10 悪気がないというのは一番タチが悪い
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高級レストラン『火の極み』パーティー会場
「隻腕! 隻腕! 隻腕! 」
アーモンドに対する隻腕コールがなる。アーモンドは五杯目となったエールを水のように飲み干した。
「うぃー、やはり、王都のエールは泡がきめ細かいし、喉ごしが最高だな。何杯飲んでも飽きないな」
アーモンドが酒の肴に、骨付き肉を食べながらいう。その表情はまだまだ余裕があるそうだ
「がふぅ」
「聖戦士ソルビトールが倒れた! 」
「隻腕のやつ、これで五人抜きだぞ」
「くそぅ! 新入りに負けてなるものか! 誰か聖戦士としての誇りを賭けるものはいないのか」
アーモンドは一時間足らずで、聖選騎団に馴染んだ。
会場に入ってからは、歓迎を受けて酒を共にした。
聖選騎団の会員は約百名近くいる。いずれも学園を卒業しているが、家の次男、三男、四男等が多く、戦時下でもないため軍に入れなかった者達だ。
有り体にいえば、入隊はできたのだが推薦ではなく、一般入隊だったため階級も平民よりは高いが将校以下からだった。軍部には、学園の成績優秀者は階級持ちの准尉から始まる。主席、次席はさらに上からのスタートとなるのだ。
そうなると就職先に困る子息がいる。
家の政治的な絡みで、婿に行くのはまだ運がいい方である。
コネがあるならば、文官や騎士団道もあるが、昨年の王都奪還で、今は人員整理をしている最中なので人は足りないが、下手に王都中枢では募集をかけれないのである。
そうなると、令息達は困った。独自に事業を行っていたり、領地の代官として統治業務を任されるならばいいが、それはあくまでも大貴族に限ったことである。
そうなると、就職難による溢れた令息達は、うまくいけば自身で騎士として身を立て大貴族の私兵となるか、冒険者を目指すか等かいいところである。
そんな事情もあってか、騎士団ではない、聖選騎団は身軽な武力団体として、冒険者組合の依頼や、要人や商会の護衛や、ペットの捜索にわたって多岐に活躍している。
会員達の酒の席での話題といえば、大抵は実家の愚痴や、いつか本物の騎士として身を立てる夢物語を語るといったことが多い。
「しかし、聖戦士隻腕の飲みっぷりは大したものだ」
「これで、まだ、二十歳にもなっていないのだから末恐ろしい」
代表アズールと副代表バイタルがアーモンドの飲みっぷりを感心しながらいう。
ちなみに二人は先日、二十歳になったばかりである。
「では、私が出るか」
「聖戦士アズール、ここはまずは私が」
「聖戦士バイタル、相手は既に五人抜きをして、体力を相当に消費したはずだ! ここは私が、新参に聖戦士とはなん足るかを教えてやろう」
「聖戦士アズール、流石は知、武、勇に優れた戦士よ! 我からが女神の加護があらんことを」
バイタルがアズールをのせる。
冷静に見れば、酔いが回ってきたアーモンドに勝負を挑むという、騎士道の欠片もない作戦である。
「聖戦士隻腕よ! 待たせたな! 私が相手になろう!」
アズールがエールを片手にアーモンドの前にやって来た。
「聖戦士アズールよ! やっと来たか! 先兵達はやらせてもらった。おぬしが、さしずめ迷宮主といったところであるな」
アーモンドは酔いに任せて饒舌になる。騎団の皆は分からないが、アーモンドはかつてないほどに浮かれている。
同年代とこのように、酒を酌み交わして来なかったアーモンドは純粋に楽しいのだ。
冷静に見れば、敵地にのど真ん中で、新入会員と勘違いされ、さらには新入会員いびりともいわれる古来でいう【飲みハラ】を受けているだけではあるが。
「聖戦士隻腕よ! 既に満身創痍であるそなたに、死に水をとってやろう。まさか、卑怯とはいうまいな」
「聖戦士アズールといったな。私は、誇り高き聖戦士隻腕! いついかなる時、いかなる状況であろうと、言い訳など口にはしない」
「ほう、見上げた心意気だ」
ちなみに二人はその場の雰囲気と、アルコールにのせられているだけである。
「「いざ! 尋常に勝負! 」」
二人は剣の代わりに、エールを持って平和的に戦った。
