。
ジュエルは午前中に軽くラザアの診察をして、一週間毎に検査を行っている。
ジュエルとしては、毎日でも検診をしたいがあまり過度な診察はかえってラザアの負担になるだろうと自粛している。
「ラザア様お疲れ様でございます。ジュエルも、よろしければお茶の準備を致しましょう」
メイド長の代役としてマロンが茶の準備をする。
「ありがとう。マロン、自分の分も淹れて頂戴ね。三人で少しゆっくりしましょう」
「有りがたき幸せにございます。ラザア様、お言葉に甘えまして」
「有りがたき幸せにございます」
マロンに続いてジュエルもラザアに礼を尽くす。
この二週間でジュエルは成長した。
初日目にはラザアに会っただけで、幼子のように泣いてしまったジュエルであった。
数日間は、緊張のあまりラザアと会話する度にどもってしまった。
これでは診察に差し支えると、マロンがジュエルとラザアがリラックスできるようにと、こうして三人でお茶の時間を設けるようにした。
「はぁ、マロンのお茶はいつ飲んでも美味しいわね。ジュエル」
「はい、マロン様のお茶は世界一でございます」
ちなみに、ここではジュエルはマロンの部下なのでマロン様呼びである。
「そのようにおだてても、なにも出ませんよ。今日の茶葉はジュエルのお土産で王都のものです。妊婦が飲んでも、身体に優しい特殊な工程で仕上げた茶葉であります」
「まぁ、ジュエルわざわざありがとう」
「めっ、滅相もございません」
ジュエルは、とても幸せだった。
推しと共にお茶を飲める日がくるとは、残された人生の中でこのような満ち足りた時間を味わえるとは、思わなかったのだから。
部屋のベランダから見える景色は、遠くには海が見え、庭は職人により美しく整えられ過ぎず、森の木々のように生命力に溢れなんともイキイキとしている。
「なんだか、森の中にいるようですわ。それでいて、海を見ることができるなんて、贅沢とはこのようなことをいうのでしょうか」
「まぁ、ジュエルったら、王都出身者にそんなこと言われたらお父様もさぞよろこんでいるでしょうね」
「あわわわわわ、これは失礼しました」
ジュエルが慌てて自分の口を塞ぐ。
「おや、おや、いい香りだねぇ」
「ウォン、ウォン」
「ホウホウ」
「クルルゥゥ」
お茶会に木人と愉快な仲間たちがやって来た。
「木人様も、よろしければいかがでしょうか」
マロンが素早く木人の杯を用意する。
「おや、おや、催促したみたいで悪いねえ。こりゃあ、いい茶葉を使ってるね。それでいて、妊婦に毒になる成分を味を極力落とさないように抜いてある。大したものだよ」
「オババ様、人の世の中の技術は日々進歩しているのですよ」
ジュエルが木人に王都も捨てたものではないでしょうという。
ヒュウヒュウ
「海風ですわ。この時間帯になるとちょうど心地のいい風が吹くのです。御父様のお気に入りでした」
ラザアが父ボールマンを懐かしむ。
「ホウホウ」
梟に擬態している賢者フォローも鳴いた。
「この庭はなんだか、オババ様のいた隠れ家の森を何故か思い出させますわ」
ジュエルが気を遣ってか話題を変えた。
「そうさねぇ。カシババの木に猫兎草、ホクトの好きなミタケ草もあるねぇ」
「キャン、キャン」
「そういえば、木人様は父と知己と聞きましたが」
ラザアがいい加減に吐いてくださいと聞く。その視線は男女の関係を疑っているようだ。
「いやいやなんだか痛い視線だねぇ。お互いの名誉のために言っとくけど、男と女の仲ではないよ。少しの間一緒に暮らしたことがあるだけだよ。あの子は、ああ見えて結構身体が弱かったからねぇ。だいだい、その時はユーズもいたしね」
木人は嘘は言っていない。
木人とボールマンが出会ったのは、赤子の時にユーズに連れられて、獣国より逃げていたときだ。
「いっ! 一緒に暮らしてた。うーん、御父様と木人様を疑うわけではありませんが……怪しい」
「それは私も気になりますわ」
ジュエルが師匠の弱点を見つけたとでもいうようにラザアを援護する。
「恐れながら私も」
マロンも援軍として加わる。
「これが噂の女子会なるものかね。少し、言葉足らずだったね。ボールマンが坊やの時だよ。あっちは覚えてたかは、分からないけどね。だからだろうねぇ。庭が私の隠れ家の森に似てるのはねぇ。深層心理でも、覚えてくれてたら儲けものだわねぇ」
木人が懐かしむように茶を啜る。
「申し訳ございません。少し野暮なことを御聞きしましたわ。何せ、御父様とはお母様が亡くなってから、その、込み入った話をしたことがなかったものですから」
「私は当時はいなかったけど、前回の海王神祭典でボロボロになったこの土地をここまでにするのは、並大抵のことではなかっただろうさね。贔屓目にいっても、ボールマンの坊やは、相当の傑物さね。おやおや、ディックも何か言いたそうにしてるね」
椅子に立て掛けられていたディックの杖がエメラルドに控えめに点滅する。
「分かっているわ。ディック。御父様のことを私は誇りに思っている。それに、木人様にそういって貰えるなんて御父様もきっと喜んでいるわ」
「なら良かったよ。それは、そうと、領主様や、王都にいく準備は出来たのかい」
