6 ピーナッツ・グルドニア 後編
少し長いです。
1
「ガヒュ、ガヒュ、ガヒュュュュ」
「あっ、あああ」
ガーヒュが《移動》を発現してレートを壁際に浮かせた。
「ガヒュ」
「ああぁぁぁぁぁ! がぶっ! 」
ガーヒュがレートを壁際に押し付けた。
「レート! てめぇ! 殺す」
動けないピーナッツのガーヒュに対する殺意が渦巻く。
「ガヒュヒュヒュヒュヒュ」
ガーヒュがレートの腹部に爪を立て衣服を裂く。
そして、ガーヒュは人語でこういった。
『子どもと一緒に喰っちゃうよ』
この時、ピーナッツとレートはお互いに、新たな生命がいることなど分からなかった。
ブチン
その時のことを、恐怖でただ呆然とその場に立ち尽くしていたカゼインが後にこう語った。
ピーナッツからまるで、世界が割り切れたような音がしたと……
ピーナッツの初めて瞳が深紅に光る。
「お前は、死ぬまで殺す。殺して、殺す」
『ガヒュュュュゥゥゥ』
ガーヒュが本当に嬉しそうに叫んだ。
2
「ピーナッツ様……《移動》」
バーゲンが途切れそうな意識の中で、《移動》を発現して迷宮産の上級回復薬をピーナッツにかけた。
ピーナッツの全身の火傷が瞬く間に癒えていく。
「がぁぁぁぁぁぁあ」
しかし、ガーヒュに対する怒りと憎悪は癒えることはない。
「ガヒュヒュヒュヒュヒュ」
ガーヒュが再び《雷撃》を発現する。
幾百の雷の矢がピーナッツを襲う。
「糞虫が! それはさっき見た」
ピーナッツが剣に魔力を纏わせた。
ピーナッツの愛剣は魔力伝導率が非常に高いグレン鋼鉄で出来ている特別製である。
ピーナッツ自身は魔術を使うことは出来ないが、王族の家系だけあって魔力総量は多い。
ピーナッツが瞬間的に魔力を高めた。
剣の魔力が具現化して魔力による刀身が伸びた。
《雷撃》がピーナッツの具現化した刀身を避雷針のように認識したのだろうか、雷がピーナッツの魔力に吸いこまれるように集まった。
「おらぁ! 」
バチン
剣に集束した《雷撃》がピーナッツの魔力により相殺された。
「ガヒュヒュヒュヒュヒュ」
ガーヒュが大変嬉しそうである。
ピーナッツが剣を振る。
ガーヒュが爪でピーナッツの剣を受け止める。
「がぁぁぁぁぁぁあ」
ガーヒュがピーナッツの左肩を喰い破った。
ガーヒュが血を滴らせながら旨いなぁと嗤った刹那に。
「いってえなぁ! 殺すぞ! 」
ピーナッツが剣を離して残された右腕でガーヒュの左目を抉った。
「ガヒュュュュュゥゥゥゥ! 」
これには正直ガーヒュも面食らった。
ガーヒュの目から血が滴り落ちる。
ガーヒュの口に自身の血が流れ込んだ。
「ガヒュュュュゥゥゥ、ガヒュ、ガヒュ、ガヒュュュュゥゥゥ」
「うるせぇ! 山羊やろうが! 」
二匹の獣達は本能のままに躍り狂った。
3
「がはぁ、糞虫が」
ピーナッツが地に伏した。
ピーナッツは、片眼と左腕を失い出血多量で、もはや気合いでどうこうなる状況ではなかった。
「ガヒュュュュ」
ガーヒュは楽しめたとでもいうように満足そうだ。
ガーヒュも左目と、少なからず手傷を負った。
覚醒したピーナッツの猛攻は凄まじいものだった。しかし、ガーヒュは退屈しのぎの、遊び半分での戦闘であった。
「くそがぁぁ」
戦ったピーナッツ自身もその事をよく分かっている。だからこそ、腸が煮えくりかえるのだ。
弱い自分自身に……
「ピーナッツ、もういい、もういいよ」
レートが地に伏して動けないピーナッツに、これ以上傷付かないでといった。
「ガヒュ、ガヒュ、ガヒュュュュ」
ガーヒュが「ああ、とってもいい声だなぁ」とでもいうように甘美な表情で嗤った。
「クソボケが! 覚えとけよ! 俺が死んでも、生まれ変わって貴様を殺す! グチャグチに小間切れにして、その笑い面を剥ぎ取ってやる! 何度でも、何度でも殺す! その片眼みたいなぁ! 」
ピーナッツの深紅の瞳がより一層光輝く。しかし、身体はもう動けない。
「ガヒュュュュュゥゥゥゥ」
ガーヒュがピーナッツの瞳を見つめる。