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「「アズール! アズール! アズール! 」」
「「隻腕! 隻腕! 隻腕! 」」
会場はアズールと、隻腕コールで盛り上がっている。
「ぐうぅぅ」
「がふぅ」
二人は九杯目のエールに口をつけようとするが、身体がいうことを聞かない。
「もう、限界なんじゃないか聖戦士隻腕よ」
「なにをいうか、聖戦士アズール。おぬしも、口ばかり動ごかして杯の中にあるエールがちっとも減っていないではないか」
「ふっふふふ」
「ハッハッハ」
二人は酔いが回ってきたのか、正常ではないようだ。
「そういえば、新入会員に我々、聖選騎団の話をしていなかったな」
「ああ、確かに知らない」
「我々、聖選騎団は元は、現世に迷いこんだ月の女神をお慕いする団体だ」
「ほう、神殿ではなく月の女神自身をか」
ちなみに、聖選騎団の中で現世に迷いこんだ月の女神とはラザアのことである。
「ああ、だが悲しいかな。我々の女神は、悪い輩にかどわかされてしまった」
「女神をかどわかす等、騎士の風上にもおけんな」
「ああ、そうだろう。銀の豚という。聖戦士隻腕も名前くらいは聞いたときがあるだろう」
「……すまないが、ないな」
銀の豚とは、学園時代のアーモンドに対する影口である。しかし、元々、王族の底辺であったアーモンドは周りの噂等気にしなかったし、リーセルスがアーモンドの耳に入らないように細心の注意を払っていたため、アーモンド自身は分からない。
「そうか、銀の豚は、入学当時には女神の従者に完膚なきまでに叩きのめされたが、そこから執拗に女神をつけ狙うようになったのだ」
「なんて、陰険なやつなんだ」
ちなみに、それは九年前に入学当時にいきっていたアーモンドが、ユーズレスに吹き飛ばされ、ラザアに身ぐるみ剥がされた事件である。
「我々の活動も空しく、女神をお救いすることは叶わなかった。嫌がる女神に対して銀の豚は、強権を発動して身籠らせてしまったのだ……ゴクゴクゴクゴク……げふー」
アズールが銀の豚に対する怒りに自身を奮い立たせる。
アズールは十杯目のエールを飲み干した。
「「「アズール! アズール! アズール! 」」」
会場もアズールの闘志に呼応してボルテージが上がっていく。
「なんたることだ! 銀の豚! そのような鬼畜外道な行い、許せん! ゴクゴクゴクゴク……げふー」
アーモンドも負けじとエールを飲み干す。
アーモンドはやはり、銀の豚の正体が自分だとは気付かない。
「おー! 隻腕も負けてないぞ! 」
「根性あるじゃねぇか」
「あのアズールを相手に大したものだ」
会場の皆も隻腕に関心している。
「実は今日、銀の豚を招待している……だが……飲み過ぎた……ようだ」
アズールが倒れた。
「アズール、お前でもダメだったか。だれか! 水と《解毒》ができる者はいないか」
副代表のバイタルがアズールを介抱する。
「聖戦士アズールよ! 見事なり! ゴクゴクゴクゴク……プハァー」
アーモンドが声高らかに十一杯目を飲み干した。
「なっ! アズールが負けた」
「新たなる猛者の誕生だ! 」
「「「隻腕! 隻腕! 隻腕! 」」」
会場は隻腕コールに包まれる。
「アズールよ! そなたの宿敵、銀の豚を倒す前に志半ばで倒れたのはさぞかし無念であろう」
アーモンドがアズールにいう。
「しかし、安心しろ! 乗りかかった船だ! ここは私が聖戦士アズールの名代として、銀の豚を倒す! 」
アーモンドが宣言した。
「おー! それでこそ、男だ! 隻腕! 」
「カッコいいぞ! 隻腕! 」
「男前だ! 隻腕! 」
「「「隻腕! 隻腕! 隻腕! 」」」
再び会場のボルテージが上がっていく。
「任せろ! 聖戦士達よ! この隻腕こと、アーモンド・ウェンリーゼに全ておまかせあれだ! 」
「「「えっ! 」」」
聖戦士達の酔いが一気に覚めた。
「さぁ! 銀の豚よ! いつでもやってこい! ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク……プハァー! 」
アーモンドは十二杯のエールを流し込んだ。
友達は一人もできなかった。
平和だなぁ