「プランについては、ハイケンのプランをほぼ採用しますわ。元より、他に手札はありませんし。強いて言うなら、後はアーモンドが計画通りに功績を残して、リーセルスがどれだけ王都の貴族を揺さぶれるかですわ。あくまでも予備のプランですが」
「違うさね。領主様や、私が言ってるのは、査問会での正装のことだよ」
木人がニヤリとした。
木人がラザアから視線をジュエルに移した。
「えっ! あっ! 」
ジュエルの胸が一気に高鳴った。
ジュエルの推し活が加速しようとしていた。
2
領主の部屋 マタニティドレスの採寸
「そっ、そ、そ、それでは、ラザア様、マタニティドレスの採寸をさせて頂きます。はぁ、はぁ、はぁ」
「ジュエル! 落ち着きなさい! あなた、鼻血が……領主様、お気になさらずに、この子ったら、たまに鼻血が出ちゃう可哀想な病なんです、オホホホ」
「ハッハッハ、お嬢ちゃんは変わらないねぇ」
「キャン、キャン」
「ホウホウ」
「クルルゥゥ」
マロンがジュエルを落ち着かせ、木人がやれやれと煽り、ホクトと梟とフェリーチェが保護者のような温かい視線をジュエルに送る。
ジュエルはかつてないほどに興奮していた。
「ジュエル、でも、査問会用のドレスだったら、既製品マタニティドレスでも……」
「ご安心下さい! こんなこともあろうかと、帝王虎の牙に、フィールア種のたてがみ、七色蚕の絹等、素材はバッチリなので」
「えっ! それって、学園の教科書に出てくる伝説の素材なんじゃないのかしら」
「領主様、プレッシャーをかけるわけではありませんが、王都の査問会ではおそらく、世界会議と時期が被ることから、各国の重鎮達も傍聴席で出席されると思われます。ここは、今後のウェンリーゼの格を見せつける上でも相応のマタニティドレスが必要であります」
「そっ、なのかしら」
ラザアが少し焦る。
「ご安心下さいませ。ラザア様、こんなこともあろうかと、私、モノづくりの国ミクスメーレン共和国で縫製職人の資格も取ってありますから」
ジュエルはその隙を逃さずに、畳み掛けるように任せて下さいという。
「ハッハッハ、こりゃあ、参ったね。古来でいう【ガチ勢】だねぇ」
木人は非常に機嫌が良い。
もう、六十年近く前になるだろうか。
ジュエルがラザアの祖母であるフラワーの推し活に目覚めたのは……
あの時、ジュエルはただの夢見る少女であった。
ジュエルは魔法の分類となる《異空間》を発現できる数少ない術者であった。そのため、実家のダイヤモンド公爵家はかつては、聖女等と言われたが本当は《回復》が使えない残念な聖女扱いされていたのだ。
そんな時に出会った、三つ年上の男爵令嬢フラワー・ウェンリーゼ、かつてジュエルが青春の全てを課金したジュエルに目がである。
ジュエルはそんな推しに最高のドレスをプレゼントすべく、並々ならぬ努力をしたのだ。
貴族の小娘が、冒険者登録して荒くれ者が集まる《回復》を練習した。
資金を集めるために、木人に弟子入りして薬師として腕を上げた。ジュエルは副次的にグルドニア王国の薬学の基準を引き上げた。
当時、敵国であった旧獣人連合国の獣王ガルルの息子を救った。
数百年治ること叶わなかった『青い怪鳥フェリーチェ』の傷を治した。
魔獣大行進で滅びかけた、ミクスメーレン共和国を救った。
どれもこれも、ドレスをつくるための過程でついてきたオマケであるが、ここにいる木人や従女マロン、ホクトに梟、フェリーチェもみな見てきたのだ。
ジュエルの純粋無垢な推し活を……
そうして出来た聖女ジュエルが作った『聖女のドレス』はフラワーに無事に送られ、フラワーは東の海へ還っていった。
もう、叶わないと思っていたジュエルの推し活に、一同の心が温かくなるのは当たり前のことだ。
「ジュエル、その、こうして一生懸命に私のマタニティドレスを作ろうとしてくれるのは嬉しいのだけど」
「私のほうがもっともっと嬉しいのです」
ジュエルは譲らない。
完全なる押し売りである。
正確には、売り付けているわけではないが。
「そう、そのね。非常にいいづらたいのまけど」
「何なりとお申し付け下さいませ」
「うーん、あのね。ここまでして貰ってなんだけど、実は御直しをして欲しいドレスがあるのよ。マロンあれを」
「ああ、あれでございますね」
マロンがにこりと笑った。
「ああ、そんな無慈悲なあぁぁぁぁぁ! あぁ、このドレスは」
ジュエルは絶叫をあげる寸前であったが、マロンが持ってきた青いドレスを見て正気を取り戻した。
「おや、おや、おや、これは懐かしいねぇ」
「キャン、キャン」
「ホウホウ」
「クルルゥゥ」
皆もドレスを見て懐かしむ。
「お婆様とお母様が宝物にして、大事に、大事にしていた。ドレスよ」
ジュエルの目の前には、かつて自分が作った『聖女のドレス』が置かれた。
ドレスとは、実に半世紀近くの再会であった。
今日も読んで頂きありがとうございます。
更新が最近遅くなってしまい申し訳ありません。
私ごとですが、インヘリットより先に新たな命が誕生しました。
実感はありませんが尊いとはこのことなのでしょうね。
ちなみに若い時のジュエルの推し活は別作品に掲載しています。




