7 聖選騎団
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王都入り二日目 王宮 ナッツの宮
「うーん、ここはどこだ」
アーモンドは目覚めた。
「おはようございます。ご主人様」
「おはようございます。アーモンド様」
「ラギサキに、リーセス、ここは確か、兄上の宮か」
アーモンドが少しずつ昨日のことを思い出す。
昨日は、王都に着いたのが夕刻ということもあり、ナッツの馬車でそのまま王宮入りした。
グルドニア王宮は王族とその従者や使用人が生活する場であり、数々の建築物に、敷地内は村一つはある位の面積である。これは、グルドニア王国が元は村から始まったことに起因する。『奇跡の地』アートレイが根付いた村まるごと一つがいつしか、王宮となり、全ての建造物や建築技法は、現代のレベルを遥かに凌駕する造りである。
数百年前に王であったゼノールは、王宮の建て直しにはジャンクランドの機械達に依頼した。
当時、グルドニア王国の市民権を得ていた巨帝ボンドは非常に機嫌が良く、二つ返事で了承した。更には、気前が良いことに、『上下水道工事もしてやるぞ。なんたって、この巨帝ボンドは良き隣人には優しいからなぁ』と調子にのっていた。
そのため、グルドニア王宮だけでなく王都全体で、上下水道があるため蛇口を捻れば綺麗な飲み水が、下水道があるため各世帯でのトイレも水洗であり、川に戻せるレベルまで浄化されるのだ。
この時代においてこのような大規模工事が出来るのは、ジャンクランドの機械達だけであった。
ちなみにボンドはその功績を讃えられ、グルドニア王国から勲章と、領地のない貴族の位を貰った。
報酬としては安すぎるが、元々、人の幸せのために、をコンセプトにアリスによって作られたボンドは喜んだ。
また、そんなボンドを見たジャンクランドの機械達も国を挙げて喜んだ。
アートレイの血筋は人だけでなく、機械もたらしこむ才能があるようだった。
そのため、グルドニア王都は世界で一番、公衆衛生の整った綺麗な都市である。
現在、その王宮には王であるピーナッツとレート、長男ナッツに次男ピスタチオ、ピーナッツの兄である第五王子であったシリアルに、王宮最奥で皇后ジュエルが千日の祈りを捧げている。ジュエルは、本当はウェンリーゼにいるが……
「アーモンド様、ちなみにでございますが、既に夕刻でございます」
「なっ! そんなに私は寝ていたのか」
「クンクン、若干まだ、酒臭いですね」
酒が苦手なラギサキがいう。
「昨日はナッツ様と積る話もあったのでしょう。私は途中で退室させて頂きましたが」
「私は一杯目を飲んでからの記憶がないです」
リーセルスは途中で逃げて、ラギサキは一杯目で眠ったようだ。
「ナッツ兄上は、酒が入ると止まらなくなるからなぁ」
アーモンドが頭を抱えた。
ナッツの唯一の弱点が酒である。ナッツは酒に強いわけでも弱いわけでもないが、ダラダラと長い時間飲むため、最終的に絡まれるのだ。内容がしかも、王国に対する未来予想図を語りたがるのだ。
他の貴族からすれば、「また始まったか」といった毎度の恒例行事であるが、アーモンドはいつも「流石! 兄上! 」と目をキラキラさせるものだから、ナッツもいつも以上に力が入ってしまった。
結局、お開きとなったのが明け方であった。
「アーモンド様、起き掛けでありますが、先ほどエメラルド公爵家より使い者が見えて、招待状を頂いております」
リーセルスがアーモンドに招待状を渡す。
「うん、エメラルド公爵家から? 招待状をもらうだなんて、全く身に覚えがないんだがな……聖選騎団? なんだこれは」
アーモンドが招待状の宛名を見る。
「聖選騎団、貴族の令息達による青年団みたいなものですね。会員の中身は、当主になれない次男や三男等から成る団体のようです。ちなみに、王室や国からは全く認可していない団体です」
「聖選騎団、聖なる選ばれ騎士か……」
「大層な名前ですが、ようは騎士団と名乗れない者達の寄せ集めです。騎士団と名乗ると王室や、軍事を司るルビー公爵家が黙っていませんからね。ただし、大貴族の次男や三男も所属しているのでタチが悪いのですよね」
「選ばれし聖なる騎士か、他人行儀も甚だしい、ダサイ名前だな。ご主人様の爪の垢でも煎じて……」
「カッコいいではないか! 聖選騎団! 騎士と名乗らない謙虚な姿勢が、まさに騎士たる者の鏡だ」
アーモンドのスイッチが入ってしまった。
「えっ! あの、アーモンド様」
リーセルスが不味いと思考する。リーセルスは忘れていた。我主は基本的にファンタジーや正義が大好物であったことを……
「ご主人様の仰る通りであります」
ラギサキは秒で寝返った。
アーモンドが勢いよく招待状を開けた。
「なになに……ふむふむ」
「招待状にはなんと」
リーセルスが嫌な予感を察知しながらアーモンドに聞く。
「貴殿の昨今、希に見る……度重なる……越権行為……王都でも噂に……審議を確かめたく……なんか分からんが、今日の晩餐会に招待されたようだ」
「アーモンド様、失礼します」
リーセルスが招待状を見る。
その文面は、有り体にアーモンドに対する批判的な内容であり、正直なところ王族であるアーモンドに対して不敬罪にあたるものだ。
「アーモンド様、この内容だけでも不敬罪にあたります。送っている聖選騎団は分かっていませんが、王室に持っていけば、この文章だけで物理的に何人かの首を跳ばせますが」
リーセルスがいうには、これは招待状ではなく、相手を責め立てる詰問状であるとのことだ。
更には、王族を招くにはそれ相応の手順や仕来たりがある。ましてや、今日の今日で来いとは位の低いものが上位者に行う振る舞いではない。
「リーセルス、これは、私が招待されたのか」
「今日の今日で、来いとは無礼にもほどがあります。相手にするだけで、馬鹿馬鹿し……」
「行くぞ! リーセルス! 」
「はいー? 」
「同年代より、招待を受けてしまったからには行かねばなるまい」
アーモンドは招待状の内容に関係なく。嬉しかった。
実のところ、幼少より王族の最底辺だったアーモンドは、貴族社会や学園でも相手にされない存在だった。
ましてや、同年代の友などいない。
リーセルスはあくまでも従者である。
公務以外で、このようにして招待を受けるのが始めてだったのだ。
「リーセルス! 」
「なんでしょうか。アーモンド様」
「友達、百人出来るかな」
このような、純粋にイキイキとしたアーモンドを止める術を、天才とて思い付かなかった。