ガーヒュは思考した。
綺麗だなぁと。
ガーヒュはここまで殺意に満ちた視線を向けられたことは始めてだった。
ガーヒュには、ピーナッツのその純粋な混じりけない殺意の瞳が宝石のように見えた。
勿体ないなぁ。
「ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ」
ガーヒュが壁際のレートを前肢で掴み《強奪》を発現した。
「なっ! やめろぉぉぉ」
ピーナッツが狂ったように叫ぶ。
「ああぁぁぁぁぁ」
レートの全身を黒い影が覆う。
「ガヒュ」
ガーヒュはさらに《生命置換》を発現した。
「あっああああああぁぁぁぁ」
レートが絶望を叫んだ。
「やめろぉぉぉおぉぉぉぉ」
ピーナッツの眼からは涙が溢れた。今のピーナッツに出来ることは、泣きわめくこと以外、何もできない。
ガーヒュが《移動》で自身の抉られた片眼を引き寄せる。
ガーヒュは片眼を持ったままピーナッツに近づく。
「殺るならとっと殺りやがれ」
「ガヒュュュュゥゥゥ」
ガーヒュがピーナッツの欠損した片眼に自分の片眼を《生命置換》により分け与えた。
「がぁぁぁぁぁぁああぁだぁぁあ」
ピーナッツに痛みと共に、ガーヒュの言葉が頭の中に流れ込んでくる。
『お前は、なかなか我を満足させた』
『褒美をやろう』
『お前が我から奪った神の眼を』
『ただし、代償はお前の女と子に払ってもらおう。ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ』
『憎いだろう。我が、無力な自分が』
『楽しかった。本当に楽しかった』
『もっと喰らえ、憎しみを喰らえ』
『そして、また、我と遊んでおくれ、我が子よ、ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ』
ピーナッツは意識を失った。
ガーヒュは楽しそうにいつまでも、いつまでも、嗤っていた。
4
神殿 病室
「がぁぁぁぁぁぁあ! やめろおぉぉ」
ピーナッツが一ヶ月ぶりに目を覚ます。
「目が覚めたか、ピーナッツ」
デニッシュがベッドで目が覚めたピーナッツに声をかける。
「なっ! 親父、ここは」
ピーナッツが目覚めた時は、神殿にいた。
「神殿だ、安心せい。皆も無事のようだ」
「何故だ。何故、俺は生きている」
ピーナッツは、目覚めて混乱している。
「お前が持ち帰った角を《鑑定》した。オリアの小倅や、ズーイ兄弟の話を聞くに、雷獣ガーヒュ、国崩しの厄災だ。まさか、とんでもない奴が迷宮主として居座っていたとわな」
デニッシュがガーヒュの角を出す。
「これは……」
「お前達が素材を持ち帰ったことで、ガーヒュの証明となった。調査依頼は達成された。ピーナッツ、左腕は、残念だがジュエルでも治せんようだ。だが、今回の功績によってお前の廃嫡を取り消そう」
「なっ! 別に俺は廃嫡のままでも構わん! お情けなんて御免だ! 」
ピーナッツが自分の情けなさに怒気をあらわにする。
バチーン
「いってぇなぁ! 」
デニッシュの張り手がピーナッツを襲う。その一撃は病人であろうと容赦ない。
「今回は、ズーイの小倅に感謝しろ。奴が、お前達を担いで、転移陣で撤退したから助かったのだ。ガーヒュがその気がなかったようだかな。自分は、なんの役にも立たなかったと嘆いておったわ。だから、逃げ帰ることができたのじゃろうがな」
ギイィィィィ
「父様……」
その時に扉が空いて、三歳になったばかりのナッツがレートと手を繋いでやって来た。
「レート! 無事だったのか」
「ピーナッツ! 良かった意識が戻ったのね」
レートとナッツがピーナッツに駆け寄った。
「ピーナッツよ。お前はそれでいいかも知れんが、ナッツとピスタチオ、それにレートのことを考えろ。その身体ではしばらくは、冒険者稼業は難しかろう。王太子フィナンシェは、お前が王族に復帰したところで、お前の家族を害するような器の小さい男ではない。また、家族が増えるのだからな」
