8 聖女に選ばれし聖戦士
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1
「アズール・エメラルド。聖選騎団の代表のようです」
サンタがリーセルスに報告する。
「アズール様か、エメラルド公爵家からの使いで、だいだいは予想できていたが」
アズール・エメラルド、エメラルド公爵家の三男でアーモンドやリーセルスと学園の同級生である。
「聖選騎団、元はそのような団体ではなかったようでして、その……」
「勿体振るな」
「はぁ、そのですね。元は、学園時代の団体がそのままに名を変えて活動しているようです」
「元の団体名はなんだ」
「非常に言いにくいのですが……ファンクラブです」
サンタが口ごもった。
「ファンクラブだと、誰のだ」
「……ラザア様です」
「なっ! ラザア様だと! 」
リーセルスがこめかみを抑えた。
リーセルスは見えないダメージを受けた。
「ラザア様のファンクラブが、前身団体で、紆余曲折ありまして聖選騎団となりました。会員は互いのことを騎士ではなく、聖戦士と呼び合うようです」
「不味いぞ、聖戦士呼びなどアーモンド様の大好物だ。だいたいラザア様は、学園時代アーモンド様以外に、これといった異性の交流はなかったはずだが」
リーセルスの言う通り、ラザアは学園時代にはいつも傍らにユーズレスがいた。ウェンリーゼはラザアが入学した当時は子爵であったが、人工魔石の事業により、伯爵家と格が上がった。
偶然ではあるが、子どもとはゲンキンなもので、機械オタクで同年代の全く馬が合わないラザアが成長するにつれて、隠れていた本来の美貌があふれでていた。機械に対するラザアの熱意は、見るものには知性として映った。
更には、将来性の高い人工魔石のウェンリーゼ伯爵の一人娘、当主になれない次男以下の令息達による人気は爆上がりだったのだ。
「ただの、令息達の集まりだろうに」
「それが、パトロンが皇太后ジュエル様なのです……」
「なんだと! 」
リーセルスは驚愕した。
ジュエル・グルドニア、亡き先王デニッシュの王妃である。
先王デニッシュの崩御にて第一線からは退いたものの、後宮や実家の神殿を司るダイヤモンド公爵家等に、いまだ影響力は強い。
「いったい、どのような関係が、何か裏があるのか」
「表だっては出てきませんが、団体の顧問として、ピスタチオ殿下のお名前があります」
「ピスタチオ様が」
「現在は、アズール様がピスタチオ殿下の側近であるようです」
「ピスタチオ殿下にアズール様のコンビか……お二人ともに優秀ではあるのだがな。何故、このような騎士団ごっこのような団体を……ジュエル様の意図が見えないな。暗部の策略か、確かに注意を逸らすには目立つが」
「私ごときでは、聖女様のお考えは計りかねます。暗部にマムもこの件には関与しておりません」
ちなみにであるが二人は、ウェンリーゼにいるジュエルが皇太后であることは知っている。
マロンから、リーセルスに協力要請があったのだ。
リーセルスからすれば、表だって皇太后ジュエルの権威を使うことは難しいが、とんでもない後ろ楯が出来たと計算していた。
2
聖選騎団設立に関して、実はジュエルには全く他意はない。
ジュエルはラザアの祖母であるフラワーの代からのウェンリーゼの令嬢の推し活をしている。
昨今は、推し活を自粛していたのだが、数年前に、当時学園でラザアのファンクラブの存在を知ってしまった。
ジュエルは強権を発動して、ファンクラブの上役達を後宮に呼び出した。
ファンクラブ代表であったアズール・エメラルドをはじめとする上役達は気が気ではじゃなかった。
ジュエル・グルドニア、若かりし頃はグルドニア王国だけではなく、大陸の聖女として国の垣根を越えて活躍した生ける伝説である。
下手をすれば、先王デニッシュよりも国際的な知名度は上であった。そのようなお方が、学生を呼び出していったい何の用なのであろうかと……下手をすれば廃嫡はいいほうで、御家断絶もありえる。
しかし、その心配は全くいらなかった。
話題はやはり、ラザアについてであった。
ジュエルは推しであった、フラワーとエミリアの素晴らしさを語り、アズール達はラザアの素晴らしさを語りあった。
話など尽きることがなかった。
お互いに推しには、淡い恋に似た、愛に近い尊さと、切なさを味わった弱者なのだから……
「ジュエル様、我々は勝者ではありません。しかし、弱者でもありません。何故なら、我々が東の女神にかけた青春は、誰にも奪われることのない私達だけの権利なのです。ああ、お許しください。我々は、そのような深い推しの心を持ったジュエル様の、女神を影ながら見守る愛に学ぶことが出来ました。私たちは幸せであります。儚き者、ジュエル・グルドニア様、貴女様の尊さにせめて祈らせて下さい」
正直、いったい何を言っているのか会員達さえアズールの言葉は分からなかった。しかし、この暗号のような宣誓にジュエルは胸を打たれた。
ここにも、強者がいたと……
気がつけば、アズール達とジュエルは同志となった。
ちなみにこの時アズールは全く計算もなにもしていなかった。
「もしよろしければ、紙と木炭を」
アズールは即興であるが、その場でラザアの絵を描いた。既に、何百回と描いたラザアの絵は即興であったが特徴をよく捉えたなかなかの出来であった。
ジュエルは感激した。
推し活を自粛していたジュエルは実は、ラザアを遠くからしか見た時がなかったのだ。
ジュエルは既に、ラザアの祖母フラワー、母エミリアに推し活をしていたが、二人ともに若くして亡くなっている。
ジュエルは悲しみのあまり、もしかしたら、自身が何か悪いものを引き寄せていたのではないかと自分を責めるようになった。
そのため、ジュエルはラザアに対する推し活は血の涙を流しながら、懸命に我慢していたのだ。
ラザアの姿絵を見る。
決して王宮の専属の絵描きが描いたような繊細な巧さはなかった。
しかし、姿絵のラザアは生き生きと生命に溢れて、今にも動きそうな不思議な魅力があった。
ジュエルはこの贈り物に対して、アズール達に個人資産の十分の一を渡した。
正直、ジュエルにとって、このラザアの姿絵に資産の半分以上の価値があったがさすがに自粛した。
アズール達は開いた口が塞がらなかった。
「やはり、足りないかしら。ああ、確かあれがあったわね」
ジュエルは勘違いした。
ジュエルはさらに『青い飾り羽』を贈った。
この『青い飾り羽』は、ジュエルが従えている神獣フェリーチェの羽を素材として使っている非常に貴重な装備品であった。
これより、若人達は勘違いしたのだ。
我々は聖女ジュエルに選ばれたのだと……
聖女に選ばれし聖戦士の団
聖選騎団が誕生したのだった。
3
海王神シーランドを討伐した聖なる騎士アーモンドの噂を耳にした。
聖戦士達は、面白くない。
また、アーモンドは聖戦士達の推しであったラザアを妻としている。
聖戦士達は面白くない。
そこにアーモンドが王都に帰還したと目撃情報があった。
聖戦士達は思った。
白黒つけようじゃないか、銀の豚よと。
少しずつリーセルスの計画が狂おうとしている。
査問会まで残り七日となろうとしていた。
ちなみに、パトロンであるジュエルは、何も知らずに今日も今日とて東の地で推し活に励んでいた。
ちなみに、ジュエルは聖選騎団のことなど、すっかりと忘れているようだった。
ジュエルの若い頃の推し活は、別作品で書いています。
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