「家族が……増える……レート、お前」
ピーナッツは、混乱した。
ピーナッツがレートを見る。
「こんなことになっちゃったけど、おめでたよ」
レートが恥ずかしそうにいった。
「レート様、おめでたって何? 」
ナッツがレートに聞く。どうやら、ナッツはレートに懐いているようだ。
「ワシも、孫達を存分に可愛がりたいのじゃ。ピーナッツ、これは王命じゃ。王室はお前の王族復帰を歓迎しよう。ややこしいことが嫌いなら、王位継承権は放棄したままで、ジルコニア家の迷宮管理を手伝え、今まで通りの生活ができる。お前なら、片腕でも中規模迷宮なら問題なかろう」
デニッシュがピーナッツにいった。
ズキン、ズキン
その時ピーナッツの頭の中に、ガーヒュの言葉がフラッシュバックされた。
『褒美をやろう』
『お前が我から奪った神の眼を』
『ただし、代償はお前の女と子に払ってもらおう。ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ』
『憎いだろう。我が、無力な自分が』
『楽しかった。本当に楽しかった』
『もっと喰らえ、憎しみを喰らえ』
『そして、また、我と遊んでおくれ、我が子よ、ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ』
「なっ! 」
ピーナッツが左目の包帯を取り、レートを左目で見る。その時、ピーナッツは意識していなかったが自然と、神の眼の効果である、《鑑定》、《真実》、《検索》を並行発現していた。
〖レート・ズーイ〗
状態異常〖睡眠〗
雷獣ガーヒュの呪い。時間経過に伴い、睡眠時間が長くなる。最終的には目覚めない。
ピーナッツ・グルドニアの〖神の眼〗を使用する代償。
〖レート・ズーイの胎児〗
状態異常〖不運〗
雷獣ガーヒュの呪い。生まれ持って、不幸なる生を全うする運命にある。
ピーナッツ・グルドニアの〖神の瞳〗を使用する代償。
「ピーナッツ、ピーナッツ、どうしたの、ピーナッツ」
呆然としているピーナッツをレートが呼ぶ。
「あっ、あっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ」
ピーナッツが発狂した。
「なっ! ピーナッツ! 近衛隊長! イヒト、ピーナッツを落ち着かせろ! ジュエルも呼んでこい! 」
デニッシュが、イヒト団長に命を下す。
「はっ! ピーナッツ様、ピーナッツ様、お静まり下さい。くっ! なんて力だ! 皆も手伝え! 」
部屋の外に控えていた近衛騎士団、イヒト達がピーナッツを抑え込む。
「ピーナッツ! ピーナッツ! 」
「父様……」
レートとナッツが怯える。
「下がれ、レートにナッツ! 大丈夫じゃ、大丈夫じゃ、ピーナッツは、少し悪い夢を見てるだけじゃ、大丈夫じゃ、大丈夫じゃ」
デニッシュが孫であるナッツを抱き抱えながら、レートともども部屋から出る。
「ガーヒュ! ガーヒュ! アイツが! 俺の腕! レートを子どもを! うがぁぁぁだぁぁぁ」
「ピーナッツ様! 落ち着いて下さい! ここは神殿です! ガーヒュはもういません! 」
イヒト団長達が必死にピーナッツを抑え込む。
「ガーヒュ、ガーヒュ、アイツが、絶対に殺す! 殺してやるぞ! ガーァァァァァヒュゥゥゥゥゥー! 」
ピーナッツの頭のなかで、ガーヒュの「ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ」という笑い声がいつまでも反芻していた。
……
「アートレイよ、父よ。悪ふざけにしては少々、酷でありますぞ」
部屋の外でデニッシュの中にいるタイムが、泣きじゃくるナッツと、呆然としているレートに聴こえないような声で、神々に呟いた。
今日も読んで頂きありがとうございます。
序盤からありました、アーモンドとレートの呪いについて、ピーナッツが二人に対して負い目を感じている過去のお話でした。
次回は、アーモンドに戻ります。




